第2話 これテレコ案件です

「っしゃーせー」


 やる気のない女性の声が響き渡り、俺は突然抵抗を失って冷たい・・・床の上へと転がり込んだ。


「ぁえ?」


 これは床? 上も下もわからなかったのに?

 そうだ、影がある。

 それに俺の体を照らすのは温度すら理解しえぬ光ではなく、確かにそれは慣れた蛍光灯の冷たい白色がかった光だった。


 そうだ、床だ!

 これが床だ!

 見ろ! 床だっ!

 つるりとしてなんと艶めかしい、床だ!


「なあ床だよ! これ絶対床だよなぁ!?」

「床すね」

「そうだよなぁ! やっぱりそうじゃないかって思ってたんだよ! これやっぱり床だよなぁ!?」

「っすね」


 その時、俺はハタと気付いた。

 今俺と喋っているこいつはいったい誰なのか、と。


「誰すか?」

「……店員?」


 額にしわを寄せた金髪の彼女はわざとらしい翼と頭のわっかをゆらりと動かし、何故かやたらと怪訝そうに首を傾げて答えた。



「いや分かるぅ~~! いるよなぁそういう奴!」

「いやもうホンマきっしょいっすわぁ! この前もそういう神おったんすよ、お菓子とかエナドリカウンターにぶん投げて、これ! ってクソ不機嫌な顔でさぁ!」

「うわきっしょいわぁ!」


 いるよなぁそういうの!

 コンビニとか矢鱈店員に尊大な態度で出て、前にいるとみてるこっちまで嫌な気分になる奴! 特に店員とかが新人だったりすると目も当てられへんの!


 金髪の女……天子てんこちゃんはこのコンビニに閉じ込められ、終わることのない仕事を続けているらしく、一度迷惑客の話を口にしたら止まることがなかった。

 行く当てもない俺はとりあえず適当に話を続け、元々客もさほど来ないということで彼女の会話を聞きつつ、彼女が勝手に開けた商品のスナックを横からつまんで雑に頷いていた。

 これうまいわ、見たことも聞いたこともないけど。


 んでね! と天子てんこちゃんがひときわ大きく腕を振り上げる。

 迷惑客と日々闘う彼女、最初こそ素直に働いていた天子ちゃんは次第に実力を上げ、ばれない程度に嫌がらせをすることを覚えたらしい。


「こっそり中のスナックバキバキにしといたっす」

「うおお天子ちゃんやるねぇ!」

「ついでにホットスナックとアイス一緒の袋に入れときましたわ」

「うお! さすがァ!」


 普通に性格悪くて笑っちまうぜ!

 にんまりと満面の笑みを浮かべる彼女に俺はぱちぱちと拍手を送り、盛大にその性悪っぷりを褒めたたえる。


 いやー……


「神様ってのも人間と変わんねえんだなぁ」

「人間を生み出したのは神様っすよ」

「それはそう!」


 そう、もうお気づきの通りここはただのコンビニじゃなかった。

 正式名称はゴッデス365。わかりやすく言えば神様たちのコンビニであり、その中でも人通りが少なく一応人間も時々紛れ込んでしまうような立地にある、半分潰れかけの経営状況な店だった。

 人間も紛れ込む、なんていえばちょくちょく姿を現しそうなものだが、実際は神様基準の時々。人間換算でいえば途方もない間隔が開く。

 じゃあなぜ人間が時々紛れ込むのかといえば――



「あっち。ちょっと行ったところが転生門なんすよ。そこの手前で魂洗ってから下界に投げ込むんすけど、たまーに吹っ飛んで抜け出しちゃうのがいるんすよね」

「おーん、じゃあ俺がそれってわけか」

「そっすね。ただほっとくと大体摩耗して消滅しちゃうんで、お兄さん魂強めっすねぇ」


 とのこと。

 摩耗して消滅? 何それ怖い。

 けらけら笑いながら言うことじゃないだろ。笑顔が可愛いね♡ 頭おかしいんか?


 つまり本来は意識だ記憶だを全部まっさらにしていろんな世界に再転生するところ、たまたまはじき出された俺は彷徨い歩いた結果、この神様ショップへとたどり着いたってわけだ。

 なんかその壁際に並んでる酒も、もし人間界に持ち込めば神酒ソーマとして崇め奉られること間違いなし、とのこと。

 俺にはただの缶チューハイにしかみえねえけど。


「せっかくだし何か買っていったらどうすか?」

「金ねえよ」

「あーね」


 現実でも金がないが、神の通貨となればなおのこと持っとらんね。

 そういやそうっすね、とスナック菓子を口へ放り込みながら椅子の上で足を組む天子てんこちゃん。

 彼女は口をもごもごとしばらく動かしていたが、横の赤い缶をつかんで一気に煽ると突然こちらへまっすぐに顔を向け、おもむろに口を開いた。


「人生査定しましょうか?」

「詐欺か?」


 通報しようかな。

 やっぱ俺こいつのこと不審者だってずっと思ってたんだよね。


「査定ってなんだよ」

「せっかく来たんだしお兄さんの人生見て面白かったら、そっすね、ちょっとくらいお金あげますよ」

「よろしくお願いします」


 お金あげますよ、なんて甘美な言葉だろう。

 とりあえず脱げばええんか?


「痛いのは嫌……」

「終わりましたよ、200ゴッズっすね」

「爆速すぎだろ!」


 天子ちゃんは俺の手を一瞬触れると、ぺしりと放り投げて一言吐いた。


 詐欺か?

 もっと丁寧に査定してくれよ! 山あり谷あり大スペクタクル入り混じる貴重な俺の人生だぞ!


 俺の目の前に銀色の硬貨が二枚放り出される。

 コロコロと転がったそいつらは力なくぱたりと倒れ込み、でかでかとした100の文字を俺へ見せつける。

 どう見ても100円玉だった、しかも何か若干錆びてる。


「平坦な道を転がり落ちたニートじゃないっすか、文句あるなら別にいいっすよ」


 まだ何も言っていないのに彼女は二枚のうち一枚をひょいと拾い上げると、自分のポケットへと素早くしまい込みやがる。

 あっ! この野郎! 俺のだぞ!

 これ以上パチられたらたまんねえ! 一度俺の前に転がった金は全部俺のものだ!


 慌てて100ゴッズを拾い上げさっと抱きかかえると、天子ちゃんは呆れたように目を細めている。

 もうもらったもんね! 返してって言われたって返さねえぞ!


「……んで、どうしたらいいんだ?」

「記念に何か買って言ったらいいんじゃないっすか? 一応人間用のも端っこのほうにあった気が……あと多分結構いい感じの効果あるっすよ、神用のものだし」

「おーん……」


 天子ちゃんがひらひらと指さした先には、こぢんまりとしたコンビニさながらの風景が広がっている。

 はて、どれもこれも雑多なお菓子だのアイスだの雑貨だのにしか俺には見えないが、いったいこれのどれにいい感じの効果があるというのか。


 正直どれがどんなもんなのかはっきりわからんし、そもそも俺はこの先どうなるというのか。

 転生するんやろけどその前に魂洗われるならどうせ何を買っても意味がないのでは?


 次第に面倒になってきたので、俺はカウンターの前に並んでいた適当なお菓子の袋をひょい、と拾い上げ、天子ちゃんへちらりと見せつける。


「これは?」

「消費税込みで220ゴッズっすね」

「じゃあこのアイス」

「税込み110ゴッズすね」

「ほなこの人形」

「8910ゴッズ」


 視線が交差する。

 俺は人形を握りしめ叫んだ!


「高えよ!」

「知らないっすよ!」

「どうみてもゴミだろこの人形! なんやねんこのきっしょい笑顔とプルプルした体ァ! 鼻毛世界のところてん野郎かよ!」


 ぷんぷん!

 俺は100ゴッズしか持ってないんだよ! なんで世界ってニートに優しくないんだろう!


 きもい人形をテーブルの上へと放り投げた俺は、仕方なしに周囲を見回していると、ふとテーブルの下に転がっていた一つの小さな冊子が目に飛び込んできた。

 値札の上に張り付けられた真っ赤なシールは驚異の99%オフ、見るからに処分品の価格。

 さらにそいつはそのうえで随分と放置されていたのかきったねえ埃に塗れ、何やらタイトルが書いてあるのは分かったが読むことすらできない。


 さすがにこのゴミならいけるやろ!


「じゃあこれ!」

「あー」


 天使ちゃんは値札のあたりへじっと目を凝らし、


「税込み99ゴッズっすね」

「買ったァ!」

「ぃどありー」


 っしゃあ! よくわからんゴミゲットォ!

 あれ待てよ? よくわからんゴミと俺の人生が等価ってことになるのか?

 俺の人生はこのクソきたねえ冊子一つ分の価値? いや待て、最初は200ゴッズだったからまだ俺のほうが上のはずだ。


 おつりとして渡されたどう見ても一円玉の1ゴッズを俺は片手に、手に入れたゴミのタイトルをまじまじと読み……読み……読めねえ!

 なんでこんなゴミとかカスに塗れてんだよこれ!


「天子ちゃんもう少し掃除はしたほうが良いぜマジで」

「あーっす」


 クソほどやる気のねえ返事だ。

 適当に袖でごしごしとぬぐうと、中心からずれた・・・・・・・場所へ、いくつかの文字が浮かび上がってきた。


「えーっと……獣使い、か?」

「じゃあ転生門送るっすよー」

「あー……あ?」


 下を向いていた俺の視界が突如、白色から真っ黒へと入れ替わった。

 穴!?

 いきなり?!



「ありがっざーっす、またのご来店おましゃーっす」

「うお

っ」

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