神頼巳

香久山 ゆみ

神頼巳《かみだのみ》

「うっわ、なにそれ。きもっ」

 新年早々に好きな女の子から掛けられた第一声だ。

「え。いやいやいや、これ変なもんじゃないから。蛇の抜け殻でさ、財布に入れておくとご利益があるから」

 弁明しながら、マジックテープを広げて財布から蛇の抜け殻を取り出す。

「え、やだ! まじ。こっち来ないで!」

 ギャーと悲鳴を上げて逃げていった彼女の後ろ姿を、ぽつんと眺める。

 長い黒髪がさらさら靡く。物静かなタイプだと思ったのに、意外と大きな声で喋るんだな。こんなのが怖いなんてやっぱり女の子はかわいいな。など色々感慨深い。

 早速ご利益があったのだ。

 だって、彼女とは三年間同じクラスだったが、ずっと片想いで、今まで一度も話したこともない。なのに、これを手に入れて間もなく、初めて口を聞いたのだ。しかも、他人行儀ではない素の彼女に接した。抜け殻サマサマだ。抜け殻を丁寧に折り畳んで、また財布に戻す。

 これは、近所の神社で手に入れたものだ。

 一応受験生だし、初詣に近所の神社をひとりで参拝した。べつにいじめられているわけではないけど、同級生達に出くわすとなんとなく居心地悪く気まずいので、三が日を過ぎた深夜二時に出掛けた。もしもヤンキー達がたむろしていればさっさと引き返そうと思っていたけれど、さいわい新年の飾付けが施された境内には、不良はおろかひと一人いなかった。

 寒さに震えながら本殿に向かう。手を合わせて、財布から取り出した賽銭を投げる。

「あっ!」

 コトン。硬貨が木箱に落ちて音を立てると同時に、僕も声を上げた。しまった、五百円玉を投げてしまった。慌てて灯りの下に移動して財布の中身を確認するも、やはり五百円玉が消えている。賽銭は五円にするつもりだったのに。暗い中で財布を漁ったので間違えたのだ。

 まあいい、正月中に親戚の家を訪ねるから、お年玉が貰えるはずだ。とはいえ。五百円あればうまい棒五十本買えるし、こないだ我慢した漫画の単行本だって買えたのに。白い溜息を吐きながら、神様に五百円分の願い事をする。合格祈願だけではもったいないので、あれもこれもとお願いした。その中には彼女と仲良くなれますようにという願いもあった。

 ついでにおみくじを引いていきたかったが、こんな時間なので社務所は閉まっていた。ちぇっ、まあ無駄遣いせずに済んだや。

 どうせだから人の書いた絵馬を見ていこうと本殿の横手に回る。同級生達の志望校や、好きな相手なんかも分かるかもしれない。そう考えていそいそ絵馬をひっくり返していったが、残念ながら知り合いのものは見つけられなかった。

 代りに、玉砂利の向こうの藪の中になにか白いものが見えた。ストッキングとか下着とかかと思ったが、近付いてみると蛇の抜け殻だった。うへぇ、と写真を撮ってSNSへアップしてから、そこへ置いていこうとしたが、「蛇の抜け殻は財布に入れておくとご利益がある」という誰かのリツイートを見て、財布の中のレシートを全部ポケットに押し込んで代りに抜け殻を入れたのだった。

 そのお蔭で、好きな子と喋ることができたし、春には志望校に合格したし、久々に解禁したゲームも一気にボーナスステージまで高得点でクリアした。

 全部神様のお蔭だ!

 とSNSへ書き込むと、「蛇の抜け殻は金運のお守りだ」とコメントされた。ばかだな、と皆に笑われたものの、それは中学の時みたいな嫌な笑われ方じゃあなかった。

 金運といえば確かに、あの蛇の抜け殻を拾ったあと、親戚からお年玉を奮発してもらったし、それで購入したオンラインゲームで好成績を叩き出し、全国大会へ出場して賞金をゲットした。

「ご利益があったならお礼参りに行くべし」という書き込みに従って、賞金の一割の百万を賽銭箱に突っ込んで、手を合わせる。

 結局、同級生の女の子とあれ以上仲良くなることはなかった。風の噂では高校生になった彼女はますます綺麗になり、社会人の彼氏がいて、ブランドの鞄や化粧品で着飾り、芸能事務所にスカウトされたという噂の一方で、パパ活という話も聞く。なんにせよ付き合うとなかなかお金の掛かりそうな相手である。僕が今仲良くしている子は年中ジャージを着ている感じなので、正反対だ。オンラインのゲーム仲間で、大会に出るためにチームを組んだりするうちに仲良くなった。これも一応お礼しておいた方がいいか。

「情けは人のためならず」

 ふと何かの拍子に目にしたコメントを思い出す。

 今、蛇の抜け殻は仲良くしている彼女の財布の中にある、はずだ。散らかし放題の部屋の様子からすると、失くすのも時間の問題かもしれない。けど、それでも構わない。彼女の笑顔が見れれば、僕が嬉しいだけだから。財布の中に抜け殻を見つけた彼女は「すごい、初めて見た!」と瞳をキラキラさせていた。

 それに、抜け殻効果もじきに消えるんじゃないかな。「情けは人のためならず、自分のためにあり」。蛇の抜け殻が、百万円に化けた。神様だって、もう十分に元が取れただろうから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神頼巳 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ