雪像

青樹空良

雪像

「わ! 今年もすごいですねー」


 俺は、思わず歓声を上げた。

 あまり人通りが多い場所でもないのに、ここで農家をやっているおじさんはいつも、農園の入り口に立派な雪像を作っている。

 いつ見てもすごい。知っている近所の人は毎年楽しみにしている人がいるくらいだ。全国から人が来るようなすごい公園もあるが、ここは知る人ぞ知る隠れスポットになっている。


「いやいや、趣味みたいなもんだからさ」


 おじさんは照れたように笑う。


「じゃ、さっそく手伝ってくれるかな」

「もちろんです!」


 俺は、ここの近所に住んでいて子どもの頃から家族ぐるみでおじさんと親しくしている。だから、突然出荷が入って忙しくなった日や、雪かきをしなければならない日なんかで手が足りないときに、ちょっとした作業を手伝ったりすることがある。もちろん、バイト代はもらえるので悪くない。

 家も農家でいつも手伝っていることなので、おじさんも手際がいいと俺のことを重宝してくれている。おじさんは数年前に両親を亡くしていて、結婚もしていないので人手がなくてどうしても手伝いがいるのだ。


「しっかし、またよく降ったな」

「ですねー」


 俺は頼まれた仕事をしながら、返事をする。

 いつも雪は多いところだから、ほとんど挨拶みたいなものだ。


「で、これは向こうの倉庫でいいんでしたっけ」

「そうそう、よろしくな」

「わかりました」


 俺は言われた倉庫に向かう。

 荷物を置いてから、倉庫の隅に冷凍庫があることに気付いた。プレハブの小屋くらいの大きさがあるやつだ。


「でっか」


 うちにある冷凍庫よりもでかい。うちでもあまった野菜や、季節をずらして出荷しようととってある野菜なんかが入れてある冷凍庫があるが、これよりもずっと小さい。

 こんなでかい冷凍庫を使っているなんて、おじさんの方がやり手ってことか。


「何が入ってるんだろ?」


 こんなにでかい冷凍庫にどんな野菜を保存してあるのか、ちょっと気になる。少しくらいなら、のぞいても大丈夫なはずだ。

 俺はそっと冷凍庫の扉を開ける。


「ん?」


 中に入っていたものは、想像と違っていた。


「う、うわ! すげー」


 俺は思わず声を上げる。単純に感動してしまった。

 そこには、ものすごくリアルな少女たちを形作った雪像が並べられていた。

 もっとよく見たくなって、俺は雪像に近付く。

 雪像は等身大なのか、俺より少し小さいくらいだ。普通の女の子よりはちょっとだけ大きいくらいだろうか。あまりにも造形が良くて一つ一つが生きているみたいに見える。

 しかも、それぞれが全く違う顔や姿をしていて、みんな美人だ。

 その中の一つはまだ真新しい雪で作られているようだ。他のものに比べて、まだ全く溶けたり崩れたりしていない。

 外に飾ってある雪像もすごいけれど、あれはいつも動物とかサンタクロースとかで、こんな風に少女を象ったものはない。


「おじさん、こんなのも作れるんだ……。本当にすごいな、あの人」


 呟きながら、まじまじと観察してしまう。

 どうやら、この冷凍庫は野菜用ではなく雪像を保存する冷凍庫だったようだ。そのためにこんな冷凍庫を買ってしまうなんて、おじさんすごすぎる。


「って、そろそろ戻らないと」


 バイト代をもらって仕事をしているのに、こんなところで油を売っているわけにはいかない。

 おじさんのところに戻ってから、俺は開口一番言った。


「冷凍庫の中の雪像、勝手に見ちゃったんですけど、すごいですねっ! あんなのも作れたんですね。めっちゃリアルな女の子が並んでてびっくりしました。しかも、みんな美人だしっ!」

「え、アレ、見たの?」

「すみません。勝手に入って!」


 思ったよりも困ったように言われて、俺は即座に謝った。けれど、続けて言った。だって、アレを見てしまったら伝えたい。


「アレなら、お金出してでも見たい人いると思いますよ。めちゃくちゃいい出来じゃないですか! どうして、アレは外に出さないんですか?」

「い、いやー。だって、恥ずかしいじゃないか。こんなおっさんが、あんな女の子を作ってるなんて知られたら、さ。だから、内緒にしておいてくれるかな」

「アレを内緒に、ですか? もったいない」

「しゅ、趣味みたいなものだから」


 おじさんは誤魔化すように笑う。

 本当にアレを他の人に見せないなんてもったいないけれど、本人が言うなら仕方ない。

 おじさんはまだ、苦笑いのようなものを浮かべている。というか、動揺しているように見える。

自分の好みドストライクな女の子を作った雪像を見られて恥ずかしがっているのだろうか。それは、あると思う。




◇ ◇ ◇



 バイトの帰り、俺は歩きながらスマホのニュースを見ていた。


「うわ、また今年もかよ」


 俺の住む近所ではなぜか数年前から毎年、雪の時期になると少女が行方不明になる事件が続いている。それが、また起こったらしい。しかも、犯人はまだ見つかっていない。


「ん?」


 何か引っかかった。

 ニュースに出ている少女の写真に見覚えがある気がする。でも、こんな美人は知り合いにいない。


「あ」


 わかった。

 さっき、冷凍庫の中にあった雪像に似たような顔があったような気がする。しかも、真新しくて最近作られたと思われるやつだったと思う。新しそうだなと思ってまじまじと見ていたから覚えている。

 だけど、アレは雪像だ。

 似ていると言っても、なんとなく、だ。

 それなのに、急に背筋が寒くなる。夕方になって寒さが増したせいだけじゃない。


「まさか、そんなわけ、ない……よな」


 俺は頭の中にふと浮かんでしまった怖い考えを振り払う。

 けれど、どうしても恐ろしい方へ向かった思考を止められない。

 普通の少女よりも少しだけ大きい雪像。あの中には、もしかして……。

 前に行方不明になってしまった少女たちがどんな顔をしていたかも気になってきた。

 だけどそれよりも今は、おじさんの農園から早く離れようと早足になる。

 もし、その少女たちがあの雪像に似ていたら……。

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雪像 青樹空良 @aoki-akira

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