48人目

@HasumiChouji

48人目

 侍にとって忠義の対象は、主家か主君本人か、というのは大きな問題だ。

 家老などの御偉いさんなら「主家」と答えるだろうが、俺の場合は「主君」だ。

 御家の為なら、今の殿など……と考えるのが侍としては「普通」かも知れぬ。

 だが、俺達は、今の殿に取り立てられて、この家の家臣となったので、主君と主家を秤にかけねばならぬなら、主君の方を選ぶ……だろう。

 ただ、取り立ててくれた殿が、あんな事になってしまった以上は……。


「喜べ、郡兵衛。伯父上が、そなたを養子にしたいと言ってきたぞ」

「は……はぁ……」

 主家が取り潰されてから、兄の家に居候していた。

 ある日、その兄が、そんな事を言い出した。

「どうした? 嬉しくないのか?」

「い……いえ……そんな事は……」

「伯父上は、公方様の旗本。そなたが伯父上の跡を継げば、天下の征夷大将軍に御目通り出来る身分だぞ。俺より出世出来るのに、何か不満でも有るのか?」

「あ……あの……その……」


 恐しく冷え込む日だった。

 とは言え、雪は降りそうにないが。

 これ以上、養子の話を引き伸ばせない……そう思ってた所に、ようやく、例の件を実施する日がやって来てくれた。

 助かった。

 日は暮れているが、約束の刻限には間に合う筈だ。

 俺は、兄上に見付からぬように、勝手口から屋敷を出ようとして……。

「おい、郡兵衛、こんな刻限にどこに出掛ける気だ?」

「あ……兄上……? あ……伯父上も……」

「お前、まだ、赤穂の連中と縁を切っておらなんだのか?」

「お……伯父上……それは……その……えっと……」

「よもや、今日が、その日か?」

「は……はい……」

「行かせんぞ」

「い……いや……でも、私にも武士の面目というモノが……」

「何が『武士の面目』だ? どうせ失敗するに決っておろうが。例え成功しても、確実に死人が出るし、生きて帰って来る事が出来ても、天下の大罪人となるのだぞ、判っておるのか?」

「あ……あの……ですが……その」

「ふざけるでないッ‼ 行かせはせんッ‼」


 討ち入りは、あっさり成功した。

 いや、いくら成功したとは言え、誰か死ぬに決ってるだろ、と全員が薄々考えていたのに……討ち入り側は、誰も死ななかった。

 更に、例え成功しても、天下の大罪人となる筈だったのに、俺と違って脱落しなかった四十七人は、義士よ烈士よと誉め讃えられ……。


 噂では、俺の仲間だった連中の身柄を預かった家中の内、扱いがアレだった所を皮肉る落首まで有ったそうだ。

 伯父上と兄上の言う通りにしたのに……伯父上の養子になる話は、その後進んでいない。

 多くの人間が「部屋住みの侍の部屋」と言われて想像するであろう感じの部屋。

 今日も、1人、兄上の屋敷の中の、そんな感じの一室で鬱々悶々とし続け……。

 ん?

 障子が開き……そこには兄上と伯父上が……。

「すまん……郡兵衛、切腹してくれ」

 ……。

 …………。

 ……………………。

「い……今……何と……おっしゃいました?」

「切腹してくれ」

「あ……あの……何故?」

「お主が生きておると、外聞や世間体が悪くてかなわん。死んでくれ」

「い……いや……ですが……」

「お主の仲間達は、お預けになった先で見事に腹をかっ切ったと聞くぞ」

「ま……待って下さい」

 何が「お主の仲間達」だ?

 俺は、あんたらのせいで、あいつらの仲間に成り損なったんだよッ‼

「お主……侍の癖に、この後に及んで、死にたくないと申すか?」

 え……えっと……「この後に及んで」って、何がどこにどう及んだんだよ?

「全く、こんなボンクラのフヌケを養子にしようなどと……儂も血迷っておったようだな……おい、こいつを押えろ‼」

「は……はいっ‼」

 そして、兄上の腕が俺の首にかかり……。

「ええっと……脇差はどこだ?」

「あががが……」

 気道を圧迫される苦しさの余り、背後に居た兄上の顔を爪で引っ掻き……。

「があああッ⁉」

 次の瞬間、さっきまで兄上の顔を引っ掻いていた指が、妙に生温かく、ぬめぬめとした感触に包まれたかと思うと……凄まじい痛み。

 クソ、この馬鹿兄貴、俺の指を噛みや……うわああ……⁉

 慌てて引っ込めた右手からは指が何本か消えて、血が吹き出ていた。

 指が指が指がぁ〜などと混乱する暇すら与えず、今度は、腹に痛いと云うより熱いと云うような……うわわわわ……。

 どげしッ‼

「こ……こいつ……蹴ったな……。儂を蹴ったな‼」

 どげしッ‼ どげしッ‼ どげしッ‼ どげしッ‼

 今度は、伯父貴が俺の足を鉄扇で殴打、殴打、殴打、殴打。

「ぐぎゃぁ〜っ‼」

 そして、膝に凄まじい痛み。

 ああ、こりゃ、膝の皿が割れたな。

 続いて、頭にも鉄扇の一撃。

 額の鉢が割れて、血がダクダクと……。

 クソ、万が一、この地獄のような状況から生き延びる事が出来たとしても……利き手の指は何本か無くなり、片足はマトモに動かなくなり……。死ななくても、俺の人生、お先真っ暗かよ?

 何で、こんな目に遭う?

 俺が討ち入りに加わっていれば……どっちみち死んでたにしろ、こんな無茶苦茶な目に遭う事は無かった筈だ。

 俺が何かやったのか?

 いや、全部、兄貴と伯父貴が、あの時に、俺を止めたせいだろ。

 なのに、何で、そのツケを俺が払う事になるんだ?

 前世とか来世とやらが本当に有るのなら、俺は、この2人に、前世で何か酷い真似でもやったのか?

 ざくざく。

 ずりずり。

 腹に突き刺さった脇差が……ゆっくりと動き……。

 嫌がらせのように、ゆっくりだ。

 俺をなるべく苦しませて死なせようとしてるとしか思えないほど、ゆっくりだ。

「さ、こいつの手に儂の脇差を握らせろ。そうすれば、切腹したように見える筈だ」

「い……いえ……ですが……」

 兄貴は俺の指が何本か欠けた右手を指差し……。

「左手に握らせろ……うっかり、左手で腹をかっさばいたように見える傷を付けてしまったでな……。これで辻褄ま合う筈だ」

「は……はぁ……」

 おい、辻褄もクソも、誰が、俺の死体を見て、マトモな切腹だったと思うんだよ?

 あと……せめて、止めを刺してくれ。

 痛い、苦しい、痛い、苦し……。

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