第23話

 黒ずくめの刺客との戦いを乗り越え、何とか王都の門前までたどり着いた俺たち。

 しかし、門をくぐった途端、街の空気がピリついているのを肌で感じた。

 道行く人々の顔には不安の色が濃く、兵士たちもいつにも増して警戒態勢をとっている。


「やっぱり魔王軍が近づいてるんだろうな……。それに、子爵が捕まったことを知った他の貴族も落ち着いていないかもしれない」


 イリーナが周囲に視線を巡らせつつ呟く。

 馬車を進めているギルドの戦士が、王宮の方向を指さした。


「とにかく法務卿の執務室へ行こう。そこが安全だろうし、取り調べもすぐに始まるはずだ」


 俺たちは王宮の大きな門を通り、中庭を経て法務卿の執務室へ。

 既に連絡が入っていたのか、法務卿が待ち構えていた。


「やあ、よくぞご無事で。アルトハルト子爵とやらを連れてきたそうだね。早速、地下の拘留施設に入れよう。あとは我々が責任をもって管理する」


 法務卿は静かな笑みを浮かべながら、ギルドの戦士たちに指示を出している。

 子爵は悔しそうに唸りながら、しかし暴れる力も残されていないようだ。


「あなたがたは一旦、私の執務室にて待機を。詳しい状況を聞きたいし、裁判の段取りも打ち合わせねばならない」


 俺たちは子爵とギュンターを拘留施設へ引き渡した後、法務卿の執務室へと案内される。

 部屋に通されると、法務卿は深いため息をついてデスクに腰掛けた。


「まずは感謝を伝えねばならない。君たちのおかげで、王国に巣くう悪の一端を摘むことができた。アルトハルト子爵は王宮法廷で裁かれることになるだろう」


 俺は深くうなずきつつ、法務卿を見返す。


「そうなると、いつ裁判が開かれるんでしょう? 早く判決を出してもらわないと、討伐隊の出発にも影響があると思うんですが」


「うむ、王家としてもできるだけ早急に裁判を進めたいようだ。おそらく数日のうちに法廷が開かれるだろう。魔王軍が本格的に動く前に、国内の膿を出してしまう必要があるからな」


 法務卿が地図を指し示す。

 そこには北方の砦付近に魔王軍が集結している情報が描き込まれている。

 もし大軍が王都に押し寄せれば、裁判どころではなくなるだろう。


「わかりました。俺も証人や弁論の場で協力できるなら、ぜひ手伝います。子爵がやろうとしていた契約書改ざんについては、詳細な証拠がありますから」


 俺の言葉に、法務卿は満足げに頷く。


「頼もしいね。やはり君には、法廷での弁論に立ってもらいたい。ただし、王国には王国の手続がある。君の提案を取り入れつつ、我々の法廷手続との整合を図る必要があるが……問題ないかね?」


「もちろんです。日本の民事や刑事訴訟の考え方を下敷きにできますから、王国憲法の条文とも合わせやすいでしょう。俺がしっかりまとめてみせます」


 そう宣言すると、法務卿はニコリと微笑み、執務机から分厚い書類を取り出した。


「これは“王宮法廷手続法”だ。王国憲法第3条に基づいて制定されたもので、貴族を裁く際の特別な規定が詳しく定められている。君にも目を通しておいてほしい」


 どこか懐かしい気分だ。

 前世でも、法律書の分厚さに辟易しながらも、次々と読み込んできた。

 今度は異世界の法律だが、似通った部分も多い。


「わかりました。今日から読み込ませていただきます。何か問題が見つかれば法務卿に相談しますね」


「頼むぞ。……さて、君たちも長旅で疲れただろう。とりあえず休息を取ってくれ。裁判の日取りが決まったら、改めて連絡するよ」


 法務卿の言葉に甘えて、俺たちは王宮近くの宿へ移動する。

 イリーナ、エリス、シェリルも疲労が色濃く、今はしっかり休むことが最優先だ。


 しかし、心中の緊張はまったく解けない。

 子爵が逮捕されても、まだ魔王軍の脅威は残っている。

 加えて、子爵に同調する他の貴族や闇組織が、何か企んでいる可能性も高い。


「気を抜くわけにはいかないな……」


 そうつぶやいて、俺は“王宮法廷手続法”の書類を開いた。

 裁判の準備をしながら、討伐隊の契約書運用を円滑にする。それが目下の使命だ。


 暗いニュースばかりに染まった王都で、俺は法の灯火を絶やさぬよう決意を新たにするのだった。

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