魔導戦線 〜紅血の精霊使い〜

鍵錠 開

1 魔導士

 今思えば、生きるために毎日必死だった。


 まだ十歳になりたての遊び盛りな俺と借金だけを残して親は蒸発。

 皆が勉学や魔導術にはげむ中、俺はただ一人『魔導士』として、人を襲う『怪物』を狩り続けていた。これも全ては金を稼ぐため。


 正直戦うことは大っ嫌いだ。血を見るのはイヤだし、痛いのはもっと避けたい。

 けれど、金を稼ぐのに最も効率の良い方法が『怪物狩り』だとされている。

 名の知れた怪物には賞金が課せられているし、怪物を解体した際の素材も高値で売れる。


 いったいどれだけの額を借りたのかわからないが、六年働いた今でも解放されずにいる。

 たとえ借金が返済されていたとしても、借金取りの野郎共が怖すぎて逆らえないのが現状だ。


 幸いなことに、俺には多少魔力がある。魔力を有する者は一般人に比べ、余りにも強大な力を秘めている。

 例を挙げるなら。鉱石を採掘する場合、一般人はピッケルなどの道具を使用する。が、魔力保持者の中には、鉱脈ごと拳で粉砕する様な輩が当たり前にいるのだ。


 俺はできて身体能力強化(特にスピード強化)と耐久力の上昇ぐらいしかできないけれど。

 上澄みの魔導士が一般人と喧嘩すれば、デコピンの一発で頭部を粉々にするだろう。本当に恐ろしい存在だ。どっちが怪物なんだよ。


 説明口調で長々と語ったが、少しは現実逃避のひとつでもさせてほしい。

 何故なら俺は、グリム・ルージュは今、のだから。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 廃工場のような外見をした大きな建物。胃をキリキリとさせながら、十代後半ぐらいの少年が建物の中へおずおずと入っていく。


(何年経っても…………ここには慣れないな…………)


 手入れされていないくせっ毛の黒髪と、同色の瞳は生気が一切感じられない。危険な職業なのか、使い古された革の胸当てと肘当て。腰のベルトには、短剣を納めたさやが下げられていた。


 胃液が上がってきたのか、みるみる青い顔をしながらも、少年は最奥へと進んでいく。


 その最中のこと。


「よ〜。相変わらず辛気くせェ顔してんな? グリム君よ〜」


 グリムと呼ばれた少年は声のした方へ振り向く。そこには少年よりも頭一つ分大きな男が立っていた。

 身長だけでなく、体格も一回り以上はグリムより大きい。短めの金髪をオールバックで整え、まるで蛇のような瞳でグリムをジッと見る。


「ガルバトさん……どうも、お世話になってます…………」


「い〜や〜? こっちもお前のおかげで稼がせてもらってるし〜? お互い様だろ?」


 馬鹿にしたような顔で近づき、強引にグリムと肩を組む。ニヤニヤとわらうガルバトとは対照的に、グリムの表情は引きりつつも笑みを取りつくろっていた。


 この建物内で待っていたのは────借金取りだ。

 十歳になりたてのグリムを残したまま、プレゼント代わりに借金を置いて蒸発した両親。借金返済のため、彼は青春時代の全てを借金取りの下で働き詰めていた。


「ま、オヤジが奥で待ってるからな。さっさと行くこった」


「はい。……承知しました」


 オヤジ────借金取りのボス。グリムの雇い主。

 裏ルートで手に入れた依頼を幾つも持っており、それらをグリムに斡旋する大元だ。


 渡される依頼はオヤジの機嫌によって難易度が変わる。

 機嫌が良いときは死ぬ可能性の低い依頼を渡される(といっても生存率五十パー超えたことないけど)が、機嫌の悪いときは二つ名付きの怪物退治を命じられることが多い。


 ────『怪物』。

 悪魔や魔物とも呼ばれる文字通りの化け物。比較的魔素の多い地帯をナワバリにする強靭な生命体。古来より人の血肉を貪り繁殖を続けてきた怪物を、グリムは狩り続けてきた。


 怪物狩りを生業なりわいとし、人々を救ける花形の職業『魔導士』。

 幸いなことにグリムも魔力ならある。魔力がるといとでは雲泥の差だ。一般人がアリだとすれば、魔導士は蟻すら踏み潰すゾウ。縮まることのない戦力差が明確にあるのだ。


 重たい足を前へと出し続けると、数十人の団体を発見する。こちらに気づいたのか、団体の中心にいた一際偉そうな男が呼びかける。


 お願いします。どうか穏やかでありますように。


「何チンたら歩いてやがんだクソガキッ!」


(めちゃくちゃご立腹なんですけどぉぉぉぉ!!)


 下唇を噛むことで、叫びたい気持ちをグッと堪える。

 全速力で男の元へ向かい、グリムは何を言われるでもなく流れるように正座する。


 ルーカス・ベルトン。鬼のような大男だ。

 スキンヘッドに威圧的な強面顔。元傭兵ということもあり、筋骨隆々、鍛え上げられた肉体にはあちこちに古傷の残っている。

 何故元傭兵が借金取りこのようなことをしているのか、口を開けば怒声ばかりなのでグリムはその理由を知らない。


「あ、あの……ルーカス様……。僕は、今日……どんなことをすれば…………」


 怯えた声で、掠れた声を絞りながらグリムはルーカスの顔を覗き込む。傍から見れば今にも泣きそうな顔をしていただろう。

 グリムの表情に何の感情も抱かないまま、ルーカスは近くにいた手下に顎で指示を出す。


 手下がポケットから出した紙切れをグリムの目の前に放り投げる。そこには以下の内容が記されていた。


『採取依頼・レベル4』

『【月闇つきやみ巣窟そうくつ】にて変異個体金色ルナパンサーの素材採取』

『報酬額・100万ギラ』

『牙でも爪でも毛皮でも、状態の良い物をできるだけ剥ぎ取ってくれ! 私のコレクションにするんだ!』

『依頼主・ラレル』


 知識の浅いグリムでも、依頼主の名前には聞き覚えがあった。

 ラレルグループ。主に魔導具の製造を独占する、帝都ディザーピアでも大手の企業だ。現会長であるユルシス・ラレルには黒い噂が流れていたが、まさか裏と繋がりがあるとは。


「……………………ルーカス、様」


「あァ?」


 ドスの効いた声が返ってくる。怖すぎて失禁しそう。

 だが、それ以上に問わねばならないことは多数ある。


「レベル4の採取クエストって、難易度高すぎじゃないですか?」


 依頼。クエストとも呼ばれるそれには、いくつかのレベルと種類が存在する。

 レベルとは難易度だ。最低が1で、最高が10。

 怪物狩りを目的とした『討伐依頼』と、薬草類から怪物から取れる希少な素材などを回収する『採取依頼』。


 本来、採取依頼とはレベル1〜2までの、おつかい程度のものが多い。今回は通常よりも凶悪な『二つ名付き』の怪物、しかも状態の良い素材をご所望だ。


 レベル4とは、腕利きの魔導士が五人以上いてようやく成立する難易度だ。たった一人、加えて魔導士としても未熟なグリムだけでは生きて帰ることなどほぼ不可能に近い依頼と言える。


 俺に死ねというのか。機嫌が悪いにもほどがある。


「腰抜けが。まぁいい。テメェのためにわざわざ俺様が手を打ったんだ。感謝しろよ」


 ルーカスは、「来い」とだけ言って奥の方を一瞥いちべつする。

 呼ばれた人間が暗闇の中から姿を見せる。


「…………女、の子?」


 姿を現したのは、グリムと同年代ぐらいの若々しい少女だった。

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