2 生きるか死ぬかの依頼

 フェリウス・ライラッテ。十六になる魔導士だ。


 手入れの行き届いたブルーブロンドの長髪。エメラルドのような瞳は、今は絶望に塗り替えられている。

 いかにも魔法使いと言わんばかりの魔導杖を持った少女だった。色褪せた白のロングローブを着用し、頭頂には同じく白の三角帽子。


 グリムが初めて抱いた感想は、内気で大人しそうな優等生タイプの少女だった。


「今回の依頼はこいつと二人で行ってもらう。親に逃げられた者同士、仲良くやれや」


「…………フェリウス・ライラッテです。足を引っ張らないようにしますので、どうか、見限らないでください」


 ふんぞり返るルーカス・ベルトンとは対照的に、フェリウスは縮こまりながら深々と頭を下げる。


 親に逃げられた者同士。グリム・ルージュは最後に会った両親の言葉を思い出す。


『これで好きな物を買っておいで』


 手渡されたのは、たったの1000ギラだった。

 ただ、十歳の誕生日を迎えたばかりのグリムにとっては大金だ。子供ながらに貧乏だと理解していたグリムは喜んですぐに家を飛び出した。


 最初は駄菓子屋に向かった。初めての大人買いは、一ダースのスナック菓子だった。それを数少ない友人に配り、感謝されたことを今でも思い出す。


 次に向かったのは、親が好きだった瓶ビールを買いに酒屋へ向かった。当たり前だが、子供には酒は売れない。顔見知りの店主に「おとうさんとおかあさんの笑った顔が見たいんんだよ!」と力説し、何とか一本だけ譲ってもらった。


 子供にとっては大荷物を抱え、夕方になり我が家の扉を開く。そこに残っていたのは────何一つとしてなかった。

 グリムの服が入っていたタンスも。使い古された食器も。親の趣味で置かれていた木造人形も。家族で囲んだテーブルも。何もかも、跡形もなく消え去っていた。


 そこからだ。グリムが残酷で、世知辛い人生を歩み始めたのは。

 もしかしたら、目の前に現れた少女────フェリウスも、似たような環境で育ったのかもしれない。


「わ、わかりました」


 意を決したように。唇を震わせながら。

 グリムはルーカスの瞳をじっと見つめる。


「生きて、依頼を達成してきますっ!」


 死ぬかもしれない危険度レベル4の採取依頼。

 グリムは、二人の生還を宣言するのであった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 【月闇の巣窟】

 先程までグリム達のいた廃工場跡地から、歩いて二時間の距離にある怪物の巣窟。

 本来であれば、討伐依頼でもレベルは3が妥当だろう。けれど、今回は相手が違う。通常顔を出さないルナパンサー、二つ名付きとなればレベル4でも過小評価に等しい。


「えっと……フェリウスさん、だったよね? 【巣窟】に入る前に確かめておきたいんだけど」


「…………なんでしょうか?」


 初対面の人にはどう接すればいいのかわからない同士。微妙な距離感の中、グリムは必死に言葉を紡ぐ。


「俺は魔導士ではあるけど『魔法』は使えない。単純シンプルな肉体強化ぐらいしかできないんだけど、フェリウスさんはどうかな?」


 魔力保持イコール魔法が使えるわけではない。

 魔力とは生まれながらに誰もが持っている才能だ。人によって、量も上限許容量キャパもそれぞれ。魔力を持っているからといって、それらを知覚して認識することは誰だってできることではない。


 それが、魔導士が決して多くない理由の一つだ。


 そして魔法とは、魔導士のひと握りが行使する天性の力である。肉体に刻まれた(目には見えないが)魔刻印を誰よりも深く理解してやっと行使できる才能。


 一言でいえば、


 十人十色だ。

 風を自由に操る魔法。剣を創り出す魔法。空間をねじ曲げる魔法。他人の視覚と共有する魔法。どれだけ離れていても一瞬で移動できる魔法。

 挙げ出すとキリがないほどに、魔法は多数存在する。


 俯いたままのフェリウスは、グリムの目を見ることなく質問に答える。


「わ、私は、ほんの少しの結界と、治癒の魔法が使えます……」


 マジか……。まさかの万能魔導士だった。

 結界────防護魔法の一種。範囲や強度はそれぞれだが、敵に囲まれても無駄なダメージを負う可能性が限りなく低くなる。


 そして、グリムが驚いたのはもうひとつの魔法。

 治癒魔法────存在する魔法の中で最も希少な魔法。

 魔法とは、人間が怪物と渡り合うためなのか、古来より攻撃性のモノが多い。

 魔導士は強靭な肉体と圧倒的な力で戦う。怪物に攻撃をされる前に、怪物を殺せば怪我など負うことはない。そのため、魔法は基本が攻撃性の高いモノに偏ってきたのだ。


 だが、今回は別の話である。魔法の使えないグリムにとって、少しでも生存率の高まる相方は貴重だ。

 目を輝かせながら、フェリウスの顔を覗き込む。


「すっごいよフェリウスさん! 君のおかげで俺は死なずに済むんだね!」


「は……はい?」


 急にテンションの高くなるグリムに対して、フェリウスは戸惑いながら一歩下がる。


「だってそうでしょ? 結界で身を守りながら、怪我をすれば治癒魔法で全回復! やっと…………やっと安全に依頼に望めるんだね……!」


 天を仰ぎながら、しみじみに想うグリムに「く、苦労してきたんですね……」と同情のような、若干引きつった声でフェリウスは返す。

 この人、思ったより情けないかも。そんな感情をフェリウスは抱いてしまう。


 どうやら、一通りの戦闘の流れはできたようだ。

 前衛のグリムが怪物を引き付け、隙ができれば腰にぶら下がった短剣で斬る。

 怪物が多くなれば、後衛のフェリウスの元へ戻り、結界で身を固めながら戦況を判断。状況を見て攻撃を再開するかその場からの脱出を試みることが可能。


 なんとも至れり尽くせりだ。


 お互いの役割を再確認し、二人はゆっくりと【月闇の巣窟】へと足を踏み入れる。入口からして中が広いことは理解していた。

 少し進めば広い空間へ出て、まるで蟻の巣のように道が枝分かれしている。

 二人は顔を見合せ、ただ真っ直ぐに進むことを選択した。


 怪物が蔓延はびこっていると予想していたが、予想に反して静かなものだった。物音どころか怪物の気配すら感じられない。

 いつもこれぐらい静かなら楽なんだろうが、レベル4の依頼でここまで一切怪物と鉢合わないのは不気味である。


「ねぇ、なんかさ、さっきから怖くない? 静かすぎるっていうか、大人しすぎるっていうか…………。怪物って、もっとこうガツンってくるもんじゃないの?」


 違和感を感じずにはいられないグリムが口早に状況を整理する。


「確かに…………。怪物は人よりも感覚が鋭いですし、私たちの侵入に気づいているはずなんですが……」


「そうだよね? 俺おかしくないよね? 本当なら二、三体出会でくわしてもいいよね? どうなってんのさ」


 突撃前の明るさはどこへ行ってしまったのか、グリムはガクガクと震えながら周りを警戒する。フェリウスも内心怖いはずだが、隣に自分以上に怯えた相手がいれば気持ちが楽になった。


「随分奥へ進みましたが…………何も」


「ぎゃあああああああ!!」


 何もいなかった。フェリウスが言い終わる前に、グリムの絶叫でかき消される。


「ちょ、ちょっとグリムさん!? どうしたんですかいきなり大きな声出して!」


「いるぅ! そこになんかいるよぉ!」


 情けない声で取り乱しながら、グリムは進行方向奥を必死に指さす。

 フェリウスもその先をゆっくりと確認する。


 先には────何もいなかった。

 グリムの反応を見るに突然消えたわけではない。

 意外にも【巣窟】内は薄明るいため、何かの見間違いというわけでもない。


「み、見えません!」


 フェリウスはそれしか言いようがなかった。


「いやいるじゃん! そこに! 子供みたいなのが!」


「子供? どんな子供が見えますか?」


「えっと、背はとにかく小さいよ、多分俺の腰ぐらいかな。着てる服を見るに女の子だと思う。髪は長くて真っ白、真顔でこっち見てるから怖いよぉ……」


 グリム視点では、確かに存在している。


 西洋人形ビスクドールのように整った幼女だった。白と黒を基調とした膝丈ほどのワンピース。

 白銀の長髪、ルビーのように真っ赤な瞳は燦然さんぜんきらめきグリムを凝視している。


「うーん…………。ごめんなさい、やっぱり私には見えないみたいです」


「なんで!? 俺、何か呪われるような悪いことしましたか!?」


 身に覚えはない。呪うなら俺ではなく、両親を呪ってほしい。


 何故、フェリウスには見えていないのか。

 何故、グリムにしか見えていないのか。

 たったそれだけのことだが、のちにグリムの運命が大きく変わる。


「あ……消えた……。いや、冷静に考えたら急に現れるより消える方が怖くない?」


「害がなくてよかったじゃないですか」


 未だ早口のグリムを、遠慮が薄れてきたフェリウスが冷静に返す。


「さ、早く奥へ向かいましょう」


 続けて、【月闇の巣窟】の探索を開始するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔導戦線 〜紅血の精霊使い〜 鍵錠 開 @tirigamibadman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ