第6話 見せつけと含み
昼休みのチャイムが鳴り、颯馬は静かに自分のノートを閉じた。鞄を持ち上げ、いつものように生徒会室へ向かおうと席を立とうとした。
ちょうどその時――。
「結城くん」
教室の入り口から聞こえた澪の声に、その場の空気が一瞬で凍りついた。
颯馬が顔を上げると、そこには雪村澪が立っていた。彼女は何事もないかのように落ち着いた足取りで颯馬の方へ近づいてくる。その姿に、教室中の視線が一斉に集まる。
「ねえ、結城くん」
澪はすっと微笑みながら、自然な声で話しかけた。
「お昼、一緒にどうかしら」
一瞬で教室中がざわつき始める。誰かが小声で「え、雪村さんが? 結城くんに?」と囁き、別の生徒が「何この展開……」と驚いた声を上げる。
さらに澪は続ける。
「実は、今日、結城くんの分もお弁当を作ってきたの。一緒に食べようと思って」
その一言に教室中がさらに騒ぎ始めた。
「え、雪村さんが弁当!? 結城くんのために?」
「まさかあの二人……」
「いやいや、ただの生徒会の関係じゃないのか?」
周囲の反応に耳を傾けながら、颯馬は内心で深くため息をついていた。
(……やりやがったな、澪。)
普段通りを装いながらも、視線が集まりすぎて逃げ場を失った颯馬は、冷静な声で答える。
「分かった。一緒に食べよう。ただ……ここで話していると落ち着かないな」
「そうね、みんなの視線がちょっと気になるわ」
澪はさらりと周囲を見回しながら微笑む。その柔らかな表情がまた教室中の生徒をざわつかせる。
「生徒会室で食べよう」
颯馬が軽く鞄を持ち直しながら提案すると、澪は小さく頷いた。
「いいわね。それじゃ、行きましょう」
二人が教室を出ようとすると、友人の藤崎涼太が「おいおい、どういうことだよ……」と小声で呟き、大森拓也が「まあ、颯馬だしな」とぼそりと返す。颯馬はそれを聞き流しながら、澪と共に教室を後にした。
◇
廊下に出ると、澪が横を歩きながら軽く微笑んだ。
「教室、ちょっと騒がしかったわね」
「そりゃ、いきなり来て、あんなことを言うからだろ」
颯馬はため息をつきつつ、周囲の視線を気にして少し早歩きになる。
「でも、たまにはこういうのも楽しいじゃない?」
澪は楽しそうに笑いながら答える。
「楽しいかどうかは知らないけど……お前が何を考えてるか分からない時がある」
颯馬はちらりと澪を見る。
「それはね、秘密」
澪が軽く微笑みながら言うと、颯馬は再びため息をついた。
(これでまた余計な噂が立つんだろうな……。)
そんな颯馬の内心を知ってか知らずか、澪は歩くスピードを合わせながら楽しそうに話し続けた。
◇
静かな生徒会室に、澪が準備したお弁当の香りが広がる。窓から差し込む柔らかな光が、テーブルに並べられた料理を照らしている。颯馬は鞄を椅子の背もたれに掛け、澪が広げたお弁当の中身を見つめた。教室での出来事を思い出し、内心の疲労感を抑えながら席に着く。
澪が弁当箱のふたを開けると、彩り豊かな中身が顔をのぞかせる。
「はい、どうぞ。今日のために作ってきたんだから、ちゃんと味わってよね」
澪はにっこりと微笑みながら、颯馬に箸を差し出した。
「……やっぱり計算づくだよな」
颯馬は小さくため息をつきつつ、箸を受け取る。
「教室でのあの騒ぎ、俺たちの仲を匂わせる以外にも狙いはあるのか」
澪は箸を手に取り、ゆっくりと食べ始めながら肩をすくめた。
「どうだろうね」
口元に浮かぶ笑みには、明らかに企みの気配がある。
「……ほんとに困ったやつだよ」
颯馬は小声で呟きつつも、一口食べる。教室でのざわめきがまだ頭をよぎっていたが、彼女の手際の良さには感心せざるを得なかった。
◇
「ねえ、颯馬」
澪が箸を置き、少し真剣な顔で口を開く。
「『許嫁』って、なんか妙な響きだと思わない?」
「突然言われた話だからな。正直、どう受け止めたらいいのかいまだに分からん」
颯馬は食事を進めながら、少し考えるように答える。
「でも……ちょっと面白いよね」
澪の声がふと柔らかくなり、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「何がだよ」
「だって、こんな設定が現実に降ってくるなんて普通じゃありえないでしょ? これ、せっかくなら活かさないと損じゃない?」
「活かす……って、前に言ってたやつか」
颯馬は眉を寄せながら澪を見た。
澪は笑顔を崩さず、視線を彼に向けたまま言葉を続ける。
「学校中が私たちをどう見るのか、ちょっと気になるじゃない?」
「興味ない」
即答する颯馬だったが、その表情はどこか複雑だった。
「嘘。本当は少し気になってるんじゃない?」
澪は軽く肩を揺らしながら笑う。
「……お前の行動がどういう結果を生むのかは、気にしてるかもな」
颯馬は深い息をつきながら答えた。
◇
昼食が進む中、澪の目は楽しそうに輝いていた。
「颯馬の表情、たまに面白いんだよね。予想外のことが起きたときとか特に」
「俺を観察するのが趣味なのか」
颯馬は半分呆れたような声で返す。
「趣味ってわけじゃないけど、まあずっと見てきたからね」
澪はからかうように微笑みながら、残りのお弁当を一口食べる。
「……お前が楽しんでる間、俺は振り回されてるんだけどな」
颯馬もおかずを静かに口に運ぶ。
「でも、それが幼馴染で許嫁の特権じゃない?」
澪はさらりと言い放つと、片付けの準備を始める。
「お前、本当に自由だな」
颯馬は肩をすくめた。
「まあね。でも颯馬が慎重すぎるだけだとも思うけど?」
澪がにっこりと笑うと、颯馬は言葉に詰まった。
◇
昼食が終わり、澪が弁当箱を片付けながら、ふと真剣な表情になる。
「ねえ、颯馬」
「なんだ」
「これから、私たちってどうなるんだろうね」
「急に進展させる必要なんてないだろ」
颯馬は慎重な声で返す。
「そう? 私は少し急ぎたいけどな」
澪は意味ありげに笑みを浮かべた。
その一言に、颯馬は少しだけ目を丸くしたが、何も言わずに視線を逸らした。澪はそんな彼の様子を見て満足げに微笑む。
「とりあえず、今日はこんなところでいいわ」
澪はそう言いながら、楽しそうに片付けを終えた。
颯馬は小さくため息をつき、少し疲れた表情を浮かべる。
「頼むから、ほどほどにしてくれよ」
「ほどほど、ね」
澪は楽しげに繰り返すと、まるで何かを企むように視線を窓の外へ向けた。
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クールな幼馴染は降って湧いた許婚という関係を謳歌するらしい タツキ屋 @tatsukiya
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