翼の街の住人
畝澄ヒナ
翼の街の住人
僕はある日、学校の屋上から飛び降りて自殺してしまった。次に目が覚めたら、背中に翼の生えた人間たちがたくさんいる世界に転生していた。僕の背中にも翼が生えていたけど、何度やっても飛ぶことはできなかった。
僕はどうすることもできず、街をただぶらぶらと彷徨っていた。すると突然女の子が話しかけてきた。
「あなた、この世界の人じゃないでしょ」
僕はドキッとして、女の子をじっと見つめた。
「ど、どうしてわかったの?」
「買い物もしないでぶらぶらと。帰るだけだったら飛んで帰るわよ」
女の子は僕の額に指を突き立てた。
「この世界の人じゃないってバレたら、殺されるわよ。最近転生者が増えてて、王様が気に入らないって、定期的にみんなをふるいにかけてるんだから」
僕は青ざめた。今度は他人の手によって死ぬことになるのか。僕は迷惑をかけないために自殺を選んだのに、転生先でも迷惑をかけてるなんて。でももう死ぬのはごめんだ。僕は女の子に聞いた。
「どうしたらいいの?」
「そりゃ、飛べればいいのよ。飛べさえすれば、他の人となんら変わりはないわ」
僕は二度目の死を避けるため、女の子と一緒に空を飛ぶ練習をすることになった。
「どうして僕は飛べないの?」
「飛び方を知らないからよ」
どうやら翼を動かすだけでは飛べないらしい。
「あなた、飛んでる鳥を見たことはある? 鳥はむやみやたらに飛んでるわけじゃないのよ。風向きや風の強さによって翼の動かし方を変えてるの」
鳥になりたいと、鳥を見つめていたことはあるけれど、そこまで考えて観察したことはなかった。
「王様がみんなをふるいにかけるのは一ヶ月後よ。死にたくなければ、まずは見なさい。」
そう言って、女の子は高台にある木造の家に入っていった。
鳥の観察をし始めて三日が経った時、観察していた鳥が敵に襲われているのを見た。僕は考えるより先に身体が動いていた。
「大丈夫?」
弱っている鳥に話しかけると、言葉がわからないはずなのにお礼を言われたような気がした。
「あら、風に乗れるようになったのね」
僕は気づかないうちに、高台からこの草原まで急降下せず、ゆったりと降下して着地していた。
「よかったじゃない」
僕は褒められて少し恥ずかしくなった。でもよかったのはこの日だけだった。
僕は女の子に見てもらいながら、高台から草原まで飛び降りる練習をしていた。でも何回やってもあの日のようにできなかった。僕がとてつもない速さで落ちて行くたびに、女の子は僕を軽々と釣り上げる。
「もう一週間が経ったわね、感覚を忘れちゃったのかしら。それか無意識に怖がってるのかもね」
「怖がってる?」
「元々は翼なんて生えてなかったものね。翼が十分に広がってないわよ」
僕は無意識に翼を閉じているらしい。
「まあ、頑張って」
その日から女の子は練習を見てくれなくなった。高台から飛び降りるのは禁止、とだけ言ってあとはほったらかしだ。
「どうしよう……」
僕はあれから毎日、高台の淵で向かい風を受けながら翼を大きく広げて座っていた。すると突然強い風が吹いて、僕はそのまま後ろに飛ばされてしまった。幸い、女の子が干していた洗濯物にひっかかって助かった。
「何を遊んでいるの? まあいいわ、それで少しは風に乗る感覚が掴めたんじゃない?」
「ご、ごめんなさい」
確かに今、僕は風に乗っていた。このまま上手くいったらいいんだけど……。
「悪いけど、自分で降りてね」
僕はまたほったらかしにされた。翼がひっかかってうまく抜け出せない。
「嘘だあ……」
アクシデントはあったものの、僕はあれからなんとなく感覚を掴み、また高台の淵で向かい風を受けていた。すると女の子が声をかけてきた。
「今日、街でお祭りがあるの。一緒にどう?」
僕たちは息抜きとして、街のお祭りへ出かけた。
「この飴美味しいのよ。このお祭りでしか出されないの」
そう言って女の子は、僕にキラキラと緑に光る棒つきの飴を渡した。
「本当だ、美味しいね」
僕が女の子のほうを見て笑いかけると、女の子は遠くのほうで上がる花火を見つめながら言った。
「あなたはよく頑張ってるわよ、これからも一緒に頑張りましょう」
「あ、ありがとう」
僕は女の子の言葉を聞いて、この子のためにも頑張ろうと強く思った。
ふるいにかけられるまであと二週間、僕はあの時の感覚を思い出していた。
「着地は大丈夫そうね」
あとは大空に羽ばたき、それを継続するだけ。
「できるかな」
「あとちょっとよ。個人差はあるけど、全く飛べないなんてことはないわ」
女の子に励まされ、僕は再び大空へと向かう。
「翼を広げて!」
女の子に言われるがまま翼を広げる。うまく風に乗れたと思った、その時……
「うわあ!」
強い向かい風が僕を直撃した。為す術もなく落ちていく。
「翼が、動かない。助けて……」
「本当に世話が焼けるわね」
目を開けると女の子が僕を抱えていた。
「練習はまた明日にしましょう。今日はもう休んで、さあ、目を閉じて」
「うん、ありがとう」
僕はそのまま深い眠りについた。
翌日、スープのいい香りで目が覚めた。
「朝食はどう? 食べられそうかしら」
「ありがとう、いただくよ」
女の子が作ってくれたスープはとても美味しかった。
「昨日は助けてくれてありがとう」
「いいのよ、いつものことじゃない」
それはそれで申し訳ない。
「でも飛べてたわよ、その調子」
女の子はそういうことを恥ずかしさもなく言う。言われたほうが逆に恥ずかしくなるくらいだ。
「何を照れているの? 顔が赤いわよ」
女の子は色々鈍感みたいだ。
「何でもないよ! さあ、練習練習!」
僕は慌てて家を飛び出した。
残り一週間になった。時間がない、僕はまだ感覚を掴みきれていない。
「焦ると余計にうまくいかなくなるわよ」
高台から飛び出そうとした僕の服を掴んで説教する女の子。
「ごめん……」
「心配しなくてもあなたは飛べる、私が保証するわ」
その目には決意が見えていた。僕のことを本当に信頼してくれていることがわかった。
いよいよ明日が運命の日。大丈夫、もう僕は飛べる。
「いくよ!」
僕は勢いよく高台から飛び出した。風が心地良い。翼を存分に広げ、鳥のように飛べているのがわかる。
「もう大丈夫ね、あなたと飛べて楽しいわよ」
気がつくと隣で女の子が一緒に飛んでいた。
「こんなに楽しいんだね、空を飛ぶのは」
「この世界で楽しいことが見つかって良かったわね。後悔はしてない?」
「してないよ、君と出会えてよかった」
明日、僕はこの世界の住人として認めてもらえるだろうか。
運命の日がやってきた。僕は王様の前でひざまずく。
「お前はどっちだ? さあ、わしの前で証明してみろ」
「仰せのままに」
僕はその場から空高く舞い上がった。周りから歓声が湧き、大きな拍手に包まれた。
「見事じゃ! この世界の住人よ、これからも人生を謳歌するがよい!」
空から見た街は、きらきらと輝いていた。
帰り道、女の子は僕を見つめて言った。
「これからの予定はある?」
「特に何も考えてなかったよ、どうしよう」
「よかったら、一緒に暮らさない?」
突然の提案に、僕は急停止した。
「だめ、かしら」
「君がいいなら、喜んで!」
嬉しさのあまり女の子を抱きしめた。
「な、何よ、あなたらしくないわよ」
「照れちゃってどうしたの?」
「う、うるさい!」
僕たちは仲良く、高台にある木造の家へと飛んで帰った。
翼の街の住人 畝澄ヒナ @hina_hosumi
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