迷子放送

醍醐兎乙

『迷子放送』


 男は大学のオカルト研究会で会長をしている。

 今調べているのは、閉園になった遊園地で深夜、流れる迷子放送について。

 その迷子放送で名を呼ばれると他人に認識されなくなり、見つけてもらえないとそのまま消えてしまうという都市伝説。

 最近、実際にその廃墟遊園地に肝試しに行った学生が、一人行方不明になるという事件が起きていた。


 男は行方不明になった学生と一緒に肝試しに行き、帰ってこれた学生に話を聞きにいったり。

 遊園地が閉園になった原因を調べ、他に被害者がいないか探したりと精力的に調査を進めていく。

 未知への恐怖と関心、なにより超常現象への強い憧れが、男を突き動かす原動力になっていた。


 調査の結果わかったのは、遊園地の閉園理由は経営不振が理由で不審な点はなく、他の被害者は見つけることが出来なかった。

 役に立ちそうな情報は、肝試しから帰って来れた学生の証言。


 その学生が言うには、肝試し中に友人とはぐれて一人でいると、いきなりチャイム音が園内に響き渡り、自分の名を呼ぶ迷子放送が流れ始めたという。

 その遊園地の都市伝説を知っていた学生は、その放送でパニックになり「迷子なのは俺じゃない!」と叫び、そのまま逃げ出したそうだ。

 それからしばらく出入り口で友人を待とうとしたようだが、再び鳴り響いたチャイム音に耐えられず先に一人で帰ったらしい。



 これ以上の情報は、実際に廃遊園地を調べるほかないと男に気合が入る。

 しかし男以外のオカルト研究会のメンバーは、この廃遊園地に近づくことをみんな嫌がった。

 実際に被害者の出ている場所なだけに、男もみんなが嫌がる理由は理解ができた。

 それでも男はこの都市伝説には、『迷子役』と『見つけ役』が必要だと、考えていた。

 そのため男は、強引に説得し下級生を連れ出すことに決めた。

 

 そして下級生の説得を続けること数日。

 深夜、男はオカルト研究会の下級生三人と例の廃墟遊園地に来ていた。

 男性が一人に、女性が二人。

 この三人は高校からの友人らしい。

 他のオカルト研究会のメンバーはこの三人の三角関係を楽しんでいるそうだ。



 下級生三人には決まったルートで園内を探索してもらい、三人がどうしても耐えれない場合は探索を中止することを条件にして、廃遊園地まで来てもらうことができた。

 それに加え、女性二人には、深夜の廃遊園地での吊り橋効果を唆した。

 そして、元々この場所に来るのを拒んでいたメンバーを都市伝説の検証のために無理やり連れているため、自分が『迷子役』として単独行動を取ると決めていた。

 三人にも説明を済ませ、もし男の名で迷子放送が流れたときは、事前に決めた待ち合わせ場所に集合することにした。

 

 廃墟遊園地の都市伝説に怯える三人は、早く済ませたいのか、女性二人で挟み込むように寄り添い合い、早足に移動を始める。

 その三人の姿に男は、若干の申し訳無さを感じたが、自身の好奇心に敵うものではなかった。

 そもそも、オカルト研究会の一員である以上、オカルトスポットデートを楽しんでいる部分もあるだろうと思い、男の中から申し訳無さは消え去っていた。

 三人を見送ったあと、男は三人とは反対の方向に一人で歩き出す。

 

 深夜の廃墟遊園地は灯りがなく、用意していた懐中電灯の光が暗闇を切り裂いていく。

 僅かな光で照らし出されるのは、錆びて朽ち果てたアトラクション、ひび割れ雑草の生い茂った通路、原型がわからないほど崩れたマスコットキャラクター。

 園内は物音一つせず、なんの気配も感じることが出来ない。

 その中で男はふと、世界に一人取り残されたかのような孤独感に襲われた。

 頭を振り、孤独感を振り払おうとする男に、耳障りな短いノイズ音が届く。

 そして園内にチャイム音が鳴り響き、迷子放送が始まった。




 男の体に興奮と恐怖が満ちていき、呼吸を忘れ、放送に集中する。


『……迷子の案内を……お知らせします…………ご友人とお越しの……お一人様の男子大学生が……園内を……彷徨われています…………お連れのお三方は……夜明けまでに……探し出されることを……おすすめいたします…………』


 機械音声のように感情を感じさせない迷子放送は、その後も、男の名を呼び、体格や服装などの情報が放送されている。

 

 放送が続く中、興奮が収まってきた男は、自身を襲っている恐怖を自覚した。

 震え始めた手の平から懐中電灯が滑り落ち、男のすべてが暗闇に飲み込まれていく。

 男は自分の存在が漆黒に塗りつぶされ、自我が消え去りそうな想像に囚われた。

 そして、自分が消滅するかもしれない恐怖に錯乱し、叫び声を上げた。


「迷子は俺じゃない!」


 咄嗟に過去の生還者の行動を真似て、無我夢中で放送の内容を否定する言葉を叫んだ。

 園内に木霊する、否定の叫び。

 流れ続けていた迷子放送が僅かなノイズ音を響かせ、停止した。

 

 園内に静寂が戻り、暗闇の中で落としていた懐中電灯がわずかに男の足元を照らしている。

 立ち尽くしていた男は、いまだ震え続ける手で、落としていた懐中電灯を丁寧に拾い上げた。

 そして暗闇を振り払うように、他の三人が待っているであろう集合場所へと走り出した。

 

 男は焦る足を必死で動かし、何度も暗闇に足を取られながら、集合場所が見える場所までたどり着いた。

 遠くに見える集合場所には、僅かな光が寄り添うように三つ灯っている。

 男は自分以外の存在を視認し出来たことで、湧き出ていた焦りが少しづつ安堵へと変化していった。

 下級生に対する自身の僅かなプライドを守るために、歩みを緩め、みっともなく暴れまわる肺を必死になだめる。

 集合場所に、光だけでなく、人影も認識できる距離まで近づく頃には、男は自尊心を守る仮面を用意できた。


 先に集合していた三人が、近づく男に気づき、大きく手を降っている。

 男も手を振り返し、余裕をもって話しかけるため、ゆっくりと口を開いた。

 そして男の言葉に、聞き覚えのあるノイズ音が被さり、再び園内にチャイム音が流れた。

 

『……迷子の訂正を……お知らせします…………ご友人とお越しの……大学生のお三方……お連れ様が……お探しです…………』


 男は流れ続ける放送を浴びながら、眼の前の光景に言葉が止まる。

 放送が流れるまで、確かに存在していた三つの光と三人の人影。

 放送とともに三つの光は落ち、地面にぶつかる前に闇に飲み込まれ。

 腕を振る三つの影は、形を崩し闇に溶けるように消失した。

 


 男が叫び、否定した、迷子。

 それを受け、訂正された、迷子放送。

 そして消えた、下級生三人。

 残ったのは、三人に迷子を押し付けた男、ただ一人だけ。


 男の脳裏によぎるのは、嫌がる下級生の表情、恐怖を訴える声、女心を唆し対立する二人、怯えて震える三人の後ろ姿、自分を見つけて大きく手を振る三つの影。

 そして自身が体験した、自我を塗りつぶされ、消し去られる感覚。

 

 呆然と膝から崩れ落ちた男の後悔を置き去りに、放送は流れ続ける。


『……夜明けまでに……探し出されることを…………おすすめいたします…………』

 

 


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迷子放送 醍醐兎乙 @daigo7682

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