第4話 初めての実戦

「陛下、本当に宜しかったのですか?」

王城ではクライスに苦言を溢す宰相の姿があった。

良かったのか、というのは悠久の魔女に依頼した事だ。

世界最高峰の魔法使いはどこの国にも属さない。

ただ対価さえ貰えばどんな依頼でも受けてもらえると有名であった。


「対価に何を求められたと思う?」

「……大量の宝石、ですか?」

宰相は魔女が宝石を好むという話を聞いた事があった。

だから今回も大量の宝石を求めてきたのかと予想していた。



「対価は無し、だ」

「え?そんな筈はないでしょう?あの魔女ですよ?対価を求めず依頼を受けるとは考えにくいのですが」

「クックック、余が昔あの方を助けた事があってな。生涯に一度だけ無償でお願いを聞いてくれると言われていたのを思い出したのだ」

魔女が無償でお願いを聞く。

それがどれほど貴重な機会なのか。

一度たりとも無償で依頼を受けた事がない魔女が、一度だけとはいえ何でも願いを叶えてくれる貴重なチャンスをここで使ってしまったのだ。

宰相は開いた口が塞がらなかった。


「魔国が最近勢力を拡大しているからな。我々の助けとなってくれるというのなら喜んで貴重な魔女への無償の依頼も使う」

「ですが彼はあまりにも勇者に向いていない、のではないでしょうか?」

「確かにな。彼は勇者と言うには少しばかり似合わん。だがああいう手合いの方がこちらとしては頼りやすい」

王に対して書面での契約を求めたのは前代未聞だった。

あろう事かあの剣聖がいる場で無礼を働くなど、見ているこちらがヒヤヒヤさせられたくらいであった。


「変に突っかかってくる勇者よりも操り人形みたいに全肯定する勇者よりも、神無月無名のような勇者らしからぬ物言いをする方が余は好きだな」

「陛下も変わっておられますね……まああの魔女が指南を付けてくれるのですから強力な戦力になる事は間違いないでしょうが……」

宰相は無名の事があまり好かないタイプだと思っていた。

王に対しての態度といい言葉選びといい、勇者なのだからもっと堂々としていて欲しいというのが本音だ。


「他の勇者もなかなかの粒揃いではないか?」

「はい。特に黒峰殿は剣帝の勇者の能力を持っておりますからね」

「それもだが朝日殿の最優の勇者というのも良いぞ」

5人共に王国にとっての最高戦力になる事は間違いなかった。




――――――――

深き森にて訓練を行う無名だったが、フランの指導が適確だったお陰で面白いくらいに吸収していった。


魔力の流れを感じ取り魔法発動までのプロセスも難なくクリアした。

分かりやすく例えるとすれば初めて自転車に乗った時のような感覚である。


この世界で魔法は常識だが、日本人である無名にはその常識はない。

本来ならもっと苦戦する所だが、器用さは伊達ではなかった。



「いやぁ教え甲斐があるってもんだよ無名君。こんなに早く魔法の扱いをマスター出来るなんてね」

「まあ慣れればこんなものでしょう。もっと洗練する必要はあるかと思いますが今はとにかく早く自身の能力を完全に把握したいので」

無名は既に初級と呼ばれる魔法はマスターしていた。

だが初級程度では魔国を相手にする事は難しい。

せめて中級魔法を完全に習得しなければならないが、一朝一夕では身に付かない事くらいは理解できる。


それにしても不思議な感覚だった。

何もない所から火や水を出す原理は何なのだろうか。

物理法則などお構いなしのこの世界では、無から有を生み出せる。

それがどれだけ凄い事か。


「じゃあ次は実戦といこうか!」

「実戦、ですか。自慢ではないですが僕は生き物を直接この手で殺した事はありません」

「習うより慣れろってやつだね!この深き森には魔物がいっぱいいるからね〜。小屋周りには結界が張ってあるから近付けないけど、結界の外に出ればわんさかいるよ」

魔物という単語は現実では聞くことがない。

本当にゲームやアニメの世界だなと無名は少しだけワクワクしていた。



結界の外に一歩出ると異様な気配が漂っていた。

一応フランは付き添いで来てくれているが、ここに1人残されたらと思うと無名は少し背筋が寒くなった。


「あ、来たよ。あれ倒そうか」

「あれって……熊?」

「何それ?あれはブラックベアだよ」

(黒い熊じゃないか。そのまんま過ぎてもう少し捻って欲しい)


図体も大きく涎を垂らしながらノシノシとこちらへと歩いて来ていた。

威圧感は普通の熊の比ではない。

流石に並大抵の事には動じない無名も若干顔が引き攣っていた。


「冗談じゃない……あんなのをこんなチンケな魔法で倒せるものか!」

「いやぁそれが上手くやれば出来るんだよ。魔物の弱点は核なんだ。ブラックベアの場合だと丁度心臓の位置にあるから頑張って狙ってね」

3メートル近い魔物を前にそんな悠長な事は出来るはずもない。

声を荒げたかったが襲い来る魔物を前にしてそんな余裕はなかった。


「クソッ!雷光一閃ライトニング!」

心臓目掛けて放たれた雷は動揺したせいで狙いは大きく外れ肩付近に直撃した。

痛みによるものかブラックベアは咆哮を上げる。


ブラックベアは目を血走らせ無名を睨み付けると全力で駆け出した。

鋭利な爪に大きな腕。

直撃すればひとたまりもない。


後方に大きく跳ぶと次の魔法を放つ為魔力を掌へと集める。

ブラックベアは渾身の一撃を躱されたせいか激怒しているようであった。


「これならどうだ!火炎弾ファイアーボール!」

バスケットボール大の火球が顔面に当たると焦げた臭いが充満していく。

毛皮が燃える臭いなのかむせ返る臭さだ。


だが致命傷ではないようでブラックベアの目は殺意が籠もっていた。


「あーあー怒らせちゃったね〜。早く倒さないと次の魔物が来ちゃうよ」

「分かってますよ!風の刃エアカッター!」

威力があれば腕の1本くらい切り落とせたかもしれないがまだ威力は低く、血が出る程度のダメージしか入れられなかった。


何度目か分からない回避行動の末、いよいよ無名の体力もキツくなってきた。


魔物の核を狙うのはかなり難しい。

立ち止まったままであればまだ可能性はあるが、攻撃を躱し動き回る魔物の核を狙うのは熟練した腕がいる。

かといってこのまま回避し続けていてもいつかは足が止まる。


ブラックベアの動きをほんの少しでも止める事が出来れば……。


踊る石礫ロックダンス!」

顔を中心に数多の石礫がブラックベアを襲った。

どれだけ頑丈な魔物でも目は柔らかい。

本能なのか咄嗟に腕で顔を覆ったブラックベアは遂に足を止めた。


「足を止めたな――雷光一閃ライトニング!」

核目掛けて放たれた電撃はブレる事なく着弾した。

動きさえ封じてしまえば狙いを定める事など容易であった。



核を穿たれたブラックベアは苦悶の表情と共に大きな音を立てて倒れた。

魔物という存在は倒されたとてすぐに消えてしまう事はなく、ある程度肉体はそのままだそうだ。

だから魔物を素材とした装備などが出回っている。



「凄いすごーい!初めての実戦とは思えないよ!」

フランが両手を叩いて喜んでいるがこっちは疲弊しており一緒に喜べる元気はなかった。


とはいえ初の魔物討伐だ。

それなりに嬉しさはある。

無名が少しだけ顔を綻ばせるとフランは肩に手を置いた。


「さ、次もがんばろっか!」

「え?」

フランが指差す方向には別のブラックベアが近づいて来るのが見えていた。

連戦出来る余裕などない。

そう声を上げたかったがフランはまた空に浮き上がると、観察するスタンスを取っていた。


うかうかしていれば殺される。

無理やり足を動かし立ち上がるとブラックベアに対峙した。


「二連続での戦闘はキツイけど……火炎弾ファイアーボール!」

火球は外れる事なくブラックベアに命中する。

先程と同じだ。

怒りを露わにしたブラックベアがこちらへと駆け出した。



その後の記憶はない。

確か6体目のブラックベアと戦った所までは覚えているが、無名は気絶した。

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