第3話 おもいびと

自殺はいけないことです…


私の頭に響いたあの言葉。入院の支度をしながら私は思い出していた。

あの言葉を聞くと反逆したい気持ちを煽る。今すぐそのいけないことをやってしまいそうな。

程なくして恋人からLINEが来てる通知音がした。


「りほちゃんがいなくなったら僕は悲しい」


そういった趣旨の内容だった。搬送された大学病院から戻ったあと、ブロンを飲んだことを伝えたのだ。私は死にます、とも。


恋人は私と母親の不仲を知っていた。酷いことを言われて泣くたびに私は恋人に縋った。それが彼にとって重荷になっていないかいつしか心配になっていた。私は私が邪魔な存在に思えた。大好きなはずの恋人にとっても。


「いつ自殺して死ぬかわからないからあなたに迷惑をかけたくない。今のうちに別れよう」


気づいたら彼にそんなメッセージを送り返していた。バカだなあと後から思った。


私が自殺企図したことにより家族は大きな衝撃を食らった。母親は深く黙り込み、父親と妹は泣いた。そうだとしてもこの重たい希死念慮が消えるわけではなかった。

死ねばよかった。死ねなかった。そう思ってからが地の底でもがき苦しむような毎日の始まりだった。



生きる価値について、考えたことはあるか。私はある。統合失調症と診断され、やがて自然退職し無職となった私は仕事の重圧から解放されたと同時に空っぽになってしまった。生きる価値とか自分の真価とかすべて見失ったのだ。自分の人生を振り返ると何の灯りもなく暗い部屋のような人生だと思った。夢?希望?そんなものあるわけがない。ただ毎日涙が頬を伝った。

入院先の病院で初日から涙を流した。死にたかったのになぜ止めたと、家族を責めた私の金切り声が思い浮かんだ。


ただ、死にたかったのに。終わりにしてしまいたかったのに…。


看護師が泣いている私を見て話を聞いてくれることはあったが、気持ちは死に向いていた。すごく死にたかったのに、急に生きたいとは思えない。


精神科病院の閉鎖病棟というと仄暗いイメージだったのに私の入院した病棟は居心地は悪くなった。みんな入院という事実を受け入れて休養しながらも楽しみを見つけようとしていた。

昼の11時45分。セリーヌ・ディオンのマイ・ハート・ウィル・ゴーオンが流れ出した。食事前には曲が流れ、食事をする場所に患者が続々と集まっていく姿が見られる。曲はランダムだった。サザンの明るいサウンドの時もあれば、エンヤの静けさのある曲の時もあった。しかし、セリーヌ・ディオンのこの曲は特に私のお気に入りだった。まるで病棟全体が沈むタイタニック号になったかのような感覚が面白かった。

タイタニック号に乗って最期を迎えるとしたら生きたいと思えるのだろうか。確かジャックは冷たい海の底に沈むのが彼の最後だった。映画は幾度となく観たが、ローズの深い悲しみを想像するたびに胸が痛んだ。恋に落ちた二人の間に起こった悲哀に満ちた出来事。

恋人あるいは想い他人を失うとはどんな気持ちか。そこで自分の恋人の顔が浮かんだ。私が意識を失い冷たい海の中でくたばり、掴んでいた彼の手を離す。そんな情景が浮かんだが、妙にリアリティがない。逆はどうだろうか。彼が自殺してこの世から急にいなくなってしまったら。私は苦しみ、後を追うだろうか。

考えているうちに、看護師から食事に呼ばれた。味気ない食事のメニューだったので気は進まなかったのだが、食事をした。

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ネリネ しふぉん @harukakitaayase

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