第9話 冒険者セニア

「さて、貴方達には今日からこの訓練場でド派手にやってもらうわ」

フリアーレは2人の勇者を交互に見ながら告げる。

魔法を使う以上訓練場程の広さがなければ危険であり、彼女達は移動する事なくこのまま訓練が開始された。



「茜ちゃん、浮遊時間は最低でも一時間は持たせなさい」

空の勇者を冠する茜は浮遊魔法の訓練に入っていた。

まだ少ししか飛ぶ事も出来ず空の勇者というにはあまりに拙い。


「莉奈ちゃんは回復魔法に特化してるから、そうねぇ防御魔法も練習しようかしら?とりあえず魔力障壁を展開してみて頂戴」

「はい」

莉奈は両手を胸の前で組むとお祈りを捧げるポーズを取った。

どんなポージングでもいいのだが莉奈にとってこれが一番集中できる形だった。


半透明の障壁が莉奈を包み込むとフリアーレは満足そうに告げる。


「いいわね、じゃあその状態をそうねぇ……6時間維持しなさい」

「ろ、6時間ですか……」

莉奈はまだ1時間持たせられたら良い方で6時間などとてもではないが維持できない。

しかし防御魔法は戦力維持に欠かせない存在であり、障壁が消えるというのは被害を拡大させる要因にもなってしまう。


「最低6時間よ。いずれは一日持たせられるくらいにはなって貰うわ」

厳しいようだがそれだけ防御魔法というのは重要なのである。

軍を維持するのに防御魔法は不可欠なのだ。




「よっし!今日から本格的に魔力を使った殴り合いをしていくぜ。覚悟はいいか大輝」

「ウッス!やる気は十分っす!」

ガイラは両手に魔力を集わせる大輝を見て不敵に笑う。


「いい感じだ!そのまま魔力を維持しつつ俺に殴りかかって来い!」

「ウオオオオオ!」

大輝の訓練は単純だ。

魔力を維持し続けたままひたすら戦闘を行う。

魔力と体力を長時間持たせる為の訓練であり、戦場では一番敵を屠らなければならないポジションだ。

その為途中で力尽きる事は絶対に合ってはならない。

敵の数をどれだけ減らせるかは肉弾戦を行う彼に掛かっている。


4人の本格的な訓練は日が暮れるまで続いた。

疲弊し喋る事もままならない4人はゲストルームに足を運ぶとソファにグッタリと横になった。


「ああ、きっついなこれ……」

「大輝の方はずっとあの調子だったの?」

「そうだぜ……ガイラさんマジで厳しくてさ。休む暇なんて与えてくれねぇよ」

莉奈も二度気絶したが大輝のように体力的な苦痛はない。

この中ならまだマシな方と言えるだろう。


「痛いよ〜足も捻ったし綺麗な肌が傷だらけになっちゃうじゃん……」

茜は自由自在に飛べる事を目標としているが、訓練中何度も落ちていたのを莉奈は目にしていた。

飛び続けるには相当量の魔力が必要であり、尽きては落ちて回復してはまた飛んで、を繰り返していた。


しかし、まだマシな部類だろう。

大輝も大概辛そうだったが、黒峰が一番怪我が多かった。

ある程度の回復はしてくれているみたいだが失った血までは増やす事が出来ない。


ランスロットの訓練は相当キツかったのか黒峰は無言で俯いていた。


「黒峰さんは別の所に連れて行かれてましたよね」

「ん、ああ、莉奈ちゃんか。そうだな、俺が連れて行かれたのは騎士団の詰め所だったよ。矢継ぎ早に騎士の方達が襲い掛かってくるもんだから……」

よほど疲れたのか黒峰の顔は死人のようだった。


「これが毎日続くと思うと……辛いな」

ボソッと黒峰が呟くと一瞬空気が凍る。

みな頭の中では思っていた事だが実際に口に出されると心にクルものがある。


「でも早くアイツを超えるくらい力を付けねぇとまた無茶苦茶しやがるからな!」

大輝が立ち上がると黒峰もフフッと笑う。


「そうだな。無名君に好き勝手やらせる訳にはいかない。俺達が役に立てるようになれば彼の出番は減る。そうなればもうあんな悲劇は生まないだろう」

「てかそれならアイツを教育してやった方がいいんじゃないですか〜?」

茜は無名の性格を直した方がいいのではと考えていた。

誰かが無名の考え方を正してやらなければ、あれではまた同じ事を繰り返してしまう。


「性格はそう簡単には直るものではないよ茜ちゃん。特に彼は社会人だろ?今まであの性格でやってこれたのであれば直そうとも思わないだろうね」

「え〜じゃあ半年後に会ったらまたイライラさせられるじゃないですか〜」

「半年間であの魔女がどれだけ彼の人格を元に戻してくれるか、だな」

黒峰はあまり期待してはいなかった。

世界最高峰の魔法使いであるフランは孤独だ。

そんな彼女から指南を受けた所で無名の感性が変わるとは到底思えなかった。



「それより黒峰さん!次の休日街の観光に行きませんか!?」

茜は唐突に話題を変えると笑顔を見せた。

先程までの陰鬱な雰囲気は何処にもない。

黒峰もこの世界に来て一ヶ月は経つが未だに街を見て回ってなかったと思い出し4人で出掛ける事に決めた。

もちろん勝手に出歩く訳にも行かないので、お付きのメイドに話をしておいた。




――――――――

4人の勇者にとって週に一度の休日。

といっても仕事をしている訳ではなく毎日が訓練の日々なのだが初めてのアルトバイゼン王国観光に4人は嬉しそうな表情を浮かべていた。


「本日は皆様の護衛を依頼されました、冒険者ギルド所属のレベル5冒険者、セニアと申します」

4人を案内してくれるのは王城の関係者ではなく冒険者だった。

青く長い髪を揺らし優雅な見た目で貴族かと間違えそうになるが、冒険者らしくしっかり細い剣を腰に差している。



「皆様の事は聞いております。黒峰さん、三嶋さん、朝日さん、斎藤さんですね」

「よろしくお願いします」


5人で街を練り歩くと少しだが黒峰は人目が気になった。

見られている、そんな感覚に陥る。

セニアが綺麗すぎて人目を惹いているようで、本人は慣れているのか何も気にしている様子はない。


「セニアさん、冒険者の事をあまり知らないんですがそのレベルというのは強さの数値化なんでしょうか?」

「はい。最高位のレベルは7ですが世界でただ1人しかいません。ですので現実的な最高ランクはレベル6となります」

その中でレベル5のセニアはかなり上位の冒険者のようだ。


「レベル5はどんな事が出来るんですか?」

「レベル5となれば国からの依頼を受ける事が多いですね。もちろん上位冒険者なので数は少ないですが」

「セニアさんとランスロットさんならどっちが強いんですか?」

黒峰は純粋に疑問をぶつけてみた。

今まで見た事のある強者といえばランスロット含め数人だけだ。

ランスロットの実力は王国随一と聞くし数少ないレベル5の冒険者とならどちらが強いのか、気になった。


「ふふ、面白い事を仰りますね黒峰さん。比べるまでもなくランスロット殿でしょう」

「そんなにですか?」

「はい。王国最強と名高い剣聖殿ですよ?私如き一冒険者が敵う相手ではありません」

そんな強者から指南を受けていたのかと今更ながら黒峰は震えた。

本来なら指導する立場ではないらしく、勇者だからこそ剣聖自ら指南を申し出たようだ。


「ただレベル7の冒険者であれば、ランスロット殿と互角だと思います。私からすればその領域に足を踏み入れた者は人外としか思えません」

上位の冒険者であるセニアがそこまで言うのだ。

余程隔絶した実力差があるのだろう。



「しつもーん!セニアさんは恋人がいますか?」

唐突に茜が手を挙げると呆れるような質問を繰り出した。

まだ出会ってそう時間も経っていないのによくそこまでグイグイ攻めた質問が出来るな、と黒峰は逆に尊敬してしまった。


「ふふふ、いると思いますか三嶋さん」

「いると思います!だってそんなに綺麗なんだから男は放っておきませんよ!」

アイドルである三嶋から見ても美人なセニアだ。

引く手あまたである事くらい容易に想像できる。


「……残念ながら未だ独り身です。さあ、まずは最初の観光地、神殿に着きましたよ。入りましょう」

セニアは微笑んでいたが、その目は笑っていなかった。

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