なら、最後にもう一度……

 ずっとこうして、自堕落に過ごしていくのだろうか。あれほどまでに恋焦がれたあの人の隣に立てないまま、永遠に。


「そんなの……あんまり、……じゃないかッ!」

 

 気がつくと。

 見渡す限りに真っ白な空間。自分以外何もない、埃一つ落ちていないそんな場所に男はこうして一人立っている。

 

 どうしてここにいるのか覚えていない。全てが不完全燃焼で、生きる絶望と死への希望に苛まれ、半生を棒に振るっていた気がするが、そのような心情がどう繋がってこの場所に来たのかが抜け落ちている。

 

 肉体は死に絶え、最後は酷く呆気ないものだった。誰からも忘れ去れ、友人にも見捨てられたまま、過ぎ去っていく人生。


 それほどの事をしたと言っても過言ではない。それが男の動機から来る事実なのは、誰であろうと予想がつくだろう。


『あなたは、誰?』

「―ッ!」

 

 頭の中で問いかけてくる声。聞き馴染みはないが、不思議と男の口から言葉は湧き出てくる。


「俺は、木頭きとう春馬はるまだ!」

 

 自分は…見失っていない。覚えている、今まであった喪失感、後悔という名の懺悔、失ってから気づく大切さ。

 

 そして、再び失う絶望の思い。

 

 忘れるはずがない。この名を持つ自分がやってきた行為、その全てが許され、断固許容されるものではないと思っているから。


『どうやら気は確かなようですね』

「…バカに、してんのか?」

『いいえ。確かめているんです。……木頭春馬。あなたは、どうしたいですか?』

「ッ! どう、したい……?」

 

 それはえらく抽象的な問いかけだった。どうしたい、と聞かれたところで、春馬には自身の行いを今更変えられる術を持っていない。これからの未来に興味などなく、あるのは過去を嘆くための涙のみ。

 

 だから春馬は問いには答えることができない。けれど、それを踏まえた上で頭の中で再度問う声。


『では言い直します。木頭春馬。あなたはどうしたかったですか?』

 

 ハッと目を見開く春馬。次の瞬間、ありったけの怒りが込み上げて来る。


「どうしたかっただと⁉︎ ふざけるな、そんなの分かりきったことだろうが‼︎」

 

 春馬が何度も困難に立ち向かったわけ。たとえ救いが存在しなくても、足を奮い立たせた理由。春馬にとって、高校生の時からその理由は変化していない。


「俺は、香織を助けたかった! ただ、それだけなんだよ‼︎」

 

 どれだけ原理原則が歪もうと。思いだけは絶やしてはいけない。柱となる自身の思いはいつも一人の恋人に向いていたから。


「はは、笑えよ! こうまでして、辿り着けなかった救い、希望、祝福! どれだけ哀れで惨めなクソ野郎何だろうな、俺は! 大体俺なんて人間は、たった一人のために大勢の人間を犠牲にして、想いを踏み躙ったクソ野郎だ! ……でもな、信じてた! 信じてたんだよ、俺は‼︎ 俺という人間がどんだけ単純なバカでも、いつかどこかには奇跡が落ちてるって。……こんなことってあるかよ。こんな、一人の恋人すら救わせてくれない世界なんて、あんまりじゃないか! こんなの、俺自身、納得できるわけねえだろうがあああああああぁあぁぁあぁぁぁあ––––‼︎‼︎」

 

 どこまでも長い言葉だった。色んな感情が混ざってぶつかった気持ちの悪いものだったかもしれない。下手な人間が聞いたら、きっと春馬を軽蔑し、関係を断ち切ってしまうそんな台詞。春馬の今までの曝け出せない気持ちの丈、全てが溢れ出した津波の如き封鎖できない言葉の数々。

 

 頭の中で響く声の主は、それを黙って聞いていた。

 やがて、


『それを変えるための選択肢が、あなたにはあります』

「……選択肢?」

 

 とある方便を口にした。

 怪訝な表情をする春馬に、説明を追加する声の主。


『単刀直入に言って、もう一度、人生をやり直すチャンスがあるということです』

「人生を、やり直す……だと?」

『はい』

「無駄だ」

 

 どうして、という質問は受け付けない。その答えを春馬はすぐに口にする。


「何度やり直したって届かないんだよ。あいつには」

 

 高校時代に失った香織という恋人。彼女がいなくなってから、春馬の人生は灰色に染まり、それを変えることは残念ながら叶わなかった。

 

 たとえ香織そっくりの機械を作っても、その存在を狙いに大勢の人間が押し寄せ、命を狙われる。安住の地はなく、全て無に還ってしまった。

 

 今、戻ってやり直したところで、起きることはその繰り返し。終わりのない、地獄がまた始まるだけなのだ。


「だからもう、俺はー」

『届きますよ、きっと』

 

 その刹那、差し込む日差し。真っ白で構築された部屋に突如として太陽が出現する。

 目にしたことのない超常現象。それは春馬の足元を神秘的な光で照らしていた。


『チャンスは一度きり。失敗すれば、今まで同様、繰り返しです』

「何が!」

『香織さんを助ける、機会ですよ。今からあなたを香織さんが交通事故に遭う寸前の時刻に戻します』

「!」

 

 前提が覆される。香織を失う前の期間、もしやり直しが効くなら可能になるのではないか。

 

 香織を救い出し、希望を掴むことが。


「どうして、そんなことが……」

『さあ、どうしてでしょうね。それより選択はどうします? 木頭春馬』

 

 光と共に吹き荒れる風は、春馬の立場を揺らし続ける。

 今までで一番求めていた救い、それを手に取らない理由は存在しない。起きた現象は不明だが、それでも賭けに乗る覚悟は十分にある。


「選ばせてくれ、俺に」

 

 そうして、春馬は力強く宣言する。


「変えるための選択を!」

 

 瞬間、次々と飛び込むのは光の架け橋。それが春馬の身体をふわりと押しやり、亀裂の入った光の彼方へと運び込む。


『時間にして一幕。さながら、といったところでしょうか』

 

 そして奇跡は姿を現す。同じ願いを祈り続けた、男の魂の前に。


『プロローグには飽きましたよ、木頭春馬』

 

 始まる、全ての物語が産声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

刹那の一幕 柄山勇 @4736turtle

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画