【短編】かまくらを作った少女は顔が赤くなる

直三二郭

前編 かまくらを作る前の話

「創実、帰らないのか?」

 二学期の終業式が終わったので飛鳥はいつもの様に声をかけたのだが、何故か創実はいつもと違い、まだ帰り支度を全然していない。

 いつもなら妹に会うために、三十秒で準備するのだが。

 明日から冬休みで、教室から持って帰らなきゃいけない物はもう無いはずだ。何しろ創実の親に頼まれて、毎日言って持って帰らせたのだから。

 こいつはいつも学校に必要無い物ばかり持って来ては、教室にそのままにしていた。毎学期の終わりになると、教室のどこに置いていたんだと言いたくなる量を持ち帰らなければならないのだが、飛鳥がそれに付き合わされてしまうのは毎学年、毎学期の事だった。

 二学期は絶対に一緒に持って帰らないと言ったが、それでも創実は持って帰ろうとしなかった。仕方なく創実の両親に言いつけて、そしたら両親から頼まれて、三人がかりで毎日言ってようやく少しずつ持って帰るようになったのだ。

 手伝う義理は無いのに見ているとつい手伝ってしまって、毎学期の帰りは二人で荷物を運んでいたのだ。

 しかし今学期は初めて、小学生になってから初めて、もう持って帰る物は無いのだ。それなのにまだ帰らないという事は、まさかまだどこかに隠していたのだろうか。

「飛鳥、かまくら作ろう!」

 喜ばしい事なのだろうか、飛鳥の予想は外れてた。しかし代わりに、創実は変な事を言い出した。

「……俺が帰ろうって言ったら、お前はかまくら作ろうと言いました。俺達が使っている言葉は実は違ったのか? 俺は日本語だけど、お前は創実語で喋ってたのか?」

 外を見ながら言った創弥は、飛鳥にそう言われてもずっと空を見たままだ。空は曇りで、小さな雪が降っている。昨日の夜から降っていて、まだ止んではいなかった。

 全く返事が無く、聞こえなかったのかと考えそうになってようやく創実が振り向いて。

「……かまくら作るの、嫌?」

「だからまず、会話をしてくれよ。帰りながら聞くから、さっさと帰ろう。歩きながら何でかまくらを作るのか説明してくれ」

「……確かに、学校で作るより家の庭で作った方がいいかもね。帰ろ、飛鳥」

 そう言って、にっこりと笑う創実。それを見た飛鳥は。

「はたきたい、この笑顔」

 そして二人はクラスメートに挨拶しながら、六年二組の教室を出た。

 保育園からいつも通り、二人は手をつないで。




「衣都実が言ったんだよ、本物のかまくらが見たいって!」

「……何だ、いつものシスコンか……」

 飛鳥と創実は、保育園からの付き合いである。

 保育園で仲良くなり、本当に偶然だが、お互いの親が一戸建ての家を作ったら隣同士だった。それからは隣同士の幼なじみとして、家族は隣同士として、適度に仲良く暮らしている。

 創実の下には衣都実と言う名前の妹が、ついでに飛鳥の下には安須知と言う名の弟がいるが、時折、もしくは頻繁に、子供同士で遊んでいた。

 創実が言ったのはまだ保育園の衣都実の、無邪気なお願いだったのだろう。

 問題は創実はいつも全力でそれを叶えようとして、飛鳥は、時には安須知も、手伝わされてしまうのだった。

「妹に衣都実が居たら、シスコンにならない人間はいないから! きっとアカデミックレコードにもそう乗ってるから!」

「アカシックレコード、な。見た事ないけどそんなどうでもいい事まで載ってるのか、凄いなアカシックレコード、今度探して書き直そうぜ」

「アカシックレコードなんてどうでもいいから! 大事なのはかまくらだから!」

「最初に言ったのはお前だけどな」

 学校の帰り道、二人はまだ手をつないだままで歩きながら、そんな事を話していた。

 衣都実は六歳で、創実は十二歳だ。衣都実が小学校に入ると当たり前だが、創実は中学生になる。つまり一緒の学校に通う事は無い、それに気付いた四年生の時の創実は泣いて、飛鳥は呆れた。

「最初はかまくらは学校で作って、一回でも一緒に学校に行こうって思ってたんだけど……。よく考えたら駄目だよね、勝手に学校に入ってかまくら作ったら。だから家で作るから。……ね?」

「……俺にも作れって言ってるんだな、かまくらを。作った事ないけど、そもそも作れるのか? 少しは積もってるけど、雪は溶けてきてるし」

「大丈夫、夕方からまた降ってきて、明日から暫くは珍しく記録的な大雪になるらしいしから」

 そう言われて飛鳥は空を見た。確かに今は曇りだが、歩いている間に雪は止んでいた。

 だから教室での創実は、窓の向こうをずっと見ていたのか。

「……降るのか、本当に……」

「ネットはそうだし、朝のテレビの天気予報もそうだから。ねぇ、作ろうよかまくら。明日作れば明後日には完成するはずだから」

「……明日と明後日? 俺の冬休みの二日分を創実の為に使えって言うのか?」

「? ……どうせ飛鳥とはいつも一緒だし。小学校最後の冬休みだし、かまくらを作る日があってもいいと思わない?」

「宿題やれよ。確かにどっちかの家で一緒にやるから、一緒に居ると思うけどさ」

「じゃあ宿題やるから、かまくらも作ろう! 二日かまくら作るのを手伝ってくれたら、宿題もちゃんとするからさぁ」

 良い考えだ、そうしよう。笑っている創実の顔がそう言っていた。

 宿題は一度に終わらせる必要はない。先にある程度やったらと言えば、今年はスムーズに終わらせることができるだろう。

 二日付き合えば、創実の宿題が終わる。そうしたら先生に怒られる事は無いだろう。

 ……何で創実の宿題が終わらなかったら、飛鳥が先生から怒られるのは理不尽極まりないのだが。

 飛鳥は創実の保護者ではないのだ。しかし創実が何かをしようとするたびに、飛鳥はついつい手伝ってしまう。どうしても保育園からの癖で、やってしまうのだ。

 だから創実のこの顔には逆らえそうにないなら、どうせ手伝うのならと飛鳥は報酬を要求した。

「かまくらを作るの手伝うから、冬休みに映画に行こうって言ってたそれ、創実の奢りな」

「え~、かまくら作るのはタダなのに、何で映画代がこっちもなの?」

「決まってるだろ、あれだよ……、賃金だよ。働かせたからには、給料が必要何だよ」

「あ~、確かに社会で習った気がする。……じゃあ、かまくら作る会社の、社長と社員?」

「作るには書類とか、色々書くって言われた気がするけど。……じゃあ後は残業代に、ジュースと食べ物も追加だ」

「残業代って何で。それに高いよ、映画館の食べ物は高いんだから」

「残業代ってのはあれだよ、夕方の後も働いたら貰えるんだよ。お父さんもお母さんもそうだろ」

「……そうかもしれないけどさぁ……」

「じゃあ決まりな。……後、確かに映画館は高いから、見終わったらどこかで食べようぜ。あ、パンフレットは自分で買うから安心しろよ」

 その要求を飲んだのだろう、創実は答える代わりにため息をついて、懐の事情をぼやく。

「お小遣いが無くなる~。飛鳥はいつもたくさん食べるんだから」

「お互い成長期だから、たくさん食べてたくさん育つんだよ。まあおやつ程度で我慢するし、もうすぐお年玉が入ってくるんだから、いいだろ別に」

「そうだけどさぁ……」

 おやつと言ったが、どれぐらい食べるのだろうか。

 そう思って肩を落とした創実。飛鳥はそれを見ずに何を食べようかと考えている。

「やっぱ安くてたくさん食べれる所が良いよな。やっぱ商店街のお好み焼き屋に行こうぜ。小三枚でいいや」

「もう何でもいいけど、かまくらを作るのは絶対に忘れないでね」

「忘れない忘れない。じゃあまだ雪は積もってないから、先に宿題済ませようぜ。帰って着がえたら宿題とココア持ってそっちに行くから、お湯の準備しとけよ」

 そう言って、飛鳥は創実の手を離した。少し離れた手を見つめたが、すぐに創実は手を上げて。

「分かった。お昼とお菓子は準備しておくから、早く来てね」

 そう言って、二人は着いたので一旦自分の家へと入った。

 まだ両家とも両親は仕事なので、家には誰もいない。だから通信簿を見せる事はまだ気にしなくていいし、そもそも二人はかなり良い。

 妹は保育園だし、弟は学童保育に行ってる。二人も学童保育に行く事はできるのだが、二人いるなら学童保育に行かなくてもいいと言って、二人は親を説得したのだ。

 なお、勉強するから弟がいても相手ができないと言って、安須知は今も友達と仲良く遊んでいる。

 後になって創実は、宿題をやってて良かったと思う。

 一人でかまくらを作っている最中に、熱を出して倒れてしまったのだから。

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