第12話 リンドウ丸のたたずむ港
シバのすけが残した新聞記事に書いてあった期日の前日に、ユキナガとハツは無事横須賀に到着することができた。
明日あらためて来ることになる建物の場所を確認しておいた。ビルの向こうに大きな船の姿が見えた。
ユキナガとハツは、船が良く見える場所まで移動してみた。
「あれがリンドウ丸か」
「大きいね、ユキナガくん」
ハツは興味深そうにリンドウ丸をしばらく眺めていた。白く美しい船。巨大な海の城。
あそこで職を得ることができれば、それはハツにとってとても良いことだろう。
形としては、ユキナガがリンドウ丸に雇用される形になるようだ。彼の所有物としてハツも乗船することになる。
ただユキナガは、その職務を最後まで全うするつもりはなかった。
リンドウ丸は、この未来世界からユキナガが前世で過ごしたなつかしき20世紀までタイムスリップする。
ユキナガが愛した野球全盛の時代。彼は20世紀に着いたらどうにかして向こうでそのまま暮らすつもりだった。それは何かしらのルールを破る行為となってしまうだろう。
その場合ハツがどうなるかというのは心配していた。ユキナガに尽くしてくれた親友シバのすけの妹に迷惑はかけたくない。
もしハツがリンドウ丸での仕事で有能であることを示すことができれば、仮に不届きなユキナガがどこかに行ってしまっても、船に引き続けることが恐らくできるのではないだろうか。
それは楽観的過ぎるかもしれなかったが、前世で老人となるまで長い間生きたユキナガは、世間のルールが時としてとてもいい加減なものであることをよく知っていた。
ふたりはリンドウ丸が停泊する港を後にして、それからハンバーガーショップで昼食をとった。
ユキナガはチーズバーガーとコーラ。
ハツにもハンバーガーを食べるか聞いてみた。フライドポテトがいいと彼女は答えた。
「炭水化物と油が主なエネルギー源なの。タンパク質や野菜のカロリーを吸収することもできるけど、少し効率良くないかな」
この横須賀に着くまでの道中は、ユキナガにとって未来世界の様子を改めて観察する、認識する、良い機会となった。
歴史を失った世界。過去の出来事に関する貴重な資料のほとんどは失われてしまった。そしてそれを取り戻すことこそが、タイムマシンの開発された理由だった。
この世界では野球だけではない。映画や音楽もそのほとんどは失われてしまっていた。
そしてそれらが人間にとってどうしても必要なことだということを忘れてしまったのだ。
やはりここは自分のいるべき世界ではない。ユキナガはその思いを強くした。
親からの小遣いを使うことなく貯めてあったので旅費は問題なかった。
家の両親はいまどういう状態なのだろうか。ユキナガは家出をしたかたちだ。
ふたりがハンバーガーショップを出るときに入り口の扉の所で、店内に入ってくる若い女性とすれ違った。
ユキナガはその女性の方を振り返った。ハツはユキナガの横顔を眺めていた。
ふたりともしばらくそうしていた。
「そんなに好みだった? ユキナガくん」
「好みというか……、うんまあ、否定しない」
「ひと声かけてみれば良かったのに」
「無謀でしょ。向こうは絶対になんとも思わなかった」
「いや、そうとも言い切れませんよ。世の中には100%のことも0%のことも案外ありません」
「そう?」
話はそれで終わったが、ユキナガは少しの間すれちがった女性のことを考えていた。
それからハツのことも考えた。ハツの見かけは人間の少女だが、持ち主が他の女性に気を取られてもとくに気にならないようだ。
近くを歩いていると、お土産屋の店先にいろいろな種類のキーホルダーがぶら下げられていた。ご当地のキャラクターものも何種類かある。
こういうのは江戸時代くらいにはすでにあった形跡があるので、いくら時代が変わろうとも永久不変なものなのだろう。
ユキナガはそのうちの一つが気に入って足を止めた。
「あ、これかわいい。買っちゃおうかな」
それは軍艦をモチーフにしたキャラクターだった。
「かわいいとか気安く言うのは感心しません」
ハツの言い方が急にとげとげしい。
「ん、ああ、無駄遣いはしないほうがいいかな」
「デリカシーの話をわたしはしています」
「でもかわいいよこれ」
「わたしのほうがかわいいです」
話が見えずにユキナガは数秒考えた。そして思い至った。
「あーつまり、女性は良くても、モノにはちょっと嫉妬するのか」
「知りません。この薄らトウヘンボク」
転生投手ユキナガとAI捕手ハツは野球がしたい(この未来世界では誰もやってないけどな!) のんぴ @Non-Pi
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