放課後、理科棟にて。
禄田さつ
第1話
私の住む北町は、生まれた時からうっすらと寂れていた。小学校の同級生は、20人もいかない。商店街も幽霊と化していて、空き地も多い。この間も、ある空き地を指してお母さんが「あなたが生まれた時に、ここのおばあちゃんによくしてもらったのよ。子どもの頃から見守ってくれてたんだから」と悲しげにしていた。14歳の私が覚えているのは4、5歳の時に腰の曲がった高齢女性宅へ両親と出向いて、お茶をご馳走になったぐらいで全く思い出がない。私の口から発せられる「そうだったんだ」が、いかに空虚か。
近所に住んでいたお兄さんやお姉さんたちは、高校卒業と同時に出ていった人ばかりだ。専門学校卒業したであろうお兄さんが帰ってくるのはお盆と年末年始だけ。本腰据えて北町に戻ることはないのだろう。
今年の夏祭りだって、出店ばかりでなくお客さんも減っていて衰退を感じた。そんな感傷にだって浸っていても部活も課題はあり、夏休みは終わり、二学期が始まる。だから、9月ってそんなに好きじゃないんだ。
「課題するには難しい顔してるね」
「うるさいなぁ」
部活動がない期間なので、課題をやって下校しようという算段だったが、あまりに退屈だ。苛立ちにも近い、空虚さに浸っていると、隣の席に座る三留遥が私に声をかけてきた。白い肌が純朴さを表現しているようで、意図を正しく汲めなくなるような気さえしてくる。
「遥が一緒に考えてくれないからよ」
「なにそれ!何か言ってみてよ」
「うーん、北町が田舎すぎて虚しくなってきちゃった」
端的に言えば、この一言に尽きる。
「えぇ、じゃあ、北町から出たらいいんじゃない?高校とか!」
「そういうんじゃないの」
「うーん、じゃあ北町で色々やってみたら?和葉は人の話聴くの上手だし、聴いてほしい人の溜まり場、みたいな…!」
「それは私を買い被りすぎじゃない?」
文句ばかりの私に、じゃあ何がいいんだとむすくれる遥を尻目に窓の外に目をやった。
同級生の東るい曰く、三留遥は苦労の多い人間だそうだ。成績は中の上ぐらい、素行も悪くない、リーダーシップは特になさそうだが問題を起こす人間ではない。
年子の兄で現在2年生の三留匠が悩みの種らしいとか、そもそも家庭環境が良くないとか、何とか。るいはおちゃらけていて、情報通のような存在だ。けれど、秘密に関わるような情報を話されている時は、何かを試されているんじゃないかと感じることがある。長い髪を頭の高い位置で束ねて、キリッと凛々しい顔つきをしている。
「まぁ、遥から何か言われない限りは何も言わないかな…」
私は逃げる。その沈黙は、るいなりの冷ややかな目なのだろう。たいして親しくもない同級生との間に起こる沈黙はしばしば私にとって苦痛だ。
私と遥の共通点は、そんなに多くない。卓球部に所属しているところと年齢しかないような気がする。
私は一人っ子で、遥は兄がいる末っ子。私は北小学校出身で、遥は南小学校出身。好きなアーティストも違う。私はインターネット音楽をあまり聴かないけれど、遥はよく合成音声の音楽を聴いていた。
「お兄ちゃんが最近遅くまで起きてるみたいでね、ちょっと寝不足だよ」
「大変だねぇ」
「うん、お兄ちゃんの方が大変なんだろうから大丈夫だよ」
なら、いうなよ。
と言った具合で、捻くれた私が全ての情報や展開を遮断している。それでもいいような気もしている。
放課後、理科棟にて。 禄田さつ @rokuta_satsu13
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