赤い薔薇の花束

椎名眞子

第1話

俺は会社は休みだったのだが朝イチで家を出た。どうしても外せない約束があったのだ。


約束とは真理子の家に行くことだった。真理子とは俺の彼女。彼女といっても2号さんだ。そう、俺は日曜日の朝早くから不倫相手の家に向かったのだった。彼女の家は駅から歩いて5分ばかり離れた住宅街の片隅に位置するマンションだった。


真理子に会いに行く前に俺は近くの花屋に寄った。さほど大きな店構えではなかったが、親しみやすい雰囲気を醸し出す店だ。


店員の若いお姉さんが奥から出てきた。


「お決まりですか?」


「いえ、どうしようか悩んでるんです。どれがいいか分からなくて。カミさんへのプレゼントなんですが」


「それでしたらこちらのバラはいかがですか?赤いバラの花言葉は『愛情』っていうんです。女性の方にピッタリだと思いますよ」


俺は無条件でお姉さんに従い、かすみ草の混じったそこそこキレイだと思える赤いバラの花束を抱えて真理子のところへ向かった。


部屋へ入ると真理子は荒れていた。何があったのだろう。酒をあおって気持ちを精一杯維持しようとしている。


「これ、買ってきたんだ。もし良かったらそこの花瓶に飾ってみて」


その時真理子は突然俺に向かって大声を上げた。


「会えるのは日曜日くらいじゃない!私の気持ち本当にわかってるの?こんなもので誤魔化されないから!」


真理子はバラの花束を床に投げつけた。バラはそんなに頑丈にはできていない。散らばった花を見ていつもの事だからと帰ることにした。真理子はいつも泣いている。俺のせいだ、俺の不甲斐なさのせいだ。分かっていてもズルズル関係を断ち切れないでいる。俺はなんていう罪な男なんだ。いずれ罰が当たるに違いない。


真理子を置いて自分の家に帰ろうと元の道を引き返しながら、今すぐ家に帰っても上手い言い訳が見つからないと思った。俺はバラのことを考えた。罪など微塵もないバラに申し訳ない気持ちすら覚えた。


俺はパチンコで時間を潰して日が暮れる頃に家路についた。


「おかえりなさい。今日はあなたの好きなビーフシチューにしたの。温め直すわね。」


そう言って彼女はキッチンで手際よく食事の準備をし始めた。テーブルの上にはシチューだけでなく高価そうなシュリンプサラダ、そしてフランスパンが並んでいる。


「俺はご飯の方が好きっていつも言ってるのに。またパンか」


彼女はああ、ごめんなさいと言ってすぐご飯を俺の目の前に置いた。


俺の心は真理子のことでいっぱいだった。帰ってしまって本当に良かったのだろうか。落ち着くまでそばにいてやれば良かったのか。食事は上の空でテレビのニュースもほとんど頭に入らなかった。


その時妻はいきなり話し始めた。


「ねえ、今日シチューを作るのにローリエを使ったんだけどね。ローリエって黄色い花が咲くんだって」


「へえ、知らなかったな」


「そのね、ローリエの花言葉がすごく怖いの」


「何なの?」


妻はしらばっくれるなと言いたげな顔をしてこう言った。


「裏切りって言うんだって」




【了】

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