第3話

 居間へ行くと、僕は、息を吐きながら、ソファへ腰かけた。


「そこ、じいちゃんが死んだところだよ」


 と、どこからともなく言ったのは、愛子だった。


「えっ、まじ」


 僕は、飛び跳ねる。


「本当だよ。雅君は、相変わらず面白いね」


 笑いながら、愛子は、そのソファへ座った。


 二つ年上なだけなのに、子供扱いして。僕は、愛子を少しだけ睨んだ。


「おばあちゃんね、大変だったんだよ」


 愛子は、長い爪でスマートフォンを触りながら、口を開いた。僕は、渋々床に座る。


「私、おじいちゃんが冷たくなってるって、おばあちゃんから連絡もらって、すぐに病院に行ったんだよね。おばあちゃん、おじいちゃんの体に縋り付いて、置いていかないでぇって、大声で泣いていたんだよねぇ」


 僕は、口をつぐんだまま、静かにそれを聞いていた。


「私、おばあちゃんが心配だよ」


 と、顔を上げて、愛子。僕の方を、じっと見つめていた。


 僕は、沈黙した。カーペットを、撫でた。目を閉じる。


 未熟だな。僕は、揺れた。


「うん、そうだね」


 僕は、そう答えることで、精一杯だった。




 夜が、更ける。まだ、蒸し暑さが残る。僕は、表へ出て、妻の舞に電話をかける。


 ジジイが亡くなったこと。今、母さんの実家にいること。葬儀のために、仕事を休むこと。


 舞は、電話口で、たどたどしく話す僕のことを、静かに聞いてくれた。


「それは残念だったね。急だったよね。雅、大丈夫」


 と、舞。


「うん。今日のところは、もう帰るよ。明日も、ジジイのところへ行くよ」


「私も、一緒に行くよ。明日、半休をとるね」


 舞の声は、暖かかった。


「ありがとう」


 と、僕。


 僕は、電話を切る。ジジイの嫌がっていた煙草に、火を点けた。煙は、心許なく庇にぶつかって、消えた。

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