第10話 女神ティターニア
セニアの案内により到着したのは五階建てのビルと同じ大きさの神殿だった。
荘厳で神々しい造りに4人は呆気に取られる。
「とても綺麗な建物ですね」
「そうでしょう?ここは女神ティターニア様を信仰する宗派の神殿です。王国は殆どがティターニア様を信仰しておりますね」
神殿の中に入ると一際大きい広間の真正面に巨大な像が飾られてあった。
片手には剣、もう片方には花を一輪持っておりドレスのような服装の像だ。
「でっけぇ……」
大輝は見上げる程の像に溜息を漏らす。
とても神々しく美しい女神の像を前に、感動していた。
「皆様は別世界から来られたと聞いています。女神ティターニア様を悪く言うような真似はしないと思いますが、一応忠告しておきます。王国内でティターニア様を貶すような事をすれば大罪ですのでお気を付け下さい」
神を貶すような事をする奴は普通ではない。
少なくともここにいる4人がそんな馬鹿な真似をするとは思えなかった。
ただ一人だけ、言動が予測できない者がいる。
無名だ。
彼が無礼を働けば同じ勇者である自分達にまで被害が及びそうで、それだけが怖かった。
「召喚されたのは5人と聞いていたのですがもう1人は何処におられるのですか?」
セニアは純粋な気持ちで彼らに問い掛けた。
しかし返ってくる反応は微妙なものだ。
「あーアイツはまあいいじゃないっすか」
大輝が嫌そうな顔でそう返答するとセニアは余計に気になってしまった。
「何かあったのですか?」
「そのー……冒険者であるセニアさんが気を悪くしないで欲しいんですが、こないだの魔物大発生を覚えていますか?」
セニアは頷く。
依頼を受けていなかった為その場には居なかったが、話くらいは聞いていた。
「そこでアイツは……無名君は範囲魔法を使ったんです」
「まあ魔物の数が多いですから当然ですね」
「ただ……その魔法を放った時味方ごと巻き込んだんです。少なくとも200人以上亡くなったらしくて」
味方ごと魔法で巻き込むなど有り得ない。
しかし冒険者であるセニアは様々な経験を経て今がある。
中には味方ごと攻撃しなければならない時もあった。
「時と場合によりますが、その時の状況を教えて頂けますか?」
「冒険者の一人が無名君に味方を全員引かせるまで待ってくれと伝えたそうなんです。でも無名君は待つ事など無駄だと言い放ち魔法を行使したそうです」
あまり褒められた行為ではない。
セニアも少し眉を顰めた。
だが時と場合によってはセニアも同じ事をしていただろう。
少ない犠牲で多数を救えるのならば、間違いなく同じ事をしていた。
「なるほど……それで処罰を受けた、といった所でしょうか?」
「そうですね。深き森?って所で半年間の謹慎処分です。」
深き森と聞きセニアの表情は強張る。
黒峰は何か言葉を間違えたかと不安に狩られたがセニアはまた元の優しい表情に戻った。
「そうですか……あの深き森で半年間も」
「はい。あの……深き森って言葉に反応したみたいですが何か?」
「え、ああそうですね。冒険者の間では有名なのですよ、その深き森は」
セニアの話によるとレベル4以上でなければそもそも立ち入りを禁止されているとの事。
理由は強力な魔物が跋扈しているから、だそうだ。
「私もあまり立ち入りたくはない場所ですね。依頼があっても可能な限り避けます」
「そんなに危ない所なんですか?」
「危ないという言葉で済ましていいのか怪しいものですよ。深き森にはレベル7に匹敵する魔物の主がいると噂もあるくらいです」
そんな化け物がいる場所に半年間も閉じ込められる無名の事が可哀想に思えてきた黒峰は何とも言えない表情を見せる。
最初は200人もの仲間を殺しておいてたった半年の謹慎処分で済むのかと憤ったものだが、セニアの話を聞いた後だと妥当なのかも、と思えるようになってしまった。
「それにあそこには魔女が住んでいるとも言われています。悠久の魔女はどこの国にも所属しないと有名で敵に回れば国は壊滅的な打撃を受けるとも――」
「あ、無名君の指南を行ってるのがその魔女さんです」
黒峰が言葉を被せるとセニアは固まった。
フランは良くも悪くも有名である。
冒険者界隈でも魔女の名は知れ渡っており、例に漏れずセニアも悠久の魔女を知っていた。
「あの悠久の魔女から指南を受けているんですか?」
「そうみたいですよ。どうやらランスロットさん曰く自分達程度では教えきれないとの事だそうです。」
「剣聖殿がそう仰ったのですか?その無名という勇者は一体……」
悠久の魔女が弟子を取った歴史はない。
誰かに教えを請われる事は多々あってもそのどれもが断られている。
しかし今回勇者の指南を買って出たというのはセニアにとって今年一番驚くべき事実だった。
「ちなみにその無名さんはどのような力を持っているのですか?」
純粋に興味を持った。
仲間諸共魔物を屠った事といい、魔女の件といい興味は尽きない。
「黒の紋章に剣が2本でした。この世界では数える程しかいないみたいですが」
「それは……まあ、そうですね。黒の紋章を持つ者自体稀ですし、私も赤の紋章ですから」
能力は破格のようだった。
セニアもそれなりに腕に自信があったが、黒の紋章を相手に善戦出来ると思えるほど自惚れてはいない。
「確か国王陛下からは万能の勇者って呼ばれてましたよ」
「万能ですか。是非お目にかかりたいものですね」
セニアは件の勇者がこの場にいない事がとても残念でならなかった。
歴史に名を残すであろう勇者との邂逅は誰であっても憧れている。
中でも黒の紋章持ちと聞けば逸る気持ちが抑えられないというものだ。
「でも人間性に問題ありっすよ。自分がなんでも出来るからってオレらなんかとは組めないとか言い出す始末っす」
大輝は心底嫌そうな表情で吐き捨てるように言う。
大人であればそれなりに社会経験があり、無名のような変わり者は見た事もあるが、大輝のように高校生であれば出会った人の数も少なく無名のようなタイプは初めて目にしたのだろう。
「冒険者の中には人間性に問題のある者など吐いて捨てる程いますよ。無名さんのような方も少なくありません」
「でもアタシあいつきらーい」
茜も仏頂面で大輝に同調していた。
無名へのヘイトは溜まる一方である。
神殿を出た5人は食事処を探して街を歩く。
たまに指を差してくる者もいるが、セニアの美貌により人目を惹いているのだろうと黒峰は納得していた。
「ん?なんだこの気配……」
黒峰がボソリと呟く。
それと同時にセニアが腰の剣へと手をかけた。
「全員その場から動かないで下さい」
セニアの眼つきは先程までの柔らかいものでは無くなっていた。
ピリピリとした空気に茜は不安そうな顔を浮かべていた。
「な、何?黒峰さんもセニアさんもどうしたんですか?」
「気付かないか?……見られている」
異様な気配に気付いたのは黒峰とセニアだけであった。
他の3人は不思議そうに辺りを見回していた。
「黒峰さんは実戦経験があるのですか?」
「いや、有りませんよ。でも俺は剣帝の勇者ですから」
たったそれだけの言葉だが、不自然に納得してしまうセニアだった。
剣帝の勇者は過去にも存在したと記録が残っている。
剣の為に生まれ剣の道を歩めば誰もその者の歩みは止められぬ。
そんな言葉も残されているくらい勇者の能力の中では強力なものであった。
「頼もしいものですね今代の勇者は。数は4、流石にまだ実戦経験のない黒峰さんに半分を任せるのは酷と言うものです。護衛する身でもありますから私が3人受け持ちましょう。1人お任せしても?」
「勿論です。何者か知らないが掛かってこい!」
何処からともなく飛んでくる殺気の主に向かって、黒峰は剣を抜いた。
彼に勇者は似合わない! プリン伯爵 @prin_hakusyaku
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