どこからおかしくなったのか

紙白

座談会

どこからおかしくなったのか。僕は始めから思い返す。


 僕は、同じサークルの雄也に誘われて夏休みに座談会と称した百物語会に行くことになった。僕らが所属しているのは落語研究会だが、実質の飲みサーである。今回の座談会も活動報告をしないといけないから渋々開催されたものだと知っている。それに百物語と言っても本気のものではない。「バ先の先輩が怖かったー」とか如何にも嘘っぱちな体験談なものばかり。全く情緒のかけらもない。

 僕は本当に落研で落語をやりたくて入ったのに実態はこんなていたらくの飲みサーだとは知らなかった。しかし、辞めても他に行きたいところもないし、やめる度胸もないので何となくずっと残っている。


 この会、初めは乗り気ではなかったが、いっそここで本気の怪談でもかましてびびらせてやろうと思い立った。一度スイッチが入れば最後まで手を抜けない性格なため、その日に向けて台本の推敲に演技練習を重ねた。題材は、現代版お菊の皿。元の話とは少し違うが、夫の時計を妻が一つ壊してしまいカッとなった夫が妻を殺してしまって以来夫の耳元で妻が時計の本数を数えるという話。チープなオマージュだが、奴らにはこれくらいわかりやすい方がウケるだろう。

 そうこうしているうちに大学は夏休みに入った。あっという間に座談会の日になりサークルのクラスラインに載せられた住所に行ってみると、そこには如何にもな雰囲気の古民家が佇んでいた。こんなただの大学生の会のためによく借りたな。と呆れと感心が混じったため息をつき、玄関の引き戸を開ける。既にかなりの人数が揃っているようで、靴が散乱していた。中から「遅いぞー!」「やっときた」という声がいくつも飛び交い、声色から出来上がっている面々も少なくないことが分かる。こりゃ今回もただの飲み会だなと部屋に入ると意外なことにまだ4〜5人しかいなかった。

 「あれ?他の人たちは?」

と尋ねると、雄也は

 「何言ってんだ。みんな揃ってるぞ。お前が最後!」

酒を片手に僕に文句を言ってくる。こんなにうちのサークル少なかったか?いつもの飲み会でも大体10人以上は見かけるのに。なんとなく違和感を抱えたまま座談会はぬるりと始まった。

 「んじゃ、あたしからね」

 そう言うのは部長を勝手に名乗っている前田風子だ。僕はこの人があんまり好きではない。話す内容が大体男の話か、愚痴のどちらかだからだ。聞いていて何も面白くない。渋い顔をして待っていると案の定

 「あたしの彼氏がさあ〜」

という前置きから始まった。それ見たことか。それ以降の話はどうでもよかったので机の上のつまみをぽつぽつ食べ続ける。皿のつまみが三分の一ほど減ったところで、

 「次、だれ行きますかあ〜?」

と酒に酔った甘ったるい前田の声が聞こえた。ようやくつまらない話が終わったのか。横に座っていた雄也が、

 「俺、行きまーす!」

と勢いよく手をあげ、壇上に登って行くのをぼけっとしながら眺める。そういえば雄也がこういう場で話すのは見たことがないな。あいつ、どんな話をするんだろうか。壇上にあがった雄也はいつもとはなんとなく違う顔つきで話し始めた。

 「これは知人から聞いた話なんすけど、とあるカップルが有名な心霊スポットに車で遊びに行ったんです。」

ああ、よくある出だしだな。と少し落胆する。壇上に見えた顔つきがいつもより神妙に見えたので少しは面白い話かと思ったが、神妙な顔つきは気のせいだったようだ。

3割ほど話を耳に入れながら、再び目の前のつまみに意識を向ける。深夜のラジオのように耳をすり抜けていく話はやっぱりよくあるやつで、オチも知っているものだった。雄也の話がオチに差し掛かるとさらにつまみに意識を向ける。

「…彼女の様子がどうもおかしいんです。なんだかヘラヘラ笑っていて不気味に見えたんです。すると突然…」


パンッ


部屋の中に破裂音が響いた。驚いて壇上の方をみると雄也が拍手をし始めた。

パチパチパチパチ…

部屋に響く1人の拍手にみんな息を呑む。僕もこいつ、とうとうおかしくなったかと雄也の方を見る。

雄也はニヤリと笑うと目を見開き大きな声で

「彼女は手のひらと手のひらを合わせて拍手のように叩き始めたのです!!」

と言い放った。

 テンションをオチのために上げに上げた雄也の頬は紅潮し、決まったと言わんばかりに得意げな顔をしている。しばらくの沈黙が続く。僕は戸惑った。何を言っているんだ、拍手は手のひらを合わせてするもんだろうと。しかし、部員が次々と悲鳴をあげ始めたのだ。

「裏拍手なんて…呪われるじゃない!」

とあの前田も顔を青くして慄いている。僕は何が何だか分からない。今の何が裏拍手なんだ?と混乱していると隣からおかしな音が聞こえてきた。隣を見ると部員の1人が僕の知る裏拍手をしている。手の甲と手の甲をぶつけて鳴る音は骨と骨のぶつかる鈍い音と重なりベチベチと聞こえる。1人に釣られるように他の部員も裏拍手をし出した。その表情は能面のように無機質で、皆のぬめった黒目は壇上の雄也だけを映している。僕には4〜5人しか見えていないのに明らかにそれよりも多い音が部屋を穿つ。

 ベチベチという音はやがて大合唱となり汚く禍々しい音となって僕の耳を舐る。あまりの気持ち悪さに耐えきれず耳を塞いだ。なのにその音は一向に止まないどころかどんどん鈍さを増しながら大きくなっていく。頭の中で反響するその音から逃れたいのに、音は液体のようにねっとりと体に纏わりついて動けない。床に鼻血がポタポタと落ちる。ふと目についたスマホの画面には雄也から「もうみんなゼミ室に集まってるぞ」という通知が見えた。一体ここはどこなんだ。確かめたくても得体の知れないものに囲まれていると考えると恐怖でもう顔を上げられない。どうしてこんなことになったのだろう。相変わらず音は激しくなる一方だ。終わりの見えない恐怖に気が触れそうになる。


 僕は耳を塞ぎ床を見つめながら少しでも気を散らそうと、始めから考え始めた。どこからおかしくなったのかを。

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