第6話 少なくない犠牲
フランによって現場へと跳ばされた無名は地面に降り立つと共に両手を広げ戦況を把握する。
魔力が波紋のように広がって行くと戦場を俯瞰的に見る事が出来る魔法だ。
状況はあまりよくはなかった。
街を背に騎士団と魔法師団が大量の魔物を食い止めているのが分かった。
人間の数こそ多いが、魔物はそれを優に上回る数で押し寄せてきている。
範囲魔法の行使が必要となるだろう。
「おい、アンタ!そこで何やってる!?ここは危険だからすぐに避難した方がいいぞ!」
戦況を把握していると背後から声を掛けられ振り向くと冒険者ぽい恰好をした男女がそこにいた。
どうやら冒険者達も到着したようで荒々しい言動と共に魔物の大群へと向かっていく者達が視界に入ってくる。
おおよそ無名を一般人と勘違いしたのだろう。
見た目は何処にでもいる青年の恰好なのだから当然と言えば当然だ。
無名が勇者の一人だなんて知らないだろうから冒険者の勘違いもおかしい事ではない。
「いえ、僕も救援に駆け付けたんです。来たばかりでよく状況を理解していませんが」
「そうだったのか、すまねぇな。じゃあ一緒に行くか。ああ俺はレベル4の冒険者クロウだ。こっちの連れは俺のパーティーで同じくレベル4冒険者、魔法使いのジェシカだ」
冒険者のレベルというものがどの程度の強さかは知らないが、少なくとも一般的な騎士と比べれば強そうであった。
「僕は無名です」
「ムメイ?変わった名前だな。冒険者か?」
「いえ、まあ似たようなものです」
それ以上クロウが聞いて来る事はなかった。
恐らく詮索するのは無粋と考えたのだろう。
門を抜けると街の外は戦場だった。
至る所に魔物の死体が転がっており、所々騎士の死体も転がっている。
「チッ!王国騎士団も結構やられてんな!俺らも加勢するぜ!」
「ちょっと待ちなさいクロウ!
バフ魔法だろう。
ほんのりとクロウの身体を緑色のオーラが纏う。
クロウはかなり脳筋タイプのようだ。
ジェシカはまともそうだったが、よくこんな仲間とパーティーを組めるものだ。
「ムメイ、貴方は?」
「必要ありません。自前のものがありますから」
ジェシカは無名を見てそう言うが、自前の魔法の方がより強固な魔法なのだ。
気持ちだけ貰っておくとする。
ただ、戦場はかなり敵味方が混在している。
無闇に魔法を放てば味方諸共殺してしまうだろう。
それにこの戦場に漂うむせ返るような臭いは好きになれなかった。
血と臓物の臭いというのか、死臭というのか。
さっさと終わらせないと気分が悪くなるなと無名は顔をしかめた。
「
自身の身体を浮き上がらせると戦場を俯瞰的に見れる。
上から見るとなかなか壮観な光景だった。
視界に飛び込んで来るのは至る所で剣を振るう騎士の姿や飛び交う様々な魔法。
さながらゲームのようであった。
「おい!ムメイ!上から攻撃すんのか!?」
地上からクロウの声が聞こえてくる。
空高く浮き上がった僕に問い掛けているようだ。
「範囲魔法を使います。ですのでクロウさんは出来るだけ味方を後方へと下げるよう指示をお願いします」
「お、おう!てかお前魔法使いだったのかよ!」
どう見ても魔法使いだろう。
何しろ武器など手に持っていないのだから。
さて、味方を巻き込む事はこれで避けられる。
それでも多少の犠牲は仕方ない。
魔物だって足を止めてくれるわけではないし、足止め要員には犠牲になってもらう。
無名は両手を広げ魔力を両の掌へと集めていく。
上級魔法を流石にポンポン撃てる程の魔力はまだないからこればかりは仕方がないのだ。
魔力を集めている内にクロウが声を掛けまくり騎士や冒険者を後方へと下げていく。
全員が退くまでは待っていられないが、無名とて無駄な犠牲は好まない。
出来る限りは待つが足止めするにもある程度の人数が必要だろう。
まあしかし街を救えるのだから多少の犠牲は付き物だ。
全てを救うなどと夢物語を語るつもりはない。
他の勇者はまだ到着していないのか何処にも姿は見えなかった。
確か三嶋茜は空の勇者だったはずだが、未だ全員を飛ばせるくらいの魔法は習得していないのだろうか。
だったら怠慢もいいとこだなと心の中で愚痴をこぼす。
やはり彼らと共に行動しなくて良かった。
「ムメイさん!クロウから伝言!半分は撤退させたが全部を下げるにはまだ時間がかかる、だって!」
ジェシカが伝言係をしてくれている。
もう既に5分は経っている。
これ以上の待機は無駄だな。
こっちはさっさと深き森に帰って指南の続きを受けたいんだからと魔法の発動準備に取り掛かった。
「クロウさんにも下がるよう伝えて下さい。これ以上は待てません」
「ちょ、ちょっと待って!まだ味方は沢山前方にいるわ!」
「当たらない事を祈って下さい。ではいきます」
まだ下からウダウダ言って来ているジェシカだが長引けばそれだけ被害は増える一方だ。
ならば少ない犠牲でさっさと魔物を減らした方が国の為ではないか。
「
無名が覚えたばかりの上級魔法を放つ。
暗雲が立ち込めると共に白い雷撃が戦場へと降り注いだ。
各所で爆音と共に落ちると地面は爆ぜる。
それが千本。
さながら戦場は地獄絵図だった。
味方に当てないようコントロールする事も出来るそうだが、まだ流石に無名はそこまでマスターした訳ではない。
大体一か月しか訓練していないのだからそれくらいは大目に見て貰えるだろう。
耳を劈く音が鳴り止むと至る所で煙が上がっていた。
高圧の電撃なのだから地面を焦がした時の煙だろう。
魔物も殆ど息絶えたのか最初の時の十分の一程度にまで数を減らしていた。
地面に降り立つと真っ先に無名の元へと掛けて来る男がいた。
冒険者クロウだ。
必死の形相で近寄って来ると彼は声を大にして叫んだ。
「なぜだ!まだ味方が半分は残っていると言っただろうが!なぜ魔法を放った!?」
「あれ以上は待てませんでした。待ちすぎれば兵は疲弊しいずれ街まで押し寄せる事でしょう。少ない犠牲で魔物の大群を押し止めたのですから文句を言われる筋合いはありませんよ」
「少ない犠牲だと!?騎士団や魔法師団、冒険者だってそうだ。お前の魔法に撃たれて死んだ奴は数えきれないぞ!」
「街が落とされればそれ以上の被害です」
「それは分かっている!……それでも他にやりようがなかったのかよ……」
あれば無名だってそっちを選んでいる。
無かったから今回のような手段を取っただけだった。
「あれだけ広範囲の魔法はジェシカも使えねぇ。そんだけ力があるならもっと他にもやりようはあったはずだ」
「ありませんでした。僕だって無慈悲な手を使った訳ではありません。他に手段があれば迷う事無くそちらを選んでいました」
クロウは項垂れるとジェシカに肩を支えられながら去って行った。
ジェシカも無名を睨み付けていたが、睨まれる覚えはない。
街を救うのに何の犠牲も出さずに終わらせられると本気で思っていたのだろうか。
もしそうだったらあまりにも考えが甘いとしか言いようがない。
他の者からも何か言われると厄介だと思った無名はその場を後にした。
もう魔物の数も少ないのだからそれくらいは対処できるだろう。
――――――
無名が去った数分後勇者一行は戦場へと到着した。
戦場は死屍累々であり、激しい戦いの跡が残っていた。
「これは一体……」
「死体だらけじゃない……」
4人は開いた口が塞がらなかった。
魔物の大群はもうかなり少なくなっているが、騎士や魔法使いの死体は黒焦げで点在している。
「一体何があった!?」
黒峰がすぐ近くにいた冒険者らしき人物に声を掛けると、頭を抱えていた冒険者が顔を上げた。
「……あ?なんだ救援か?」
「ああ、今しがた到着したばかりだ。何があったんだ」
「へッ笑えるぜ。何の変哲もない男が少しばかり前に救援に駆け付けたんだ。そいつは大魔法で魔物の大群を薙ぎ払ってくれたぜ」
「ならどうして味方がこんなに死んでいるんだ?」
「そいつはな、味方ごと範囲魔法で焼き払ったんだよ!」
4人は呆気に取られしばらく立ち竦んだままであった。
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