ちょっとありがちな異世界転生

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第1話 事故はおこるさ

「ふぁぁ……」


 なんてことのない昼下がりだ。

 閑静な住宅街、所々整備の行き届いていない凸凹とした道路。

 冬の冷たい風が首筋へとちょっかいをかけるさなか、俺はすっかり冷たくなってしまった手をジャケットへと滑り込ませ、やたらと大きなあくびをかみ殺した。


 高校卒業から就職したはいいものの、パワハラなどですっかり精神的に参ってしまった俺はニート生活へと逃げだした。

 しかしながら金なし職なし資格なし、三重苦を過ぎ去り社会の最底辺へと落ちぶれた俺にできることなどたかが知れている。

 家にいてもスマホをいじるばかりですることのない俺は、退屈しのぎに街へと繰り出したわけだが……


「ミスったなぁ、暇だ」


 都会というにはあまりに閑散としていて、田舎というにはあまりに家々が並ぶこの町で、金もないニートができることなどたかが知れていたのだ。


 はあ、現代社会はなんとわびしいのだろう。

 百億落ちてねえかな。

 働かずに生きていきたい。


 行く当てもなく歩き続ければ空は薄暗くなり、ちらりとスマホの時計を見てみれば午前の四時。

 ふと気が付けば目の前には公園。寒さを知らぬキッズ達が今時関心なことで、バスケットボールらしきものを必死に追いかけまわし、甲高い喚き声をあげている。

 実に狭く、見通しの恐ろしく悪い道路に囲まれた公園によくもまあこれだけ集まるものだ。

 おまけに草木は伸び放題で地獄のありさま。


 俺はそれを目の端で追いかけながら近くの自販機でコーンポタージュを一つ買うと、あちちなんて小さな声を上げてキンキンに冷えたベンチへケツを下した。

 んっ♡ お尻ヒエヒエ也。



「おっ」


 そんなケツ冷却と喉ホットのマリアージュを楽しむ俺の足元へ、キッズ達の転がしたボールが子気味よい音を立てて転がってきた。


 バスケ、ねぇ。

 俺も小学生の頃は体育館でたまにやっていたものだが、いかんせん運動センスが壊滅的だった。

 ちょいと本気で投げたら女の子の頭上へシュートし、教師に叱られた思い出が脳裏をかすめる。


 だが今は違うッ!


 突如俺の心の中に湧き上がる熱い情動。

 今の俺ならなぜか行ける気がした。

 感情の突き動かされるままにキッズのボールを抱きしめた俺は、すっくりと立ち上がりキッズ達へ叫ぶ。



「がきんちょ~~~! 俺も混ぜてぇ~~!」

「うわぁっ! 不審者だっ!」

「逃げろっ! 頭おかしいぞコイツ!」

「ママーっ! 助けてーっ!」


 キッズ達は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らしたかのように逃げだし、オレはボールを小脇にすっくりとベンチへ座った。


 そこまで言わんくてもいいじゃん。

 なんかこのコンポタクソしょっぱいな、なんでだろう。


 ぬるくなったコンポタを一息に飲みしきり、薄暗くなった公園のライトの元、一人ボールをいじいじする俺。

 冷たい白色のライトの元、手持ち無沙汰になった俺の視線は缶の奥底へへばりつく一粒のコーンへと目が行った。


 そうか、お前も一人なのか。

 俺もだよ。一つになろう。

 ぺろぺろ。


「ねえおにいちゃん、ひとりだけ?」


 缶の奥底にへばりついたキンキンのコーンをこそげ取ろうと四苦八苦する俺へ、幼く高い声が語り掛ける。


 小さな女の子だった。

 まさに先ほど逃げ出したキッズ達と同じくらいの年齢だろうか、おとなしそうな見た目をした子がきょろきょろとあたりを見回し、不安げにこちらへと語りかける。


「ぐへへ、お嬢ちゃん可愛いね。一人かい?」


 どうしたんだい? 周りも暗いからそろそろ帰ったほうが良いんじゃないかな?


 紳士的に振る舞う俺の横へちょこんと座り、彼女はぶらぶらと足を振る。


「遊びに来たけど皆いなくて……」

「あーね、なんでやろなぁ。あてにはわかりまへんなぁ」


 じぃ、と女の子は俺の足元のボールを見つめると、不思議そうにこてんと首を傾げた。


 聞けばこの公園はやはりキッズのたまり場らしく、この時間帯でも見慣れた人たちがボール遊びをしているそうだ。

 彼女は今日もみんなと遊びに来たそうだが、なぜか今日は誰一人として姿がないらしい。


 可哀そうに、きっとみんな帰ってしまったんだよ。

 よくわかりませんけど皆さんあちら側から出ていきましたね。


「ボールだけおいてみんな帰っちゃったみたいだ、君もほら、今日は帰りなさい。このボールは取られるといけないから持ち替えるといい」


 俺は何故か足元に転がっていたボールを彼女へそっと手渡すと、優しい笑みを浮かべ彼女を家へ帰るようせかした。


「そっかぁ」


 少女は残念そうに白い溜息を洩らすと、こくりと小さく頷いてボールを抱きしめると、ぽてぽてとゆっくり公園の入り口へ歩いていく。

 俺はそれをなにとなしに眺めゆっくり立ち上がり、さて我も返らんと小さく伸びをしたその時だ。


 いやに速いものが目の端を駆け抜けるのを感じた。

 それが猫であるならばどれだけよかっただろう。残念ながら獣の温かみなどない、ざっと猫の質量の数千倍はあるであろうトラックさんのお出ましだ。

 しかも随分と太っちょだ、そんな奴が原則もせずに走り込んできやがる。


 おいおい、おいおいおいおい!


「君! キッズ! ストップ!」


 公園を囲む道路は暗く狭い、そしてこの薄暗い時間帯。


 誰の目から見ても明らかだった。ゆっくりと歩く彼女の姿は選定の忘れられた草木に覆い隠され、道路側から見えているはずもない。

 交差、いや、間違いなく接触する進行方向。


 俺はすっかり落ちた体力すら忘れて全力で走り出した。

 縺れる足、鋭く冷たい空気が肺へなだれ込む。


 待て、待て、止まれ!


 思考はどれも靄のように溶け、口から出るのは意味を持たないうめき声ばかり。

 わずか数メートル先、俺が突然走り出したことに驚いたのか、びくりと立ち止まってこちらへ振り返ろうとする少女の顔。

 彼女の体がゆっくりとハイビームに照らされていく。


 間に合わない……っ!

 いやッ!


「前方注意、ってな」


 思い切り飛び込んだ俺は彼女の襟をぐい、と後ろへ引っ張り込むと、勢いのままに道路へと自分の身を投げ出した。

.

.

.




「ぁん?」


 ふと気が付くと俺は、真っ白などこかにいた。

 足元ですら発行しているのかというほど真っ白く、自分の影すら落ちない奇妙な空間。


 さすがに死んだか?


 ペタペタと体へ触れてみるも、どうにも五体満足だ。

 内臓が飛び出て手足に間接が五個ずつばかし増えているかと思ったが、特にそういった様子もない。

 すわ、どこぞの猫とネズミのようにペラペラになっているわけでもなく、いたって健康そのもの。


「これはついに狂っちゃったかな」


 でなければこんな場所は世界に存在しえないだろう。

 長年のニート生活、その努力の甲斐があったってもんだ。


「なん、て……言ってる場合じゃないんだよな……」


 突如胸へと去来する不安。

 目が覚めての混乱が次第に落ち着くほど、自身の置かれている状況を理解しようと考えるほど、それはひどく痛烈にオレの精神を締め付け始めた。

 風はない。音もない。光だけがあった。

 そこにはなにもなかった。


 どうしたらいいんだ。

 何が起こってるんだ本当に。

 どこなのここ!? どうしちゃったんオレ!? う、うわああああああああああ


「はわぁっ! 狂っちゃったぁ! 狂っちゃったよぉ!! ぱなぷっちょぽおぽおおおお!!」

 

 足元も怖い!

 空も怖い!

 いったい何が起こってるの!?


 全身の背筋をそらしてブリッジ。

 光る地面が恐ろしかったから。

 でも空も白かった。


 うわああ!! 空も白いよぉ!!

 空も白いって……空も白いってこと!? じゃあ横も……わあ白いッ!?


 逃げ、逃げないと……! ここから逃げないと……!


 ブリッジしたまま両目を手で覆い、俺はズリズリと背中を擦って当てもなく移動を始める。

 この音も何もない空間で何もせずにいるくらいなら、俺の髪の毛がこすれる音を聞きながら暗闇に生きたほうがましだった。


 ひたすらズリ歩く俺の頭が、ゴリリと何か硬いものへぶつかる。

 一時間だろうか、それもと一分ばかしだったのかもしれない。何もない時間で初めて感じる、自分以外の物の感覚。 


 驚きにぴったり静止した俺の頭へ、どこかで聞きなれた実に機械的な、例えるならコンビニで聞く……


「はぺぇ……?」

「っしゃーせー」


 ウィン、という扉の開く音とともに、若い女性のやる気のない挨拶が鼓膜を打った、

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