後編 かまくらを作った後の話

「……起きたかよ、創実。自分が何で寝てるのか、覚えてるか?」

「……地球が……、救われたから?」

「よーし、いつも通りに寝ぼけてるなら大丈夫だな。三日も寝込みやがって」

 創実の額からぬるくなったタオルをとって、飛鳥はコンビニ袋に入れた。それを見て上半身を起こした創実は辺りを見回す。

「……あれ、自分の部屋だ。フォルモチィアの扉は閉じたの? 最後の封印をしたから、もう行き来ができなくなったの?」

「そうそう、とじたとじた、できないできない。それでいいから、熱を測るからじっとしてろよ」

 妄想を雑にあしらって、飛鳥は創実の熱を測る。非接触体温計で三回測り、全部三十八℃は超えなかった。

 峠は越えたようだ。

 そう飛鳥が考えている間に、創実も段々と記憶が戻ってきた。

 呼んだ覚えは無いのに、飛鳥が何で自分の部屋にいるのだろうか。飛鳥が自分の部屋に無断で入っていいのは、遅刻しそうな時だけなのに。

「……冬休みだから学校は行かなくていいのに、何で飛鳥がここにいるの? 夜這い?」

「まだ昼過ぎだから夜這いじゃないな。あと創実は病人だから、昼でも夜でもしないから、夜這いなんて。夜這いしてほしかったらまた寝て、熱が平熱になってからな」

 そう言って創実を無理やり寝かせると、飛鳥は布団の上に毛布を三枚置いて起き上がらないようにした。

「……あつ~い、熱が出そう」

「出そうじゃなくて、あるんだよ、熱は、三日前から、ずっと。……で、何をして熱が出たのかは、どこまで覚えてる?」

「……?」

 そう聞かれて、創実はようやく自分の状況を理解した。

 段々と思いだしてきた創実は布団が重いので顔だけを横に向けて、まず最初に言った言葉が。

「かまくらは! 衣都実はちゃんと見た!」

「このシスコンは、まずそれか……。ちゃんと作って見せたし、動画も撮ってるよ。後で見ていいから、その前に自分が色んな人に迷惑をかけた事をを自覚しろ、このバカ」

 その叱る声に創実は、逃げるように顔を反対側の壁に向けた。そうすると妹以外にも、何があったのかを少しずつ思い出してきた。

 終業式の日は予定通りに宿題が終わると、二人で改めてかまくらの作り方をネットで調べた。雪を集めて固めて、また集めて固めて、まずは延々とそれを繰り返すらしい。

 固めなかったら穴を掘っても上が落ちるらしいが、それはそうだと二人は納得した事は覚えていた。

 二日かかるらしいので、初日は朝から集めまくって固めまくった。何でも一日置いて、重さでも固めるらしい。

 それにしても初日は大変だった。最初は二人で集めたが、途中からは飛鳥は集めるだけにして、創実が固め続けた。全身で固めたせいで体が熱くなり、上着を脱いでも汗が出たのを覚えている。

 朝から夕方まで遊びながらやったおかげで、二日目には穴を掘るだけになった。

 だから創実は、二日目は朝早くから一人でやろうと思ったのだ。衣都実に早く見せたいと思ったのと、働いたのが一日分なら、奢るのは約束の半分になると思ったから。

 だから朝早くから起き出して、暗いうちから作業を始めた。集めた雪は固まっていたので、落ちないかと気をつけながら穴を掘った。

 途中で暑くなり上着を脱いで、それから……。

「まさか、穴を掘っていた最中にかまくらが潰れて、埋まったとか……。まさか実は、もう死んでるとか!?」

「じゃあお前は誰なんだよ。途中までは合ってるけどな」

 思い出しながら喋っていた創実の後ろ頭に、飛鳥は呆れた声を上げた。

 しかしそう言われても創実は不安そうに反論する。

「だって思い出せないから。……きっと死んだ前後は記憶があいまいになって、覚えられなかったから……」

「まだ熱があるその体は、じゃあ何だって話だよ。……死ぬほど驚いたんだからな。かまくらの仕上げをしようと思って庭に行ったら、長袖一枚の創実が倒れてたんだからな」

 その声に顔の向きを変えた創実は、そっぽを向いた飛鳥を見た。飛鳥も不安だったのだろうか。そう思い創実はよっこいしょと起き上がると、飛鳥の頭を撫でた。

「ごめん、覚えてないけどきっと、迷惑をかけたんだね」

「……俺だけじゃない。大急ぎでおばさんとおじさんを呼んで、お前を病院に連れて行くからって衣都実は家で預かって、せめて遺言は守ろうと思って、安須知に手伝わせてかまくらは作って、衣都実に見せて、動画に撮って、創実は家に帰っても意識が有るんだか無いんだかわからないし……、熱が落ち着くまで会えなくて、三日ぶりにやっと会えたし……」

 安須知は小学三年生である。生意気盛りな年頃で、本当はやりたくなかった。これは創実は知らないが、泣きそうな顔で手伝えと言われたら、弟には逆らう事は出来なかったのだ。

「それじゃあ、おじさんとおばさんにも謝らないと行けないんだね」

 そう言いながら頭を撫でる創実と、まだ下を向いてたりないと言っているような飛鳥。

 暫くそうしていると飛鳥は急に前を向いて、創実をじっと見つめる。

 何を言うのだろうか、創実が待ってるとただ一言。

「……くさい……」

「え?」

 創実はそれ以外の何かを言う前に、上半身を脱がされた。



「……酷い、もうお嫁に行けない……」

「行く気だったのか……。貰ってやるから、安心しろ。それにしても、倒れてた時も汗で濡れてたんだし、寝てる時は意識が無いから着替えてないし、そりゃ臭くて当然か」」

「……けだものぉ……」

 そんなジョークを交わしながら飛鳥は大量の濡れタオルをコンビニ袋に押し込んで、創実は上半身を新しい下着とパジャマに着替えた。

「下はどうする?」

「そっちは本気でやめて」

 声が本気だったので、飛鳥はそれ以上は何もしなかった。代わりにからかうような口調で口を開いた。

「昔は一緒に風呂に入った事もあるんだから、気にしなくていいのに」

「気にするからね、普通はさぁ。……もうすぐ中学生何だから、本当はこういうのも駄目だと思うよ?」

 そう言って創実は非難したが、飛鳥はそれは無視して別の事を口に下。

「中学生か……。同じクラスになれたらいいな」

「……そうだね」

 カーテンを開けながら飛鳥がそう言うと、釣れらて創実も外を見た。

 まだ雪は積もっている、記録的な大雪と言うのは本当だったのか。

 かまくらはまだ庭に置いているのだろうか?

「六年間、ずっと一緒だったな」

「そうだね」

 聞こうとしたが、創実は止めた。小学校最後の共同作業は、また別の事をすればいいから。

「……中学生になったら、帰りに手をつなぐのも、一緒に帰るのもおかしいよな」

「…………そうだね」

 それっきり、二人は外を眺めたまま無言になった。保育園からの付き合いの二人は、無言のままで何時間でもいられる。

 しかし今日は何故か急に気まずくなり、濡れタオルが入ったコンビニ袋を持って飛鳥は立ち上がった。

「さすがに下は居たらまずいよな。おじさんに言って帰るから、ちゃんと寝て早く治せよ!」

 そう言って立ち去ろうとする飛鳥の背中に、創実が謝った。

「ごめん、一緒に映画に行けなくて。治ったら映画でも何でも奢るから」

「期待しないで待ってるよ。後、衣都実の動画はもう送ってるから後で確認しろよ。かわいいぞ~」

 そう言われてお礼を言うと、ついでとばかりに創実は飛鳥を見たまま口を開く。

「それと、さっきも言ったけどもうすぐ中学生だから、言い方は直した方がいいと思うよ?」

「……それはどういう意味だよ……?」

 その言葉に飛鳥は振り向いて、睨むように創実の顔に近付いた。いつもならこうすると創実は逃げるのだが、今日は何故か逃げなかった。

「だからさ、中学生になったらスカートを着るんだし、飛鳥も男に似た言い方は止めた方がいいと思うよ」

「……そう言うなら創実だって、男なんだから男らしい言い方をしろよ。……女がズボンでも男がスカートをはいても、自由なんだよ中学校は」

 そう言ったが創実は納得してないようだ。目だけは少し下を向けてぶつぶつと呟く。

「そうだけどさぁ、他の人達に何を言われるか分からないしさぁ……」

 そう言って止めないので、怒った飛鳥は創実の口を口で塞いだ。

 二人は幼なじみだが、これをした事は一度もない。お互いに頬や額にした事はあったかもしてないが、唇どうしでやった事は一度もない。

「……!」

 だからこれは、二人のファーストキスだった。

「……!」

 塞がれた創実は慌てて逃げようとするが、飛鳥は両手で動けないようにして、逃がさない。」

 やがて諦めたのか創実は動きを止めると、瞳を閉じて手で飛鳥の肩を掴んだ。

 暫くして満足したのか飛鳥は唇を離すと、後ろを向いて顔を隠して宣言する。

「お。お前が悪いんだからな! お前が男だから男らしい事をしたら、俺は女だから女らしい事をするからな。……お前が悪いんだからな、お前が前から男らしくやってたら……。男なら、勇気を出せよな! 今まで出していない、お前が全部悪いんだからな、がんばれよな!」

 そう言って返事は聞かず、飛鳥は部屋から出ようとする。

「が、がんばる……」

 その声に、飛鳥は返事をしなかった。

 残された創実は下半身を着がえると、コンビニ袋に入れ、ベットに入って眠ろうとした。

 暫くして父親が着替え終わったかと言いながら部屋に入り、コンビニ袋を取った。ついでにと息子の顔を見るとベッドには赤い創実がそこにいて、熱を測ると、四十度近くあった。



 これより後は余談だが、結局小学校を卒業しても創実はがんばったが、勇気は出なかった。

 しかし中学校に入ると二人は違うクラスになり、初めて一緒に帰らなくなると、その日の夜に創実は勇気を出したのだった。

 次の日には飛鳥の口調は変わったが、初めて同じにクラスになる人が多かったので、気にしたのは少数だった。

 そして飛鳥と創実は理由が無い限りは中学三年間ずっと、違う高校に行っても大学に行っても就職しても、子供が産まれるまで二人で外に出る時は、手をつないでいるのであった。

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【短編】かまくらを作った少女は顔が赤くなる 直三二郭 @2kaku

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