誘い水

釣ール

詳しくはないけど

 生きる上での最低限さいていげんか。

 今は歳上としうえがネガティブな発言を上手くコンテンツにすれば共感されて金も手に入る嫌な時代だと教わった。


 俺にそんな愚痴ぐちを教えてくれた人も〝先輩せんぱい〟だったからあまりうのみにしていない。


 それはそれとしてひまだったから久しぶりに読書してみたけど中古でも本って高いと感じる。

 資本主義しほんしゅぎ相性あいしょうのいい娯楽ごらくってないのかな。


 読んだ本の感想はそれだけだった。

 かさばるのが苦手だからかずっと食べて運動している人生。


 別に何かやらないといけないわけじゃない。

 でも少し楽しみをふやしてみたい。


 俺が何をやっているかは誰にも話せない。

 現代は言語化が必要らしいと聞いたからしかたなく練習として誰かに読んでもらう前提ぜんてい出来できごとを日記がてら書いてみる。


 誰かに見せる前提ぜんていなら日記は書けない気がするけどそこはおおめに見るしかない。

 さっき読んですぐ忘れた本の物語を参考さんこうにやってみるか。


 誤解ごかいがないように話すと読んだ本は手元に残したい内容だった。

 個人的に本を読みなれていなくて小難こむずかしい物語か啓発けいはつなんたらを読んだ記憶しかなくて文字をおうと目がすぐ疲れる。


「面白さ求めてないし専門的な知識を勉強したいわけじゃないからもう少し伝わりやすい表現ひょうげんで書いてくれないかなあ。いや、プロにそんなことたのむのはクレームでしかないか」


 嗜好品しこうひんってどうしても何かを求めてしまう。

 怖くて上手く楽しめる自信がない。


 かといって生きる目的て趣味を探すのって変な話だと思う。

 だったら労働ろうどうとか人間関係の見直しをちゃんとやってほしい。

 無理だって頭のかたすみに少しでもあると変にひねくれて落ち着かないから。


 秘密の多いくらしをしているとストレス社会で生きていく上でかべにぶちあたってばかり。


 人混ひとごみをぬけて依頼いらいがあった目的地もくてきちへついた。


 読んでいる人にとってはいきなりの出来できごとだから説明すると『人に言えない尻拭しりぬぐいをたのまれる仕事』をさせられている。


 あとはどうやって伝えたらいいんだろう。

 やることが多くて迷う時代だよ。

 ほとんどが強制きょうせいされてばかりだからなおさら。



*


 今回の依頼いらいは身体を動かす必要があった。


 SNSの非公開アカウントを使って集めた人たちを利用し金をまきあげたり、せっかく集まった人たちに暴力ぼうりょくをふるったり暴言ぼうげんをはいたりとストレス発散はっさんのしかたが聞いていてき気しかなく、それでいて一歩まちがえれば俺もやってしまいそうな『胸糞むなくその悪い』相手を弱らせて欲しいって内容。


 さすがに自宅でやっていたわけじゃなく、実行犯じっこうはんは住所を変えながら洗脳せんのうした人たちを攻撃しているとか。


 今どきそんな隠れ方なんて現実的じゃないと信じたい。

 なんというか実行犯じっこうはん実行犯じっこうはんで考えて人生をすごしているのかもしれない。

 ほめてない。


 依頼人いらいにんから悲痛なさけびを聞いたからには俺も実行犯じっこうはんを許していない。


『今の日本人は余裕をなくしています。自分さえよければいい。それは私たちも同じことでした。くしてわかる大切さを実感しないと行動できない現実がどれほどにくいか! 私たちのエゴなのは分かっています。どうしても借りたかった……』


 だからこそちゃんと実行犯じっこうはんは弱らせないと。


 俺が言うのも良くないけど、めぐまれたものが何をしても許される世界で生きるなんて恐怖でしかない。



*



 実行犯じっこうはんの隠れ家が人どおりの少ない暗くてせまい場所なんてベタすぎる。


 現代でもこんな場所に住む人間は少ないのだろうか。


 いや、なんか変な予感がする。

 端末たんまつを操作して確認しようとした瞬間にほほを何かがかすめ少し血が流れた。


「何か装置があったか!」


 おそらく警告けいこくのために用意したトラップをふんだのかもしれない。


 いや、そんなはずは……。


「へえ。ちゃんと血が流れるんだ。水人間みずにんげんさん」


 こんなあからさまな場所で。

 俺も情報を調べてうたがっていたがもしものことを考えて潜入せんにゅうしていた。


「血は流れた。だけどさっきの攻撃じゃすり傷にもなっていない」


 水人間みずにんげん

 またの名を路地裏水面走ろじうらみなもばしり。


 さっきの血は水分となって俺の皮膚を元にもどす。

 ここは水対策みずたいさく徹底てっていされている。


 見張りも誰もいないなんてありえるはずがない。

 たったひとりで俺を相手にできるのは相当な自信があるからだ。


「下水管でもなぐってみるか? そんなことしたらお前のイケメンフェイスも服も大変なことになっちまうけどなあ!!」


 油断ゆだんしているかは分からない。

 ただ今、実行犯じっこうはんに近づけば俺が死ぬ。


 隠された土や塩のにおいが俺には分かる。

 こちらの情報もつつぬけか。


 俺は水筒すいとうに入っている水を飲んで身体を液状化えきじょうかさせる。


「へえ本当に水へ変身できるのか。それで近づけると思っているのか?」


 土をぶつけられてよけ、できるだけ水分がある場所をさがした。


「水ってあつかいにくいんだよねえ。水分なんてこの都会じゃ砂漠と変わらねえし」


 たしかに。

 実行犯にひとつだけ賛同さんどうするのなら。

 砂漠とちがって都会は水に恵まれている方だと知っているはずなら。


 俺は紙でできたカードを実行犯のほほへなげた。


「なんだこれ? 金になるかと思ってひろえば光ってもいないトレカかよ。低レアリティじゃ売れさえしねえ。まさか趣味だったりするのか?」


 そこには誰もいない。


「お前の水分を少しもらう。下水より気持ちが悪いけどさ」


 あとせっかくだからあおりにのってみるとするか。


 使


 実行犯のすきをつき、土と塩をけって捨てさせ周りの建物を水流カッターできりきざんだ。


「スプリンクラーの水か下水かなんなのか分からない水分ばっかりだけど。俺は汚れと戦闘に必要可能な水分を分けることができる。残念だけどこれだけあれば顔も服も無事なんだ」


 フィクションみたいに水のないところから簡単に水を出すのはむずかしい力だけど依頼人いらいにんのためなら死にかけることも覚悟の上だ。


 何発かなぐって気絶させ、水のおりで捕まえる。


 これでミッションはクリアだ。

 あとは依頼人いらいにんに連絡して処理しょりするだけ。



*


 依頼人いらいにんには涙をながされ、実行犯じっこうはんをどうするかをたくした。


 だからこれから実行犯じっこうはんは自分がしてきたことを悔やむまもなく生き地獄を味わうことになるだろうねえ。


「トレカか。水分をほぼふくまない紙も使っているなんて」


 それでも多少ぬれてもなげつけるには便利な代物しろものだ。


 イラストもこってるし趣味で集めても悪くないか。

 他にも水分をうまく吸えて使えるグッズをさがそう。


「次の依頼にそなえるために」



【了】

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