第5話 歪な勇者
他の勇者と合流したのは初めての実戦から一か月後の事であった。
召喚された時と同様、広間に集められた勇者達は国王陛下からの言葉を待つ。
「訓練は順調のようだな。まだ全て終わった訳ではかもしれんが、手を貸して欲しい」
「もちろん協力は惜しみません。ですが何をすればよいのでしょうか?」
無名を含めた5人の疑問を黒峰が代表して問い掛ける。
召喚された当初よりかは戦える自信が付いたとはいえまだ付け焼刃でしかない彼らに協力を要請するなど一体何があったのか。
「魔物の大発生が起きた。君達は知らんかもしれんが数年から数十年に一度魔物が大発生し人間に襲い掛かる。既に我が国が誇る騎士団と魔法師団には先行してもらっているが、手が足りず冒険者も借り出している状態だ。君達勇者パーティーはすぐに現地へ向かい支援をお願いしたい」
勇者パーティーと一括りにされるのは堪ったものではない。
足手まといと共闘するなど生存確率が下がってしまう。
無名は一歩前へと出ると国王の目を見て口を開いた。
「協力はします。ですが僕は単独で行動させて貰いたいのですが」
「独りでの行動はあまり褒められる行為ではないぞ。理由を教えてくれないかね?」
「足手まといは必要ありません」
無名がそう言うと黒峰がギロッと睨んできた。
そんな顔も出来るのか。
澄ました顔しか見た事がなかった無名は素直に驚いた。
「君は本当に自信家のようだね。そんなにも俺達が弱そうに見えるのか?」
黒峰を上から下まで見下ろすと確かに訓練の効果で出ているように思える。
立ち姿は洗練されており剣聖の手解きを受けた甲斐があったようだ。
しかしこちらは魔女から指南を受けたのだ。
比べるにはあまりに烏滸がましい。
「弱そうに見える、ではなく実際に僕より劣るから言ってるんです。単独行動を認めて貰えなければ僕は協力しません。どうしますか国王陛下?」
「フラン殿の指南がどうだったかは知らんが彼らも十分一人前と言えるくらいには強くなっていると思うがな。……まあいい。そこまで言うなら単独行動を許可しよう。パーティーで一人が足並みを揃えなければ全員が危険だからな」
国王からの許可は貰った。
早速現地に向かいたい所だが、あいにく無名は現地が何処か分からないのだ。
「師匠、いるんでしょう。僕を現地に送って下さい」
無名は広間の片隅に視線を送った。
若干だが空間にひずみがあったのだ。
そんな芸当が出来るのはフランしかいない。
「あら、バレちゃったか。お邪魔してるよクライス」
軽い口調で国王へと話し掛けると無名の傍まで歩いて来た。
「その子達は君と同郷なんでしょ?いいのかなそんな邪険にして」
「構いません。急がないと被害は拡大します。早く送ってください」
こんな所で長話するつもりはない。
王が協力を要請するくらいなのだから、一刻を争う事態なのは明白だ。
「分かった分かった。そう焦らないでもすぐに送るよ。じゃあいってらっしゃい!
突如発生した魔方陣に4人の勇者は後ずさった。
まあこんな魔法、フランくらいの魔法使いでなければ使えないだろうから当然の反応だ。
無名の身体は浮遊感と共に広間から姿を消した。
「いやぁ、ごめんね君達。彼はどうにもちょっと変わっていてね」
フランは邪険な態度を取っていた無名を険しい表情で見ていた4人の勇者へと話し掛けた。
全員粒ぞろいだ。
今回の勇者は優秀な者が多いようでフランも少し笑みが零れる。
「彼も君達を嫌ってる訳ではないんだ。ただ、そうだね、自分にとっての最適解というのかな、それを優先するらしくて他人を思いやる事が出来ないんだ」
「それは……何というか独特な感性を持っているようですね」
黒峰も言葉を選ぶのに頭を使わされた。
目の前の女性、無名が師匠と呼ぶフランは世界最高峰の魔法使いなのだ。
そんなフランが指南している無名をあまり悪く言う事も出来ず、出来るだけ柔らかい言葉を選んでいた。
「歪な子だよ。まあ不器用だけど仲良くしてあげてね」
「はい、もちろんです。彼も俺達と同じ世界の人間ですから」
仲良くは難しそうだがもう少し距離を縮める事くらいは出来るはずだ。
「日本ではどうやって生きてたんだろ?あんなんじゃ友達なんていないだろうね~」
「学校であんなやついたら全員から嫌われてるっすよ茜さん」
大輝も茜も首を捻っている。
あの性格で友達がいるとは考えにくい。
スーツを着ていたという事は社会人なのだから何処かの会社に属していたはず。
社会に出てあれでは人間関係にヒビを入れる事になるだろう。
「まあ今まで大きな問題なく生きてこれたのは何でもそつなくこなせる器用さのお陰だろうね。その代わり人の心が分からない歪な人間になってしまってるけど」
「それは器用っていうんですか……?」
「器用さは間違いないよ。だってボクが教えた戦い方をこの一か月で完璧にマスターしたからね。まだ時間が足りなくて教えきれていない魔法もいっぱいあるけどこの調子なら一年後にはボクを超える魔法使いになってしまうよ」
フランがそう言うと国王は立ち上がった。
目を見開き驚愕した表情だ。
「それは
「びっくりするじゃないかクライス。そうだよ、無名君は確実にボクを超える魔法使いになる。だってたったの一か月で上級魔法まで全てマスターするなんて常人じゃありえないよ」
「上級魔法まで全て、だと!?」
フランの言葉に莉奈と茜も目を見開いて驚いていた。
大輝は苦笑いを浮かべている。
魔法に関しては教えて貰っていない黒峰はピンと来ていないようだったが、他の3人は言葉を失っているようであった。
「そんなに凄い事なのか茜ちゃん」
「黒峰さんは魔法を教えて貰ってないから分からないと思いますけど、有り得ないですよ!アタシだってやっと中級魔法が使えるようになったばかりなのに!」
「私も中級魔法を少しだけ使えるようになったばかりです。上級魔法なんてまだまだ先の話ですよ」
一か月で中級魔法まで覚えているのも十分凄い事なのだが、フランの言葉はそれを軽く上回るものだった。
上級魔法の習得には本来一年かかると言われており、優秀な勇者であれば半年で習得は可能と言われるほどだ。
それを無名は全属性の上級魔法をマスターしている。
フランが自分を超える魔法使いになるといったのもあながち間違いではなかった。
「君達も他の人からすれば十分規格外だけどね。無名君は規格外という言葉だけでは済ませられないね」
「それだけの力があるから俺達を遠ざけるのか?……チームとして動いた方が生存確率だって上がるのに」
黒峰はそんな無名が信じられなかった。
実戦訓練は自分達も経験させられたが、あんな醜悪で恐ろしい魔物を大量に相手にしなければならないのだ。
少しでも味方が多い方が安心もできる。
「まあ恐らく過去に何かあったんじゃないかな?身近な人を信じられなくなった事が。それに大抵の事は自分一人でこなせるとなれば味方はいなくてもいい。そう思ってるんだよ多分」
「勇者らしくないな」
フランはそんな歪な性格をしている無名の事が心配であった。
力があれば味方がいなくとも自分一人で解決出来る。
確かにそうかもしれないが、いずれ自分のように独りぼっちになる可能性が高い。
相談する相手もおらず頼れる人もいない。
今はまだいいが、それも長く続くといずれ精神を病んでしまうだろう。
フランはそれを危惧していた。
勇者が精神的に死んでしまうなんて今までの歴史でもいない。
「事情は分かりました。出来る限りこちらから歩み寄る姿勢を見せてみます」
「本当かい?それは助かるよ黒峰君。じゃあそろそろ行くね」
無名を送ってから既に十分は経過した。
そろそろ見に行ってもいいだろう。
フランは口角を上げニヤッと笑うと広間から姿を消した。
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