第8話 負の感情

魔物の大発生は食い止められた。

しかし王国の被害も無視できないものであった。


「騎士団長、戦死者はおよそ300人にのぼります。その半分があの魔法によるものです」

険しい表情で副団長であるパーシィ・アガネイアは書類の束を見つめる。

魔物は総勢2000体にも及んだが、こちらの被害は馬鹿には出来ない数であった。


「彼の魔法、か」

ランスロットもパーシィから手渡された書類を見て眉を顰めた。

処罰を受ける勇者というのも見聞が悪く、国王は深き森にて半年間の謹慎処分を言い渡したと聞いた。


「力を中途半端に得た勇者というのも厄介なものだな」

「我々もですが魔法師団にも少なくない被害が出ております」

「かなり広範囲に及んでいたからなあの魔法は」

上級魔法の中でも特に範囲の広い魔法だった。

それに習得するには相当な鍛錬を必要とする。


それをたった一ヶ月で行使できたというのも驚きだが、一番は味方を背後から撃っておいて何の謝罪も無かった事だ。


「神無月無名。勇者としての能力は歴代でも最高との事ですが人間性に問題ありですね」

「そうだな。他の4人はまともだというのに」

無名に比べれば他の4人は大人しいものだ。

何しろしっかり指示を守り、教えた事はスポンジのように吸収していく。

指南のしがいがある4人だった。


「あの戦いで総勢420人の死者が出ました。確かに魔物の数が多いとはいえ、この半分が味方から放たれた魔法によるものと考えると……死んだ部下に顔向け出来ません」

「勇者という言葉が本当に似合わない男だよ彼は。まあいい、終わった事を今更考えても仕方あるまい。それよりも国境付近で小さな諍いがあったと聞いたが?」

「はい。ルオール法国との国境にて越権行為があったとの事です。あの地には辺境伯も居られますし、我々が動くほどではないかと」

ルオール法国はアルトバイゼン王国の敵対国家であった。

魔法技術に長け亜人を奴隷とする国家であり、ランスロットもあまり好きではない国でもある。


「あの方か。そうだな、あちらから救援要請がない限りは任せておいて良いだろう」

ランスロットは次の書類に目を通す。

騎士団長ともなれば現地に赴くより書類仕事の方が比較的に多くなるのだ。


「それともう一つ。レブスフィア帝国も勇者召喚に成功したと情報が入っております。数は2人ですので我が国の方が多いですね」

「そうか……今はこの世界に勇者が6人存在している訳か。魔国に対してだけ力を発揮してくれれば良いがな」

レブスフィア帝国は王国よりも土地が広く国力も上である。

そんな国が勇者を伴って攻めて来れば苦戦は免れない。


「国王陛下は何と?」

「念の為国境に冒険者を派遣するとの事です」

冒険者程度で抑えきれるとは思えないが、数の減った騎士団を散らばらせる訳にもいかなかったのだろうと考えた。


魔国という人類共通の敵が現れてくれたお陰で毎年のように起こっていた小競り合いもほぼない。

というより何処の国も今は力を蓄えているのだ。


いつ魔国が攻めてくるかも分からない。

来るべき時に備えて。



――――――――

訓練場では4人の勇者が身体を動かしていた。

魔法専門の莉奈や茜も多少なりとも身体は動かしておく必要がある。

万が一の時に魔力が尽きて何も出来ないという状況を作るべきではないという考えから、自発的に体力作りに精を出していた。


「昨日の魔物大発生だっけ?あれアイツが殆ど片付けたらしいじゃん」

「でも騎士の人達に話を聞いたら、味方ごと大魔法を使ったらしくて今は謹慎処分を食らったらしい」

「味方ごととか有り得ない!それって何人も死んだって事ですよね黒峰さん」

「ああ、噂では200人以上無名の魔法の餌食になったそうだ」

4人は顔を見合わせ嫌そうな表情を見せた。

無名へのヘイトは高まるばかりであった。


初対面の時から好きになれない性格をしていた無名の好感度は既に地に落ちている。


「人殺しかよ……最悪だなアイツ」

「何か考えがあったのか……それとも皆を救う時間がなかったとかじゃない?」

大輝も苛立ちを露わにしていた。

それを諌めるのは莉奈の役目だ。

とはいえ莉奈も無名の行動は褒められたものではないと考えていた。


「あんな奴が勇者とか世も末だな!」

「こら大輝。一応年上なんだから敬いなさいよ」

「あんな奴敬う必要もねぇよ!仲間を殺してんだぞ?あの冒険者も言ってたじゃないか。何度も止めたのにアイツは待つ間もなく魔法を使ったって」

あの悲痛な面持ちで項垂れる冒険者の事は4人の脳裏から離れなかった。

自分がもっと沢山の人に声を掛けていればと見た目の割にとても責任を感じているようだった。


確かに話を聞いた限りあの選択は間違いだったのではないかと思う。

もちろん莉奈には味方の背中から魔法を放つなど到底ではないができっこない。



「済まないな遅れてしまって」

雑談も程々にランスロットとフリアーレ、そしてガイラが訓練場へとやって来た。

あの戦いの後始末に追われているのか3人とも疲れた顔をしていた。


「本日もよろしくお願いします」

黒峰が頭を下げると茜達も同様にお辞儀をする。

いつも指南を受ける時の所作だ。

こればかりは日本人であるなら染み付いているものだろう。


「あの、聞いていいか分からないですけど彼は当分俺達と行動を共にする事はないんですか?」

「ん、ああそうだな。彼には半年間の謹慎処分が下った。次に会えるのは半年後だからそれまでに君達を鍛え上げ無名君に見せつけてやるぞ」

ランスロットは気合を入れる為黒峰の肩を叩いた。

最低限の訓練は終わったが、まだまだ魔国との戦いに駆り出すには力が及ばない。


「魔国が攻めてくるのはいつになるか分からない。だが今のままでは恐らく何の役にも立たないだろう」

ランスロットの言葉を4人は黙って聞き入る。


「最低でもここぞという場面で使う魔法や技を習得してもらう。黒峰は剣技だな」

「大輝、オメーは肉弾戦なら誰にも負けねぇくらいに鍛えてやるから安心しろ」

「茜ちゃんと莉奈ちゃんは当然魔法ね。さ、今日から厳しい鍛錬をしてもらうわよ」

万が一半年以内に魔国が動き始めれば無名にも動いてもらう必要がある。

しかしそうでない限りは黒峰達を戦力と言えるくらいには鍛え上げるつもりだった。




ランスロットは黒峰を連れて、ある場所へと向かった。

何処に向かうのか教えて貰っていない黒峰は不安そうな表情だが、ランスロットに彼を害する気はない。


「そんなに緊張するな。これから実戦を想定した訓練に入るだけだ」

「訓練場でやらないんですか?」

「ああ、騎士団の詰め所にも訓練場があってね。そこは騎士だけしか使用許可がおりない」

「つまり、騎士の方との実戦訓練ですか」

察しのいい黒峰を見てランスロットはニコッと微笑む。


「その通り。さあ、着いてきたまえ」


ランスロットと共に騎士団専用訓練場へと到着すると、そこは熱気に包まれていた。

そこかしこで騎士が剣を振るい盾を構える。

鉄と鉄がぶつかり合う音が生々しく、黒峰の顔は強張る。



「全員傾注!」

ランスロットが訓練場に足を踏み入れるや否や、大声を張り上げた。

すると騎士達はすぐに訓練を止め目の前に整列した。



「今日からここで共に訓練を行う黒峰拓斗だ。知っての通り彼は剣帝の勇者だがまだまだ剣の腕は君達にすら及ばない。新しい仲間を快く迎え入れてやってくれ」

「よ、よろしくお願いします!」

黒峰が頭を下げるとパラパラと手が叩かれる音が聞こえてくる。

勇者そのものを良く思っていない者もいるのか、中にはムスッとした表情の騎士もいた。


騎士にとって勇者の力を間近で見たのは無名の魔法だった。

初めて見た勇者の力は想像を超えていたが、味方諸共殲滅した様は忌々しい記憶だ。


「神無月無名と同じ勇者ではあるが、黒峰は彼とは違い勇者らしい器の持ち主だ。こないだの事を忘れろとは言わんが、無名に対する嫌悪感を彼にはぶつけないように。もしもそんな奴がいればすぐ私に報告したまえ」

ランスロットも黒峰の気持ちを汲んだのかフォローしてくれているようだった。

そう思うと本当に厄介な事をしてくれたものだと、黒峰の無名に対するヘイトは溜まっていく一方であった。

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