第2話 花言葉

誕生花というものがあるのをご存知だろうか。私はある日誕生花をインターネットで調べたのだが、出てきた植物の一つが、ネリネという花だった。花には花言葉がある。紫陽花だったら、移ろい、だし、薔薇は本数や色で花言葉が変わる。


ネリネの花言葉は、忍耐そして箱入り娘。


ある季節のあるときとしか記憶がない。私が死のうとした日。それはたしか30歳になるちょっと前だったような。その3年ほど前に私は統合失調症という診断名で精神科に通っていた。様々な仕事を20代のあいだにしたが、最後の仕事で執拗なパワハラを受けてとうとう電車の中で涙が止まらず幻聴や幻覚の症状が出たり、出社拒否したりするようになっていた。そうして精神科に駆け込み、はじめは抑うつの診断をもらったが、休職する頃には統合失調症と診断をつけられていた。


もうすぐ30歳になるという現実を目の当たりにして苦しくなったある日、私の頭に無水カフェイン錠で自殺しようとした人のことが過ぎってブロンという瓶の薬にたどり着いた。そう。私は死にたさのあまり、市販薬ODに手を出した。たしかブロンはSNSで仕入れた情報だった。トー横界隈やODを趣味とする界隈がネットにはあって薬を調べるのは容易だった。

ブロンは、咳止め薬だ。無水カフェインなので大量摂取すれば身体に変化がある。ブロンは2箱買った。1箱ずつしか手に入らないのでドラッグストアははしごした。ワンチャン死ねるかな、くらいのノリで買った。

いや、死にたい。頭に過ぎるのは毎日毎日母親に浴びせられた言葉。容姿や体重を見てあなたは女じゃないと言われたり、そんなんじゃ彼氏に振られると罵られた。苦しくて一人で悲しい気持ちを抱えて泣いた日々。終わりにしたかった。

ただいまと言ってブロンの入った袋を持ち、私は家族がテレビを見ている隙にささっと部屋に入った。飲みかけのペットボトルのお茶があったのでブロン1瓶を一気に流し込む。糖衣錠なので妙に甘い。すると、妹が部屋に入ってきた。私の行動を不審に思ったらしい。コンビニに行くと言って家を出入りしたが、それは夜だった。私は夜、滅多に出掛けない。


「お姉ちゃん、何飲んでるの!?」


妹が叫んだ。母親も来た。あーあ、と思った。死にたかったのに残念だとも思った。大量のブロンを飲んだ割に吐き気も気を失うこともなく意識はあった。

救急車を呼ばれた。市販薬ODで救急車はかなり迷惑な話だが、呼ばれたから仕方ない。救急隊員の話だと何かチューブを入れて薬の成分を身体から抜かないといけないらしいが、近くの大学病院に運ばないことには治療も何もできないので運び込まれた。その直後は覚えてない。救急車に乗せられたり、物心ついて病院に入院したりしたのが初めてだったので病室は物珍しかった。看護師がよく出入りして声をかけられる。

印象的だったことがある。若い女の精神科医がやってきて言われたことだ。


"もう二度とこんなことはしないと約束してください。自殺はいけないことです"


私は心のなかでこいつは何もわかっちゃいないと思った。自殺はいけないこと?それはマニュアル通りのセリフでしかないのだ。自殺したいんだから死なせろ、としかそのときは思わなかったがとりあえず病院は出たい。同意の気持ちはないのに深く頷いた。


病院食に天ぷらが出た。その大学病院の入院日最後の夕飯だ。しなしなとした海老天を頬張りながら思った。


これからどうなるんだろう…



おそらくはどこかの精神科病院に入院すると告げられていたが、気持ちは沈む一方だった。あのとき死ねていればと自分を責め、声を殺して泣いた。

看護師が気づいて寄ってくる。どうしましたか、と聞かれた。

自分が入院しても尚、死にたいという気持ちでいっぱいなことに気付かされた。



大学病院から退院すると少し時間を設けられた。帰宅して自分の部屋に入って先ほどの誕生花の花言葉を思い出した。ネリネの花言葉。こんなに生きるのが嫌で忍耐とか、たいして愛されてもないのに箱入り娘とか、いい加減にしてくれと思った。わあっと泣いてしまいたかったが家族に気づかれると面倒だ。そのまま主治医のいる精神科に行く支度をした。

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