馬に沼った王子が原作から方向性を間違った結果

相有 枝緖

馬に沼った王子が原作から方向性を間違った結果

なんてこった、と気づいたのは婚約者として第一王子――のちの王太子に引き合わされたときのこと。

メルチェーナ・ディ・モンテという自分の名前には覚えがなかった。金髪のウェーブヘアを軽く整えるだけでドリルヘアになるのを見て、「悪役令嬢っぽい(笑)」とか思っていた。なにせ、カヴァッラーロ王国でも権力上位といえる公爵家の長女。兄が跡取りで、弟がサポート兼予備。メルチェーナは、家のためまたは国のためのつなぎとなることが決まっていた。

そして7歳になって、同じ年の第一王子、アロルドに引き合わされた。

キラキラの金髪に、美しい青色の瞳。ふっくりした頬に柔らかそうな唇、ばさばさのまつ毛なのに男の子らしい顔立ち。

その顔を不機嫌にしかめているのを見て、面影を拾い上げた。


アロルドは、とある乙女ゲームのメイン攻略対象である。


ということは、婚約者であるメルチェーナは悪役令嬢。

しかしヒロインをいじめたり権力を振りかざしてヒロインの実家を追い詰めたりといったことはしない。よくよく聞けば割とまっとうな内容の注意を貴族らしく遠回しにチクチク言い、ヒーローの好感度が低い間は定期テストでヒロインよりも優秀な成績を取って見下し、攻略に失敗するとそのとき一番好感度の高いキャラをかっさらっていく。

名前まで覚えていなかったが、見事なドリルヘアの悪役がいたことは覚えている。

とりあえず、ドリルヘアは回避する方向にした。


メイン攻略者は学園に入る時点で王太子になっているアロルド。

そのほかの攻略キャラは、騎士団長の息子で次期近衛騎士隊長と目されるブルーノ、次期魔法研究所エースと期待されている飛び級入学ショタっ子のチェルソ、次期宰相かと言われる天才系侯爵子息ドナート、学園の校長でもある王弟エンリオ、世界をまたにかける経済王の大商人の跡取りフランコ、隠し攻略者は別に敵対しているわけではないが交流もあまりない魔王国の魔王。

ヒロインは、男爵家の忘れられていた庶子、サンドラだ。母子家庭だったのだが、母の死をきっかけに魔力が発覚して見つかり男爵家に引き取られる。マナーもへったくれもないままに学園に放り込まれ、平民感覚でいるところを「おもしれー女」枠でひっかけ、「かわいい女」に昇格、頑張って学んで優秀さをプラスして「価値のある女」へ進化しながらアタックし、攻略キャラを落とすのだ。キャラに合わせて選ぶ学問が違い、組み合わせを間違えると誰も攻略できないノーマルエンドになる仕様だった。

ゲーム内容としてはよくある会話選択方式のもので、各キャラごとに綺麗なスチルを見ることができた。1年間の学園生活の間に攻略するタイプで、逆ハーレムはできない仕様だったが、二人同時に攻略していって最後に選ぶといったことはできた。


で。


アロルドは、平民感覚なサンドラとの会話で、比較的簡単にコロリする。

彼はそこまで優秀とは言えないことが悩みで、加えて弟である第二王子が優秀とあって焦っている。アロルドを補佐できるようにと選ばれた婚約者までもが優秀で、コンプレックスにサンドイッチされている状態なのだ。

メンタルが強くなく、楽な方へと流されがちで成績はそこそこ、そして趣味の競馬に入れ込んでいるのだ。大負けはしないが、勝ちもしないへっぽこギャンブラーである。

そんなアロルドは、ゲームのサンドラに「あなたはあなたのままで尊いのです」とかなんとか言われて即落ちして更生するのだ。ちょろすぎる。

王太子ルートでは、心を支える側室になるハッピーエンド、辺境伯を賜り二人の世界を築くトゥルーエンド、悪役令嬢メルチェーナと第二王子によって不貞だと証拠集めされて二人とも別々の修道院に突っ込まれるバッドエンドがあった。

メルチェーナの扱いとしては、ヒロインのハッピーエンドでは愛されない王妃となり、トゥルーエンドでは悪役らしい冷酷非道な行動を暴かれて厳しい修道院行き、バッドエンドでは第二王子と結ばれて冷たい夫婦になる。ほかのキャラを攻略していても邪魔してきて、似たような扱いで不幸になる。


バッドエンドしかないなんて、いくらなんでも制作陣は悪役令嬢を嫌いすぎじゃないだろうか。


そんな結末は回避したいので、メルチェーナはアロルドと仲良くなろうと頑張った。

子どものころは馬が好きだったので、一緒に馬小屋で世話をしたりポニーに乗ったりして少しは親しくなった。そのうち競馬を覚えたため、馬主になることを勧めた。貴族の間で馬主になることが一種の高尚な趣味として広がっていたことからわりとすんなりと受け入れていた。

しかし、あまりにも趣味に取り組みすぎるアロルドに、なるべく高圧的にならないように気を付けていたとはいえ、ひたすら注意し続けていたのですでに煙たがられてしまっている。

しかし、ギャンブラーとして身を持ち崩すよりもましだと思う。


学園に入るころには、

「アロルド様、先にこちらの勉強を終わらせてしまいましょう」

「後でもいいだろう?ステラピダちゃんが先だ」

というやり取りが多くなり、結局避けられることが多い。

ちなみにステラピダとはアロルドの馬で、『速い星』を意味する『ステララピダ』からもじった名をつけられた、美しい栗毛の3歳馬である。


ゲームとの差異は、競馬、というよりもステラピダにはまりすぎていることである。

競馬も隙で、しょっちゅう見に行っては賭けて負けているが、ステラピダを育てる自前の牧場を小遣いをつぎこんで王都に用意し、専用のスタッフをやとって調教し、練習や世話のためしょっちゅう牧場に通っている。

競馬は好きという設定だったが、そこまでハマりきっている描写はなかったはずだ。


――まるで、沼にハマったオタクだわ。


とふと気づいたが、多分それで合っているだろう。

少しは方向を変えたいと頑張ってきたわけだが、おかげでメイン攻略者が馬沼にハマった。


そんなアロルドを支えるために、なるべく優しく間違いを正したり勉強を促したりしてきたが、結局煙たがられている。

しかし、嫌われているところまではいっていない。

それはメルチェーナがアロルドの好きなものを尊重してきたことが大きいだろう。

沼にハマった人間に対して、その対象を否定してはいけないのだ。


「ねぇ、お馬さんなんかより、たまには観劇に行きましょうよ」

ちょうど今、サンドラがアロルドに言ったようなセリフは地雷なのである。

好きなものを否定されて気分がよいわけがない。

「はぁ?なぜ君にそんなことを言われなくてはならないんだ」

アロルドは、この会話を最後に、少しばかり話すクラスメイトになったヒロインをシャットアウトしてしまった。


沼らせるきっかけを作った者として若干の責任を感じるが、別に誘導したわけではないので不可抗力だと思う。


ちなみに、そのままサンドラはフェードアウトしていった。

なにせ現実なので、セーブポイントもなければロードもできない。ほかのルートに乗り換えようにも、もう学園が始まって半年ほどで、アロルドにアプローチしていたことは皆が知っている。

それなら初めから好感度の高かった幼馴染と考えたらしいが、その彼はサンドラが高位貴族にしか目がいかないのを見て愛想をつかし、別の気の合うお嬢さんと婚約済み。

誰にも相手をされず、何をしてもクスクスと笑われてしまうので、心が折れたサンドラは学園の隅で息を殺して過ごし、どこかの侍女になれるように方向転換したようだった。男爵家の庶子なら、それなりに良い選択肢だと思う。


さて、そうやってヒロインを自らぶっつぶしたメインヒーローである王太子、アロルドであるが。

別に王太子としての能力が全くないわけではない。

ただ、興味が薄いのでやる気が出ず、好きなことを優先してしまうのだ。

優秀で自分を補佐してくれるメルチェーナとの婚約を取りやめる理由も見つからず、かといって王太子をやめる覚悟もなく、ひたすら注意されてはふてくされる日々であった。


もちろん、そんな毎日ではメルチェーナも疲れてしまう。

優しく言い含めていても聞いてもらえなければ、言い方がきつくなるのも致し方ない。

なにせ、相手は3歳児ではなく立派な成人済みの男性なのだ。


そしてとうとう我慢できなくなったアロルドは、王城で行われたメルチェーナとのお茶会で叫んだ。

「うるさいうるさーい!!自分ができるからって俺に上から命令するな!俺は、俺にできることをしているんだぞ!」

だむ!と机をたたいて立ち上がったアロルドに対し、ため込んでいたメルチェーナも負けじと立ち上がった。

「まぁ!?できること、じゃなくてしたいことと大して努力のいらない簡単なことだけでしょう!一切、頑張ってなんかいないわ!ステラピダちゃんはあんなに毎日頑張って訓練しているっていうのに!馬主とは大違い!似なくてよかったわ!!」


カチンときたらしいアロルドは、綺麗な髪を振り乱して言った。


「はぁ?!お前にステラピダちゃんの何がわかる!俺は、仔馬のときからほぼ毎日世話をしてきたんだぞ!!」

「世話って言ったって、せいぜい朝ゆっくり起きてから用意された餌を口元に持っていくだけでしょう?!早朝から起きたり小屋の掃除をしたりなんかはしていないはずよ!そんなことで世話をした、なんてちゃんたらおっかしいわ!それはね、美味しいとこ取りっていうのよ!」

「俺は馬主だ!資金を出してプロに任せるのが経済を回すっていうことだろうが!」

「それはそうね!お金だけ出してるってことね!」

「だいたい、俺は不器用なんだ!下手にブラッシングなんかしてみろ、ステラピダの毛がまだらになるぞっ!!」

「確かに!それはステラピダちゃんがかわいそう!やっぱり下手くそな貴方は世話なんてしなくていいわ!」

「下手くそ言うな!」

「ごめんなさい、言い直すわね!努力もしないで不得手なまま上達しない王子様だったわ!申し訳ございませぇん!」

「変なことで謝るな!馬鹿にするのもたいがいにしろよ?!俺だって、俺だって、頑張ってるんだ!」

アロルドの海色の瞳に、うっすらと涙が浮かんできた。

しかしぶちギレているメルチェーナは止まらなかった。

「はぁん!どれだけ頑張りが続いたのかしらぁ?一日?二日?ステラピダちゃんは毎日よ!私だって休みなんか一日もなく毎日勉強漬けの仕事漬けよ!!」

「休んでない自慢かよ!休みくらい取れ!スケジューリング下手か!!お前がそんなんだから俺が怠けてるとかサボってるとか言われるんだ!」

「休みたいわよ!でもあんたがサボる分がぜーーーんぶ!私のところにくるの!やらないと、事務官も大臣も国民も困るでしょうがっ!」

「何のための大臣だよ!何のための事務官だよ!!そいつらに任せろよ!」

「その人たちに任せるための仕事よ!それが王族の、上司の仕事!!指示を出すにも概要を知らなきゃいけないから、勉強し続けないといけないの!」

「それはそう!頼んだ!!」

「だからやってるわよ!休みもなく!買い物もろくにできず!友人のお茶会も断り続けて!趣味の読書は気絶して寝落ちするまでの5分だけで!その睡眠だって健康ぎりっぎりの4時間で!!毎日!毎日!!」

「なんでそんなに忙しいんだよ!おかしいだろう?!母上だって父上だって週に一回は休みを取ってるぞ!」

「どこかの誰かさんがやらないからよ!できないって決めつけてぜーんぶ丸投げするからよ!私は一人で二人分働いてるの!だから休みがないの!!誰も助けてくれないのっ!!辞めたくても王命だから逃げられないの!!逃げたら一族郎党国王命令に背いたって処罰されるからね!!当然私は処刑よ!」

「なんでお前が辞めたら処刑なんだよ!そんな残虐非道なわけないだろう!」

「何言ってんの?!知らないの?!もう王妃教育入ってるから王族だけに伝わる機密情報も学んでるのよ!そんなもん知ってる人物を放逐するわけないでしょう!第二王子は隣国の姫君のところに婿入りで公爵になるって決まってるし、私に行き先はないわ!死ぬ以外選択肢はないの!」

「なんでお前が死ぬんだよ?!」

「法律よ!」

「なんだよその鬼畜な法律!」

「知らないわよ!何百年か前のご先祖様に聞いてみればぁ?!」

「聞けるわけ無いだろ!変えろよそんな法律!」

「無理!私にそんな権限ないもの!陛下に進言できる立場でもないし!」

「俺が言ってやるよ!」

「聞くわけ無いでしょう!?」

「なんでだよ!」

「普段なーんにもしてないドラ息子が、突然この法律変えてくれって言ったところで、お忙しい陛下にはいはいって流されて終わりよ!」

「じゃあ母上に!」

「王妃様は法律は専門外よ!王妃様の担当は外交と国内産業の管理!陛下が法律と貴族の取りまとめ!その他にもお二人はそれぞれ手分けされてるの!」

「くっそ!じゃあ俺が変えてやるよ!」


とうとう、アロルドは泣きだした。


「はぁ?」

「変えてやるって言ってんだ!俺が国王になって、理不尽な理由で人を殺す法律なんて変えてやる!」

「ここまでステラピダちゃんより何もしていない貴方が?!」

「何もしていなくはない!」

「そうだったわ!ステラピダちゃんを見出していたわね!金に物を言わせて!世話も調教も丸投げで!ステラピダちゃんは訓練して速く走れるようになって、この間三歳以下レースで優勝して賞金がっぽりだったけどね!」

「ステラピダちゃんは素晴らしい馬だ!当たり前だろう!!」

「見出しただけなのに偉そうね!頑張る気がないくせに国王になって法律なんて変えられるの?!」

「変えてやるさ!ついでに女王も擁立できるようにしてやる!俺は王配になって悠々自適に過ごすんだ!」

「はぁ?!ふざけんな!そんなことさせるわけ無いでしょうが!悠々自適は子どもに譲位してからよ!それまでは馬車馬のように働かせてやるわ!ステラピダちゃんのおかげで畜産と農業は得意でしょうが!あと競馬でばかすか負けてんじゃねぇよ!」

「嫌だ!働きたくない!それからあれは負けじゃなくて馬に投資しただけだ!」

「私が女王になったらしっかり働かせるわよ!!ってか投資?!戻ってきてないわよ!投資失敗!競馬に寄付してるだけじゃないの!!」

「とにかく働きたくないんだ!」

「働くことを嫌なことだと思うからだめなのよ!労働はステラピダちゃんやほかの馬に捧げるものだと思いなさい!努力を捧げられないなんて愛じゃないわ!」

「なんだと?!俺の、俺のステラピダちゃんへの愛は金に変えられるものじゃないんだぞ!」

「当たり前でしょう!!私が言っているのは労働よ!労力よ!それをお金に変えるのが勤労!貴方はそれをすべてステラピダちゃんに捧げればいいじゃない!貴方は貢げる!私は助かる!ステラピダちゃんは良い環境で過ごせる!そしてステラピダちゃんが訓練できてもっと活躍する!いいことばっかりよ!!」

「それだ!!!」


二人は、がっしりと両手で握手した。


それを見守っていた侍従は、アロルドを呼びに来た側近に思わず聞いた。

「……あのお二人、あれでいいんですか?」

「もう、いいんじゃないかなあれで」



次のシーズン、素晴らしい環境で過ごしたステラピダは何度もレースに勝って、年度最後のスター戦に出て惜しくも2位となった。

そしてメルチェーナが案外自分のことを真剣に考えてくれていると気づいたアロルドは、いたずらのつもりで試しに抱きしめて頬にキスをしてみたら真っ赤になって固まった彼女を見て、ボトリと落ちた。

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