ゆきだるまはクールじゃないとダメですか?

佐藤ゆう

ゆきだるまとサンタクロー〇

 

 スノーワールド。


 雪がしんしんと降る続ける、『ゆきだるま』達の世界――。


 一面 真っ白な雪原の村に、『生きる』ゆきだるま達は平和に暮らしていた。

 

 ゆきだまる達はクールを信条として、冷たいボディーと共に、心まで冷え切っていた。

 そんなすべてが冷たい世界に――


「うをおおおおおおおおっ!」


 熱いゆきだるまが走り抜ける。


 この物語の主人公で、人間になることを夢見る『雪村ゆきお』十六才。AB雪型の獅子座。ゆきだるまの中でも異端中の異端である 熱い心を持つ ゆきおは、村の住人に煙たがられていた。


「またあの子?」


「変わった子ね。もっとクールに生きればいいのに……」

 

 村の中を走り回るゆきおに、村人達は怪訝な顔をしていた。


「遅刻、遅刻、遅刻ぅ!」


     ◆


 ゆきだまる達が通う学校『スノースクール ホットスポット』。


「はい、先生!」


 席に座る雪村 ゆきおは元気よく手を上げた。


「なんでしょうか、ゆきお君?」


「トイレに行って来ていいでしょうか? 全力で行って、全力で戻ってきますからァ!」


 教壇の上のゆきだるまの先生はあきれ果て。


「トイレくらい、落ちついて行きなさい……」


「はい!」


 全力で走り出した。


「うをおおおおおおおおおおっ!」


 教室のゆきだるまの生徒たちは、それを冷たい瞳で見送った。


 廊下の曲がり角でゆきおは――


 ドン!


「うわあっ!」


 誰かにぶつかり、後ろに倒れ込んだ。


「あいたたたっ! ――はっ!」


 ぴょんと飛び起きて土下座する。


「申し訳ありません! よそ見をしていました! この不肖 雪村ゆきお、この冷たいボディーと『熱い心』を持って、誠心誠意――」


「熱い心? ゆきだるまのクセに、おかしな事をいうのね、キミ?」


「はっ! 校長先生!」


 ゆきおの前に、大きな魔女帽子をかぶり、黒いミニスカートをつけた、人間の女性が尻もちをついていた。

 ちなみにパンツの色は、黒だ!


「おかしいでしょうか?」


 くすりと笑い。


「キミたちを造ったのはこのわたしよ。わたしの魂の一部をあたえてね。わたしの心には冷めた心しか存在しない。だからその分身たるキミたちに、熱い心など芽生えはしないわ」


 どこか冷めた表情で立ち上がった。


「そうですか。これからトイレに行くので、失礼します」


 全力で頭を下げてゆきおは走り出した。

 そんなゆきおの後ろ姿を見て魔女は。


「うふふっ。変わった子ね」


 ――熱い心を持っている、フリをするなんて――


 つぶやき、影に身体をずぷんと沈めた。


    ◆


 ――放課後の、スノースクール ホットスポットの教室で、雪村ゆきおは――


「うおおおおおおおお! ぼくのターン、ドロー!」


 モンスター召喚! ターンエンド!


「次は、ぼくのターンだ、ドロー! 召喚、攻撃! いえーい!」


 教室の机で、2つのデッキを使い、1人でカーゲームをしていた。


 そんなゆきおを、教室に残った生徒たちは、いつもどうりの冷めた感情と瞳で眺めていた。


「ゆきお。おまえ、熱い心を持ってるのに、めちゃめちゃ寒いことをしているな?」


「寒い? めちゃめちゃ熱いでしょ。一緒にやらない?」


 教室に残ったゆきだるま達は出て行っしまった。

 1人残されたゆきおは――


「うおおおおっ! ぼくのターン、ドロー」


 楽しそうに1人カードゲームを再開させた。


 ―――――。


 雪がしんしんと降り続ける世界スノーワールドの住人は、皆がクールで、冷たいボディーを持っていた。

 そんな世界の片隅の村で、ひとつの噂が流れる。


 ――人間になる方法があるらしいよ?――


「本当ですか、それ!」


 この世界での異端中の異端、熱い心を持つ 雪村ゆきおは興奮した様子でつめ寄った。


「あ、ああ。私たちを造った魔女様が それを知っているらしいよ」


「ありがとう御座います」


 全力で頭を下げ、駆け出した。


(人間人間人間人間人間人間人間人間人間! ぼくは人間になりたい!)


 スノースクール ホットスポットの、校長室の扉を全力で開けた。


「校長先生、いえ、魔女様、ぼくを人間にしてください!」


 校長室の椅子に座る魔女は、いきなりの来訪者の、突拍子のない願い事に瞳を見開いた。


「人間に……だと?」 


「はい、お願いします! 魔女様ならできると聞きました」


 わずかに考え込み、魔女はニヤリと。


「魂を賭ける覚悟が、キミにあるならね」


「はい、じゃあ賭けます!」


 断ると思っていた魔女は、椅子に座り込み冷たい瞳で。


「本気で言っているのかい?」


「はい、ぼくを人間にしてください!」


 肩を落として大きく溜息を吐いた。


「なぜ、キミは人間になりたい? キミたち ゆきだるまは、人間より遥かに優れた存在だ。人間と違い、年もとらない。病気もしない。争わず、愚かな戦争もしない。完璧な存在だ。なぜ人間になりたい?」


「人間にしてくれたら教えます!」


 魔女はキョトンとした。


「あははっ、駆け引きが上手じゃないか。いいだろう、人間にしてやろう」


「本当ですか?」


「ああ。ただし、このわたしにゲームで勝ったらな」


「ゲーム?」


 パチンと指と鳴らすと、校長室が一瞬にして炎に包まれた。

 魔女の座る椅子と机以外、床も壁もすべて燃え、スクール全体が崩れ落ちた。

 外の光景はさらに酷かった。

 木々は燃え、周りを取り囲む山脈は、火山噴火が勃発していた。

 辺り見渡しゆきおは激しく混乱した。


「こ、これは……いったい……?」


 脚を組み魔女は ほくそ笑んだ。


「キミが人間になるための必要な犠牲だよ」


「なッ! そ、そんな……!」


 絶望し切った表情で打ちひしがれる。


「ふふふっ。というのは、嘘さ。ただ幻覚だよ」


「えっ?」


 ゆきおは燃えさかる炎に手を伸ばす。


「おっと、気をつけたほうがいい。幻覚といっても、熱さは感じるでしょ。魂にのみ影響あたえる熱さだけどね」


「な、なんでこんなことを?」


「キミの人間になりたいという覚悟を見せてもらうわよ」


 魔女はゆきおに手を伸ばし、胸に腕をズボっと突っ込んだ。


「うっ!」

 

 突っ込んだ腕をもぞもぞと動かした。


「大丈夫、落ちついて、痛くないでしょ? あなたの魂から引き出すだけだから」


「魂から引き出す? 何をですか?」


「キミは放課後、よくひとりで『カードゲーム』をしているね。それをずっと見ていたんだよ」


 机に置いてある水晶玉を指差した。


「人間世界では、『モンスタートランプ』と言われているらしいね。人間界の物を、このスノワールドに持ち込むためには、わたしの手助けが必要だ。キミにカードを手に入れてほしいと頼まれたことはないはず。それなのになんで持っているか不思議だったのよ」


「そ、それは……ううっ」

 

 ゆきおの言葉を、胸に突っ込まれている腕が阻害した。


「別に理由はいいよ。怒ってるわけじゃないしね……よっと」


 胸から腕をずぼっと引き抜いた。握られた手には光が。

 開くと、光はどんどんと収まり、52枚のカードの束に変わった。


「これがキミの魂から取り出した、ソウルデッキよ。キミの魂の力の奔流といったところかな。モンスタートランプで対戦できるようにいじってある」


 それを受け取った。


「まさかこれを使って?」


「そう、わたしの……んっ」


 魔女は自分の胸に、腕を突っ込んで引き抜いた。


「この、わたしのソウルデッキと戦ってもらう。勝てたらキミを人間にしてあげる。これはハンデよ。キミと違って、わたしは一度も対戦したことがない素人だからね……ふふふっ」


 燃えさかる灼熱の世界で、魔女は大きく手を広げた。


「さあ、始めましょう。魂を賭けた戦いを」


 校長室の机を挟み、お互い向き合った。

 ソウルデッキを置き、初期手札5枚を引く。


 そして戦いの火蓋が切られた。


「先行は、ぼくから行かせてもらいます。ぼくのターン、ドロー! ぼくは、ゆきだるまんを召喚して、ターンエンド」


 ゆきおのフィールドに、魔法によって具現化した、ゆきだるまモンスターが出現した。


「ふふふっ、わたしターン、ドロー。わたしはガードマンを召喚するわ、ターンエンドよ」


 魔女は、防御タイプのモンスターをフィールドに召喚した。


「ぼくのターン、ドロー! ぼくはゆきだるまんでガードマンを攻撃! アイスクラッシュ」


 ゆきだるまんの体当たりをモロに食らう。


「ガードマンを破壊、ターンエンド」


「わたしのターンね。わたしはガードマンをもう一度召喚。 ガードマンは召喚された時、墓地にいる同じガードマンを召喚できる、ターンエンドよ」


 一切攻撃せず、愉悦に微笑んでいた。


(守っているだけで、攻撃する気がない?)


 その行動による最悪シナリオを思い浮かべる。


「……ま、まさか……」


 ゆきおの身体がどんどんと溶けていく。


「そう。わたしはキミに攻撃する必要はない。時間稼ぎのカードで、キミが溶けて動けなくなるまで待てばいい。幻覚で魂にだけ影響をあたえるといっても、ゆきだるまの身体だ。肉体にまで徐々の影響が出始めているぞ」


 ――そのままゆきおは身体を溶かしながら、魔女と戦い続け、膠着状態が30分と経過した。


「はあ、はあ、はあ……」


 息を荒く限界寸前のゆきおに、魔女は冷たい瞳を送った。


「随分と耐えるのね。このままだと本当にこの世界から消えてしまうわよ。サレンダーをしなさい。わたしは優しいから、いまなら魂までは取らないであげる。二度と人間にはなれないけどね」


「はあ、はあ、はあ……じゃあ、お断りです」


 ゆきおの頑な態度に、魔女は怪訝な顔を浮かべた。


「なぜ? 何故キミはそこまで人間になりたい。人間などロクでもない連中だぞ。わたしの分身たるキミなら、それを理解しているはず。理由はなんだ?」


「はあ、はあ、はあ……」


 息を切らせゆきおは、それに答える。


「……ちょうど1年前、吹雪が降る真夜中に、ぼくはどこからか聞こえてくる声に導かれるように、森の奥に進んで行きました。そのとき出会ったんです、彼女に」


 ―――――――。


「あれは!」


 ぼくは森の奥で、うつぶせで倒れている少女を見つけました。

 駆け寄って起こすと、彼女はぼんやりとした瞳で。


「ゆきだるまさん……? やった、本当にいたんだ……」


 ぼくの顔を愛おしそうに撫で回しました。


「いま、魔女様のところに連れていく。魔女様ならきっとなんとかしてくれる、そこまで耐えろ」


 彼女を背負ってぼくはスクールに向かい。


「ハァ、ハァ、わたしね、ゆきだるまさん……」


 ―――――――。


 「あなたのところに向かう間、彼女といろいろな話しをしました」


「…………」


 自分が造ったゆきだるまの話しを、魔女は真剣な表情で聞いていた。


「彼女には、双子の兄がいました。一緒にモンスタートランプで、世界一になろうと夢を誓いあった」


 ゆきおは暗くうつむき。


「でも、学校の帰り道、彼女とお兄さんは雪崩に襲われ、それからかばってお兄さんは……。彼女は、死んでしまったお兄さんを生き返らせるために、あなたに会いにきたんです。ゆきだるまに命を与えるあなたを噂を聞き、あなたならもしかしたらと……」


「ここの結界は、純粋な心も持つ子供なら入れるかもしれないな。けど、わたしには……」


「わかっています。魔女様にそんな事はできないと。できたとしても、ぼくたちのように、あなたの分身にしかならないと」


 魔女はぎゅっと目をつぶり。


「兄は彼女のために、彼女は兄のために……悲しいな。すまない、わたしのせいで」


 話しの結末を悟り頭を下げた。


「魔女様のせいじゃないです」

 

 きっと、ぼくのせいですよ……と小さくつぶやいた。


 ――――――。


 吹雪の中、少女を背負って歩き続けました。

 背中で彼女の命が尽きていくのを感じながら。


「ゆきだるまさんの背中、とっても冷たいね……」


「ごめん……ぼくは……」


 あのときほど、自分がゆきだるまだという事を呪ったことはありませんでした。


「謝らなくていいよ。わたしは、ゆきだるまさんに救われたんだよ。最期に、ゆきだるまさんに会えてよかった……」


 背負う彼女の意識がどんどんと失われていき。


「ゆきだるまさん。わたしのお願い聞いてくれる?」


 ぼくの冷たい身体に、ぎゅっとくっつき――


「わたしのために泣かないでね」


 ぼくを身体を、暖かく抱きしめました。

 そのとき、ぼくは初めて熱い感情というものを知りました。


「わかった、泣かないよ。君を絶対に救ってみせる。だから」


「……………」


 彼女の魂はもうここにはいない。もう彼女とは話せない。もう彼女に撫でてもらえない。もう笑え合えない。もうぎゅっと抱きしめてもらえない――そう思うと涙がどんどんとあふれ出てきました。


「うわああああああああああああああ!」


 ―――――――。


「そのとき、悲しみとともに、彼女の優しい心に感動して芽生えた、ほんの少しの熱さを、ぼくはこの気持ちを消したくないから、ずっと熱いゆきだるまを演じ続けていたのかもしれません」


「それが人間になりたい理由か? 救えなかったことへの懺悔」


「違います。彼女と約束したんです。泣かないでって。悲しまないでって。だからぼくが人間になりたいのは、ただ人間に憧れただけです。そしてぼくを変えてくれた彼女への……いえ、彼女と彼女を救ったお兄さんへの恩返し。2人の夢を叶えてあげたい。これがぼくが人間になりたい理由です」


 話し終えたゆきおの身体が、ぱぁーっと光輝き、目の前に1枚のカードがあらわれた。

 戸惑いながら ゆきおは、その光輝くカードの名前を読み上げる。


「ゆきだるまの魂の灯火……」


 呪文が発動されると、フィールドに召喚されている ゆきだるまんが同じように光輝き、白髭のサンタクロースに姿を変えた。


 そしてゆきおの身体も光輝き、変化していく。


「こ、これは……?」


 指先から足先まで、自分の変化した身体をまじまじと見回した。


「これは、魔女様が?」


 首を振った。


「いいえ、違うわ。キミ自身が至ったのよ。キミが守り続けていた、その『魂の灯火』がキミを変えたのよ……」


 その瞬間、炎に覆われた世界が凍りつく。

 ゆきおは、氷に映る自分の姿を見る。


「似ている……。どことなく彼女に……。それに感じる。あなたにもらった魂の他に、もうひとつの魂を……」


 愛しい者を抱きしめるように、身体をぎゅっと強く抱きしめた。


「もしかしたら、キミに彼女の魂が宿ったのかもしれないわね。今日はクリスマス。そしてわたしはサンタクロースの姉、サンタクローヌ。こんな奇跡が起きても不思議ではないわ」

 

 涙をポロポロと流すゆきおに。


「さあ、終わらせましょう。キミには叶えたい、もうひとつの夢があるのでしょ? こんなところで立ち止まっている場合ではないわ。ぶつけるなさい、キミの熱い思いを」


「はい!」


 ゆきおは自分のフィールドにいるサンタクロースにつげる。


「サンタクロース攻撃! サンタクロースは経過ターンに応じて、相手にダメージあたえる。経過ターン数は25。よって25ポイントのダメージあたえる」


 そりに乗り、空飛ぶトナカイ達と天に駆け上がっていく。


「プレゼントフォーエバー!」


 サンタがキラキラと輝くたくさんのプレゼントを地上に配った。

 夜空が満天の光に包まれ――。


「……わたしの負けね……」


 魔女との勝負が決着した。


「ありがとうございました!」


 全力で頭を下げて、校長室の扉を開けた。


「これから人間界に行くのね?」


 振り返り満面の笑顔で。


「はい、兄妹の夢を叶えます。いえ、ぼくと兄妹の、3人の夢を叶えます。モンスタートランプの世界チャンピオンに、ぼくはなります」


 雪が永遠に降り続けるスノーワールド。

 冷たい心と身体を持つ ゆきだるま達の世界。

 そこから、空飛ぶトナカイが引く そりに乗って、白髭のおじいさんと、人間になったゆきだるまが飛び立った。

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