僕の宗教と信仰の全て
@fukude
第1話
1
だから、時々彼女は僕の血を吸っている。いや、正確には注射器を僕の腕に刺して、そして採った血液をペットボトルに入れてごくごく飲む。
要するに、彼女は地球で暮らしている一般的なホモ・サピエンスとは、少し違う。心肺機能の維持のために他人の血が必要で、貧血になると周りの人を襲ってしまう。
つまり、普通の生き方が出来ない。凡夫になれない。まるで異邦人。
表現はなんでもいい。僕は彼女が血液を消化した時に見せる、魔的で、不気味で、だけどこの世のどんな芸術や景色よりも美しい、まるで宝石のルビーのような深紅の瞳に憑り付かれていて。
だから、間違いなく神尾遼は僕の神様で、僕の宗教で、信仰の全てなのだ。
2
と言っても、この地球というたくさんの生命が住まう球体で、ヴァンパイアと呼ばれる、他人の血を吸って生きる人間は他にもいる。
ネット記事のヴァンパイア特集と彼女の話を総合すると、ヴァンパイアはこの世界で約20万から30万人ほどいるらしい。そう聞くと、なんだ案外意外と居るじゃないか。そう思うかもしれない。
だけど、地球の現在の総人口が大体80億人ほどだとして考えてみたらどうだろう。計算式は30万÷80億。電卓で計算したら0.0000375%と出た。ゼロが多すぎて、実際どれ程の確立なのかも分からない。
あと、神尾にこの話をしてみたら、彼女は嬉々とした様子で
「つまり私は、三連発急所に当てるよりも、三連続で催眠術を躱すよりも貴重な存在なんだよ」
そうニヤニヤと頬を緩ませて言っていた。最近の付き合いで、多分ポケモンで例えているということは分かってきた。意味は正直よく分かっていないけれど。
ちなみに、この世界ではヴァンパイアという存在を立派な病気として扱っている。世界は特別であることを病名で表すことが好きだ。オッドアイやらアルビノやら。
彼女は時々称される。長ったらしくて貴重な病名を背負った少女として。
そして、彼女は生きるのだ。自分のその病名を世界に隠しながら。
3
だけど、神尾は僕のクラスでも一番の有名人だ。主に、その美貌のため。
彼女はとにかく人目を惹く。そして、一目見れば誰もが思うだろう。かわいい、美人だと。
自然に整えられた眉、ぱっちりとした活発そうな目。形の良いつるりとした唇。見ただけでさらさらだと分かる、艶のあるセミロングの髪。
そういった美人の要素をいくつも拾い上げることは簡単だ。一般的な美人というのは、顔のパーツが平均的であることが大事だとどこかで聞いたことがある。
だけど、彼女を美人だと形容するにあたり、一番重要なのはそこではない。
一番重要なのは、彼女がそこに座っているだけで、絵になるというか、ある種芸能人や女優のような存在感を有している、ということだ。他の制服を着たクラスメイトと比べても、オーラが違うというか。
一度、彼女に写真を撮らせてもらったことがある。今年のゴールデンウィーク。鎌倉(かまくら)で、自死したい気持ちを誤魔化すために旅行していた時だった。由比ガ浜(ゆいがはま)の砂浜にて家族で旅行していた彼女と偶然会ったのだ。
そこで、神尾に「記念に写真を撮ろう」とうきうきで言われ、両親の元に無理やり連れられた。僕も「初めまして
その写真に映っていた煌びやかな海をバックにした彼女はとてつもなく映えていて、まるで青春映画に主演として映る女優のようにも思えた。
つまり、彼女はそれぐらい美人で可愛くて華がある。そして、それは僕のクラスでの共通認識なのだろう。この学校の立地は駅から近くてかなり良いとか、4年前に大流行したコロナウイルスはやはり脅威だったとか、そんな大抵の誰しもが思う認識と同じように、このクラスの不文律として染みついている。
だけど、そんな美少女という肩書が相応しい彼女は、実は一人でいることが多い。
もちろん、話かければ反応するし、話している時はこの前みたいに笑顔も見せる。嫌われている、みたいな話もほぼ聞かない。ただ、誰かとグループを作って仲良くしている印象もない。
故に、クラスでは少し変わり者の可愛い女の子、という印象が強かった。そんなミステリアスなところや純粋な顔の良さに惹かれて、数多くの男子から告白を受けているらしいが、今のところ成功者はゼロらしい。
つまり、彼女は攻略者無しの鉄壁の城であり『難攻不落の女王』なのだ。
そして、僕は今それに挑もうとしている。勇者と呼んでもらっても、差し支えないかもしれない。
もちろん、そんな大層なものでは決してないけれど。
4
神尾にはたくさんの好きがある。嫌いもある。そして、僕とは違ってたくさんの得意なことや出来ることもある。なりたいものも、ある。
まず神尾が好きなのは、甘いものだ。昼休み、彼女の机を見ると大概コンビニやらスーパーで購入した甘菓子が机に置かれている。その中でも好みは洋菓子みたいで、ドーナツやらバウムクーヘンが鞄の中に紛れ込んでいる。
そして、嫌いなもの……。それはもう、ヴァンパイアという存在である以上、確定的に決まっている。納豆だ。あと、ピーマン。トマト……。結構、好き嫌いは激しい。
そもそも一体誰がヴァンパイアが十字架や日光が苦手とか、棺桶で眠るとか、そういったフィクション的な要素を常識のように植え付けたのだろう。誰だって、心臓に杭を打ち込まれたら死ぬし、朝には弱い。
神尾はそのヴァンパイアに対するでたらめな起源に対して、うーんと悩みすぎて小学生の頃、熱を出して倒れてしまったらしい。偶然行ったラーメン屋で「味変!」と言ってにんにくを大量にかけながらそう話していた。ちなみに、そのあとこっそり僕のバッグからブレスケアを盗んでいた。盗むな。
まぁ、どこかの誰かが得意げに言いだした偏見盛りスペシャルなど、どうでもいい。
そして、彼女が得意なこと。これに関しては結構すごい。
まず、彼女はゲームが得意である。みんな大好きポケモンでは、ネット対戦で1000位内に入るぐらいの実力者だし(ゲームを普段やらない、というより親に脳が腐ると止められてる僕としてはそのすごさが分からないけど)、ギターだって弾ける。
単身赴任中の父親から借りたギターで、何回か彼女が弾き語りをするところを見せてもらったことがある。
「じゃあ、ここで一曲。大宮はきのこ帝国のクロノスタシスって曲、知ってる?」
「うん、知ってるけど」
「知らない、というところだよ。そこは」
そう言って、彼女は椅子に座ってギターをよっこらせと肩にかけ、カポでギターの弦を押さえつけ、左手を器用に動かしながらリラックマのピックでぴちぴちと鳴らしていく。
時々音は外れていたけど、彼女が弾くギターは少なからず僕にはとても上手に聞こえた。(というより、普通の男子高校生にギター演奏の良し悪しなんて分かるはずがない)
それより、とにかくすごいのが彼女の歌声だ。特徴のある声というわけではないのだけど、音程が外れることがなくピッチのずれがない。オブラートやボイスの使い方も上手くて、僕は彼女が昔、ボーカルレッスンでも受けていたんじゃないかいやそうに違いないと確信していたのに。
「え、ボーカルレッスンなんて受けたことないけど……。習い事、習字と陸上と水泳しかしたことないし」
なんて、平然と宣っていたから、僕は口をぽかんと開けて、「そうですか……」と答えることしかできなかった。
つまり、彼女の才覚をこの一言でまとめて押さえつけてしまうのもどうかと思うのだけど、彼女はセンスがいい。クラスで大して勉強をしていなくてもテストで高得点を取るタイプの人がたまにいるけど、彼女と過ごしているとそういった要領の良さを至る所で感じる。実際、彼女は大して勉強熱心でもないけど、僕よりテストの点はいい。
端的に言えば、地頭がいいのだ。あらゆる行動で重要なのはどこなのかとか、どこにその物事のコツが存在するのかを瞬時に理解することが出来る。
ただ、習字を習っていたとは言っていたけど、彼女の書く文字ははっきり言って全然綺麗じゃなく、丸文字の権化みたいな感じだ。授業中、寝過ごしてノートを見せてもらうと、「いや、習字習ってたらそうはならんやろ」みたいな字をよく書いている。ギリギリで判読は出来る。
あと、注射はとっても苦手。よく、献血の為に僕の腕に注射器を刺すのだけど、何回やっても何回やっても何回やってもうまくならない。この前、神尾の母親からレッスンを受けてようやく少しマシになったけど、それ以降も何度も動脈を傷つけられた。正直、自分で血を抜いたほうがましなんじゃないかとは、今も思っている。
だからつまり、大抵のことは上手くやれるけど、何事もうまくやれるわけではない。いや、興味のあることに関しては持ち前のセンスの良さを発揮できて、無いことに関してはおざなりなだけかもしれない。そのおざなりで僕は皮膚細胞を何度もぐちゃぐちゃにされてます。そろそろ怒ろうと思う。
そして、彼女のことを話すうえで、一番大事な話。彼女のなりたいものの話。
これを知ったのはまだ僕が彼女の正体がヴァンパイアだと知る前のこと。5月7日に行った鎌倉旅行の翌日の教室での一幕。彼女は僕とのツーショットをわざわざ印刷してくれて、学校に持ってきてくれたのだ。
「はいこれ。昨日の写真。私とのツーショットなんてこの世のどんな写真よりも価値があるんだから、他の人に見せびらかしたりしないように」
「あ、わざわざ持ってきてくれたんだ。ありがと。というか、すごい自信だ……」
そう思わず苦笑いを浮かべながら僕はそれを受け取った。だけど、鎌倉の砂浜で撮ったツーショットは中々綺麗に映っていて、一部の男子に見せたら殺されそうな魅力があった。だから、周りに見られないよう慎重にポケットに隠した。
「ところで、大宮は写真が苦手って言ってたけど、何で? 自分が古くなっていくから?」
「それは椎名林檎だろ……」
そう答えると、神尾は驚いたように感嘆の声を上げて。
「へぇ、知ってるんだ。ギブス、いい曲だよね」
そして、その曲のAメロを口ずさむ。今思えば、神尾の歌が滅茶苦茶上手いのはあの時から知っていた。
適当なところで歌い終えた神尾にぱちぱちと拍手を送り、僕はさっきの問いの答えを返す。
「でも、写真が苦手な理由か……。単に写真慣れしてないからかな。映り方が分からないからかも」
「へぇ……」
そうはぐらかすと、神尾は納得しているのかしていないのか、よく分からない返事をした。
ただ、その件についてはすでに答えは出ていて、簡単に言ってしまえば自分に自信が無いのだ。その自信の無さについての詳細はきっと僕の親が原因で、それは後述するけれど。
「逆に、神尾は撮られるのが好きなの?」
「うん。私、可愛いから。だいたい綺麗に撮れるし」
「……それ、自分で言えるの凄いな」
「だって事実じゃん。それに、渋谷とか行くとたまにスカウトされるからね」
その自慢だかなんだかに「すご……」と率直な感想が漏れた。普通に暮らしていて、芸能界的なものにスカウトされる感覚が全く分からないのは、今も同じだ。
「てか、それならやってみたらいいじゃん。神尾ならモデルとかでも人気出そうだし」
「うーん。興味はあるけどね。でも、私はシークレットガールだから、あまり目立つのはな……」
「……どういう意味?」
「人に言えない秘密があるってことだよ。つまり、魔性の女ってことだ」
そう、彼女は裏のある女性を演じるみたいに、ニヤリと笑う。だけど、魔性の女は人を惑わす女性という意味で、別に秘密のある女性という意味ではない。ちなみに、この前そのことを指摘してあげてから、その台詞は二度と使わなくなった。
でも、学年一の美少女にも秘密がある。そう言われると、なんだかひどく魅惑的な雰囲気を醸し始めるから不思議だ。一体、どんなものなのだろうと、当時は気になっていた。
「じゃあ、もしモデルになったら教えてよ。サイン貰うから」
「ふふっ、なりたいのはモデルじゃなくて女優だけどね。絶対オークションとかに出さないなら、約束してあげよう」
そう適当に流した言葉に、彼女はそう得意げに笑う。その笑みは、今まで送ってきた人生がそのまま自信へと結びついているように見えて、僕は少し羨ましかった。
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