タイムマシンが運ぶ雪

ながる

第1話 雪の降る街

 追試と講習で放課後が潰れる毎日をどうにか乗り越えて、気付けば山の上の木々が色づき始めていた。

 延び延びになっていた〝渡りの試験テスト〟の日付が決まって、期待と好奇心でスキップしてしまう。どこに行くんだろう。やっぱり学校なんだろうか。

 機密事項が多いので、詳細は直前まで知らされない。うっかり口を滑らせてしまったとか、SNSなんかに載せられないようにらしい。

 信用無いなぁ、と思うけど、でも誰かに「内緒なんだけど!」って話したくなる気持ちは解るので、知らない方がいいんだろうな。

 スキップしながら校門を抜けたところで、後ろから声がかかった。


深山みやまさん!」


 タタタ、と軽やかに駆けてきた男子生徒が横に並ぶ。


「バイトでしょ? 一緒に行こう?」


 爽やかな笑顔のイケメンに、周囲の女子の視線が注がれる。そのうちのいくつかは私にも。このタイミングかぁ。もうちょっと学校を離れてから声をかけてほしかったな。

 曖昧な返事を返せば、烏丸からすま翔琉かけるはきょとんと首を傾げた。


「あれ。迷惑だった?」

「そうじゃないけど。変な噂にならなきゃいいなって」

「バイト先が一緒ってだけじゃない。聞かれたらそう答えてるよ? まあ、深山さんは俺が彼氏だなんて言われたら嫌なのかもだけど」

「あー……嫌という訳じゃないんだけどね?」


 アイドル張りのイケメンを彼氏に間違われるなんて光栄でしょ!?っていう周囲の無言の圧とか、近所や親戚の「あらあらあら」みたいな視線が嫌。都会ではそういう感じはないのかな?


「烏丸くんも面倒でしょ? いちいち説明するの」

「べつに? だから、深山さんも気にしないでいいよ」


 この男、意外と大雑把なんだよね。こちらをおもんばかってとかじゃなくて、本当に気にしてない。みんなその顔にちょっと騙されてると思う。

 でもまあ、嫌味なイケメンじゃないところは、嫌いじゃないな。


「……友達が今度烏丸くんと一緒に遊びたいって。カラオケとか行く?」

「行く行く。あ、でもクラスの友達とも約束してるから、よければみんなで行かない?」

「ああ。それはいいかも。じゃあ、その方向で話してみるね」


 1組の私と5組の烏丸では友人の接点が少ない。彼が目当てのうちのクラスの女子たちも別の男子と仲良くなれるかもだし、悪い話じゃないなと計算を働かせた。烏丸はそこまで考えて口にしたんじゃないと思うけど。

 研究所までとりとめのない会話をしながら歩く姿は、他人から見ればやっぱり仲良く見えるんだろうな。




「おー。仲いいな若者たち」


 火のついてない煙草を咥えてニヤニヤしてるおじさんの声に半眼になる。

 こういうのがうんざりするっていうの!

 普通に友達として接してるだけなのに!


「校門を出たところで一緒になっただけです」

「風見さんは今日学校じゃなかったんですか? 早いですね」

「おう。今日は休んだ。つっても、こっちの仕事はしてたけどな」


 風見さんはうちの高校の用務員もしている。時間を渡るという国の研究オシゴトを偶然知った私たちを一応の監視下に置くために。


「佐伯さんは?」


 部屋の主が見当たらないことに気付いて、私は部屋をぐるりと見渡した。


「山。TIM記録媒体を物色しに。君らと相性よさそうなのをいくつか見繕うって」

「てぃむ……ああ、ガラクタ」

「ガラクタって言うな」

「やっぱり相性ってあるんですか?」


 烏丸の疑問に、風見さんは頷いた。


「普通はな。縁もゆかりもない所には、なかなか行けるもんじゃない」

「風見さんは? うちの学校に何か縁があったんですか?」


 風見さんはにやりと笑って、少し自慢げに顎を上げた。


「俺はトクベツ。どこにでも行ける。まあ、だからこき使われてる」


 言いながら、テーブルの上に用意されていた小型の四角いデジタル時計とプラスチックケースを私たちに一つずつ差し出した。ケースの中にはどんぐりが二つ。


「使い方は知ってるな。帰る時に握り潰せ。それと、今回は十五分だけの滞在だ。アラームが鳴ったら、その時点で帰還するように。不測の事態が起きた時は時間前でも戻って構わない。いいな?」

「はーい」

「わかりました」


 ちょうどいいタイミングでドアが開く。佐伯さんが小さなアタッシュケースを持って入ってきた。


「お。揃ってるね。ちょっと待って今準備するから」


 佐伯さんが私と風見さんの間を足早に通り過ぎた時、風が吹いた。大人二人が驚いた顔をして振り返った瞬間、襟元で校章がまばゆい光を放つ。

 これは……知ってる。どこかに跳んじゃう!

 判っていてもどうにもできない私の手を、今度も誰かに掴まれた。


 * * *


 頬にぴたりと何かが張り付く。

 それは触れたところからじわじわと溶けて水になった。風がひゅるんと首元を撫でて、私は背筋を震わせる。


「……さっっっぶい!!」


 目を開けると高いビルが周囲にあって、沢山の人が行き交っていた。ときおり白いものが風に翻弄されるように流され、向きを変え、落ちてくる。思わず上を向いた私の手を誰かが強引に引いた。


「よかった。今回は離されなかった。ひとまずは建物に入るぞ」


 先を行くベージュの作業着つなぎの背中にほっと安心した。

 いくつかショーウィンドウを覗き込んで店を選んでいた風見さんは、混んでなさそうなアンティークなアクセサリーショップのドアをくぐる。商品を見るふりをしながら、彼は外の様子を伺い始めた。

 私は店の中を見渡してみる。奥にレジがあって、やる気のなさそうな店員がちらりとこちらを見たものの、すぐに自分のごてごてした爪に視線を落とした。

 繋がれたままの手に目をやって、風見さんも見ている窓の外に目を向ければ、サラリーマン風の男に腕を絡めて制服姿の女子が歩いていく。

 「あ」と小さく出た声に風見さんも反応して、一瞬目を合わせるとパッと手を離した。


「……ここどこですか」

「たぶん、一番街かな」


 隣の県の駅周辺に広がる商業地域だ。長期休みとかに我が町からも気合入れてデートに行くようなところ。

 風見さんはポケットからワイヤレスイヤホンを出して耳に突っ込み、あれこれやっていたけれど、すぐに小さく息をついた。

 踵を返して店員に駅の方向を聞いてる。


「ちょっと人の目が多すぎる。地下街があるから、そこのトイレで帰ろう」


 雪のちらつく冷たい空気の中を早足で歩いていく。積もるほどではなく、地面に落ちた雪は消えるように溶けていった。

 地下に入る前にアラームが鳴る。ポケットから取り出して止めたまではよかったけれど、指先がかじかんでいてポケットに入れ損ね、落としてしまった。


「あ、やば……」


 後ろに転がった時計を追いかけようとして、風見さんに腕を掴まれる。


「いいから。時間が過ぎてる。戻る方が優先だ」

「だ、大丈夫なんですか」

「前回より近い過去だし、まずいって言われたら後で取りに来る」


 有無を言わせぬ力で引きずられるように階段を下りる。

 迷わぬ足取りでトイレの前まで来ると背中を押された。


「個室で、鍵はかけないで使え」


 手を握る動作を二、三度繰り返すと、風見さんは手を振ろうとして動きを止めた。トイレから出てきた女性に目を瞠って、息をつめた……ように見えた。


「風見さん?」

「……行け」


 僅かな躊躇いの後、彼は手を振って私を促し、自身は踵を返した。


「風見さん!?」

「すぐ戻る! 先に戻ってなかったら、数学の問題集監督付きでやらせるからな!」


 何それ! 横暴!

 言い返したかったけど、トイレこちらに向かってくるおばさまの一団に気付いて、私はそそくさと個室に向かった。


 * * *


 無事に佐伯さんの研究室に戻れば、二人はのんきにお茶を飲んでいた。


「あれ。風見さんは?」


 佐伯さんが眉を顰める。


「なんか、すぐ戻るって……」

「ふぅん? どこに跳んだかわかる?」

「一番街じゃないかって。そんなに昔ではない感じで」

「ああ。なるほど。じゃあ、反応したのはアレか」


 言ってる間に、私の隣が薄ぼんやりと光り始めた。光はだんだんまとまって、ふっと人の形を作る。気づけば風見さんが立っていた。

 ひんやりした空気が頬を撫でて、風見さんの髪に白いものがついていたのだけど、それは形をすぐに失くして見えなくなった。ひどく不機嫌に見える横顔を見上げる。


「佐伯、準備は万端にしとけよ」

「そうだね。こう次々と反応されちゃ、困るね。渡るテストより、どれに反応するか全部確認しなきゃ」


 困ると言いつつどこか嬉しそうな笑顔の佐伯さんに、風見さんはアラームを二個投げつけた。

 あ。あれ、拾いに行ってくれたんだ……

 それで戻った……のかな。


「烏丸くんは大丈夫だったの?」

「残念ながらね」


 肩を竦めた烏丸に佐伯さんは笑った。


「だから、そうそう渡られちゃ困るんだって」

「ちなみに、今回のガラクタ――えっと、TIM? は何だったんですか?」

「ええとね……実物見せるのは止めといた方が良さそう。ちょっと待ってね」


 佐伯さんは奥のデスクに行って、何枚か写真を撮った。

 戻ってきてスマホの画面を向けてくれる。


「これはちょっと珍しいんだよ。雪の結晶に特殊な加工を施して樹脂で固めたものなんだ」


 真四角のプラスチックの板の中央に綺麗な雪の結晶が三つ三角形に並んでいた。


「……行った先も雪だったのは、関係あるということですか?」

「たぶんね。まあ、しばらくは深山さんには近づけないね。寒かっただろう? 温かいお茶を淹れようか」

「俺はタバコ吸ってくる」


 仏頂面のまま部屋を出て行った風見さんの背中を目で追っていたら、お茶を置いた佐伯さんがタブレット端末を持って手招きした。


「せっかくだから、データに纏めておこう。気分は悪くない? 跳んだ直後から詳しく話して」

「あ、はい。ええと……」


 二度目は行って帰ってきただけだ。テストは成功なのかな?

 まだよくわからないまま、私は質問に答えていくのだった。



タイムマシンの運ぶ雪・終

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