第7話 謹慎処分

まだ無名にはフランのような魔法は使えない。

王都の南にあるという深き森は遠く、歩いて行ける距離ではなかった。

その為王城のある一室を借りフランと合流する手筈となっていたのだが、城に戻ったと同時に謁見の間へと呼び出されてしまった。


「無名よ、なぜ呼ばれたか分かるか?」

「魔物の大発生による被害報告と結果ですか」

「まあ、そうでもあるが、貴殿は戦場で何をした」

何をしたと問われても街を守る為戦ったとしか言いようがない。

無名が眉を顰めると国王は話を続けた。


「味方諸共魔法で蹴散らしたと聞いたが?」

「耳が早いですね。早馬ですか?」

「質問に答えよ」

謁見の間には近衛兵や宰相などもおり、二人きりではない。

もちろん国王の傍には王妃と王女もいた。


空気はヒリ付いている。

国王の真剣な眼差しは冗談を言っていい雰囲気ではないように思えた。


「僕が魔法で魔物を蹴散らしました。その際に半分の兵には撤退して貰っています」

「しかし少なくない犠牲が出ておる。貴殿の魔法によって、だ」

「時間を掛けては更に被害が拡大していた筈です。守るべき街を背に時間は無限ではありませんでした」

あの程度の犠牲で街が救われたのだから感謝して欲しいくらいだと無名は一貫して態度を改めない。

しかし国王の表情は険しい。


「それだけの力がありながらあれが最善だったと?」

「その通りです。僕はあれ以外に選択肢がなかったと思っています」

「戦死した者の数はまだ詳細が分かっておらぬがおおよそ200人前後だと聞いている」

「200人ですか。思っていたより少ないですね。万の国民を守れたのですからその犠牲は当然かと」

意外と少ない数字だった。

十分役に立ったと言えるのではないだろうか。

あのまま放置していればもっと被害は出ていた筈だ。


「はぁ、平行線だな。貴殿はもう少し視野を広げるべきだ」

「広げた所で何が見えると言うのでしょうか。僕は最善策を取ったまでです。あれ以上被害を少なくする策があったとするならば逆に教えて頂きたいものです」

国王はこれ以上何か言ってくる事はなかった。




「じゃあ帰ろうか無名君」

「そこにいたんですか師匠」

突然姿を現したフランはフワフワ浮いたまま無名の手を取った。


「ま、ボクが何か言える立場ではないけどね。君はもう少し周りを見た方がいいよ」

「え?どういう――」

無名が何かを言う前に視界は真っ白に変わった。




無名とフランが去った後、謁見の間は重苦しい空気が漂っていた。

問題となるのはあの勇者である。

200人の犠牲をあろう事か仕方のなかった犠牲と言い払ったのだ。


「陛下、やはり彼に勇者は似合いません。今すぐにでも元の世界へと戻すべきです」

「宰相も分かっているだろう。召喚魔法はそう簡単に行えるものではない。とにかく無名を戦場に出すのは当分考えない方が良いだろう」

あの態度はない。

それが謁見の間にいた者の総意だった。


勇者と呼ぶのが憚られる所業に誰もが苦虫を嚙み潰したような顔になっていた。


「しかし魔物の大群が消え去ったのは事実です。彼の魔法によって救われた者も少なからずいるかと」

「宰相、確かにそうかもしれんが味方を背中から撃つという行為が正当化されるわけではない。彼がもし我が国の魔法使いであったなら処罰されている」

「では今後、あの者の処遇はどうされるのですか?」

国王は頭を悩ませた。

勇者を処罰するなど前代未聞であるからだ。

しかし何の処罰も受けないとなれば騎士団や魔法師団からクレームが届く事は必至。



「では次に彼の力が必要とされる際、一人で事に当たって頂きましょう」

「宰相もなかなか酷な事を言うものだ。そうだな、しかしそれくらいしか思いつかんか」

一人で事に当たれば確かに味方ごと魔物を屠るような真似は出来ない。

ただもしも無理をさせすぎて死んでしまえば、国王として責任が発生する。



「お父様、それでは彼が可哀そうです」

「ラクティスならばどのような処遇を求める?」

「そうですね……私なら彼には半年間の謹慎処分が妥当かと思われます」

勇者が謹慎処分を受けたなど笑い種にも程がある。

だがそれくらいの処罰が妥当かもしれないと国王は頷いた。


「よし、ラクティスの案を採用しよう。宰相、フラン殿に言伝を頼む。半年間深き森から出る事を禁ずると」


その間は他の勇者を鍛え上げ来るべき時に備えるしかない。

厄介な勇者を召喚したものだと、国王は溜息をついた。




――――――

深き森へと転移した無名はフランに恨めしそうな目を向けた。


「なぜ話している途中で跳ばしたんですか?」

「なぜって、あそこに長居するのはよろしくないと思ってね」

よろしくないというのはなぜなのか。

確かに少し空気が張り詰めているのは感じていた無名であったがその程度だ。


「はぁ、君はもう少し周囲に目と耳を向ける努力をしようか」

「それに何の意味があるんですか?」

「要はね、君があそこで言ってのけた言葉あるでしょ?あれってさ国王とかからすればたかが200人の命で救って貰ったのだから文句を言うなと言っているようにしか見えなかったと思うよ」

事実なのだから仕方がない。

それの何が悪いのか理解できないな。


「いずれ理解出来るようになるよ。さ、訓練の続きと行こうか」

フランは相変わらずの態度だったが、謁見の間にいた者達になんと答えるのが正解だったのかが分からず無名の頭の中はモヤモヤしたままだった。


「師匠なら、どうやって切り抜けましたか?」

「ん?ボクならまず味方に当てないようコントロールするからね。無名君みたいな事にはならないよ」

それは力があるからこそ出来る芸当だ。

無名にもその力があれば迷わず選んでいた。


「もし師匠が僕と同じ程度の力しかなくて、あの方法しか取れなかったらどうしていましたか?」

「そうだねぇ、まあ仲間を頼るかな?」

「仲間?あの足手まといの勇者達ですか?」

「それもあるけど冒険者とかいるじゃない。もっと沢山の人達に声掛けをして貰っていればもっと被害は減らせたと思うよ」

実際そんな余裕はなかった。

いつ騎士団が抑え込んでいる魔物の群れが溢れかえるか分からなかったのだ。

そんな悠長にしている時間はなかった。


「僕のやり方は間違っていましたか?」

「ん~間違いかと言われるとそうでもないかなぁ。実際そのお陰で街は救われたからね。でも納得できる解決策だったかと問われると首を捻らざるを得ないかな」

「そうですか……分かりました。今後の課題とします」

やっぱりゲームみたいに上手くはいかないみたいだ。

ゲームやアニメでは範囲魔法で一気に敵の数を減らしたはいいものの、味方にまで損害を出してしまう事はなかった。

しかしここは現実なんだと今更ながら思い知らされたような気がした無名はため息をついた。


「お?どうやら君の処遇が決まったようだよ」

フランが唐突に指をこめかみ辺りに当てるとそんな事を言い出した。

テレパシー的な魔法だろうか。


「流石に勇者といえどもお咎めなしは騎士団や魔法師団からの反感を買うだろうからって、この深き森から出る事を許さずだってさ」

「それだけですか?」

「もちろん数日じゃなくて半年間ね。謹慎処分ってやつかな。勇者に重い罰則を設ける訳にもいかないから特別待遇だよ」

どのみちあの状況では王城に顔を出しずらいとこだった。

丁度いい処罰だと感じる。

それに半年間は長いがそれだけ訓練に明け暮れる事が出来るという事でもある。

力さえあればあの被害は出なかったんだ。


更なる力を身に着け二度とあの悲劇を招かないよう無名は強く誓った。

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