第2話

 片道一時間。僕は、車を走らせていた。街の灯が、ヘッドライトが、嫌らしく光っている。


 信号待ちの間に、煙草に火を点す。フーッと息を吐くと、ふと思い出した。


「煙草は身体に悪いから、やめろ。奥さんにも、迷惑がかかるだろう」


 最後にジジイにあったときに、言われた一言。


「さあね。そんなこと、知らないよ」


 僕は、嫌な気持になって、その日はそこから、ジジイと会話をしなかった。


 ジジイは、頑固で古風な人だった。そして、酒をこよなく愛し、酒に潰れる人でもあった。


 話が好きで、自慢話ついでに、説教をよくした。気分がよくなり酒を飲むと、それが加速する。僕が、ジジイのところに行くと、いつもそんな感じだった。


「バカヤロウ」


 心の中で、言ったつもりだった。僕しかいない車内に、僕の声が響いた。


 僕は、吸いかけの煙草を、灰皿に押し付けた。アクセルを、踏んだ。




 段々と、街灯が無くなってゆく。家々の明かりの合間を縫うと、母さんの実家に辿り着く。


「雅だよ、来たよ」


 僕は、古き良き日本家屋の、玄関に引き戸を開ける。


「ああ、雅かい。来てくれてありがとうね」


 と、真っ先に飛んできたのは、オバンだった。オバンは、泣き腫らし、ひどく疲れた顔をしていた。


 オバンは、僕を仏間……ジジイの元へ連れていく。仏間には、おじさんと母さん、従姉の愛子がいた。皆、ジジイを囲んでいる。


「お疲れさん」


 と、母さん。


「うん」


 と、僕。


 ジジイに、大声で「バカヤロウ」と浴びせたかった。僕は、ジジイに近づく。しかし、ジジイの顔を見ると、その言葉を、失った。


 幸せそうな、死に顔だった。


「じいちゃんね、昨日、愛子と、愛子の旦那さんと、おじさんとで、うちで飲んでいたんだよ。それで、楽しくなっちゃったんだろうね。朝も、深酒しててね……」


 ジジイの横手立ち尽くす僕に、オバンは話す。


「私が買い物から帰ってきたら、もう息をしていなくって。すぐに救急車を呼んで、病院に行って。心臓マッサージも一生懸命やったけど、もう手遅れで」


 ポロポロと、オバン。


 僕は、ジジイを見やる。もう、何も言えなかった。

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