記憶の音色

夕暮れの工房で、老ドラゴンは新しい風鈴を見上げていた。軒先に吊るされた試作品が、夏の風に揺られている。


「面白い発展じゃ」老ドラゴンは満足げに頷いた。「お主たちの手で、古い記憶が新しい形になった」


作業台の上には、魔術ギルドからの正式な認可書が置かれている。街道の結界と風鈴の共鳴は、新しい魔術技術として認められたのだ。


「私の功績ですよ」


「おまえ、認可の書類の提出忘れてただろ」


「細かいことは気にしません」ヒノメは優雅に髪をかきあげた。「大きな視点で見れば、私の計画は完璧でした」


「その計画」ソラが呆れたように言う。「最初は迷子になっただけじゃないのか」


「道に迷うのではありません」ヒノメは断固として否定する。「新しい道を見つけるのです」


老ドラゴンが静かに笑う。「その言葉、お主の祖母そっくりじゃ」


風鈴が風に鳴り、水晶が淡い光を放つ。その光は、まるで遠い記憶を映し出すかのよう。


「新しい風鈴の製法は」老ドラゴンが作業台の図面を指さした。「他の職人たちにも伝えていくつもりじゃ」


「人間の魔術と」ソラが言葉を継ぐ。「ドラゴンの技を組み合わせた新しい可能性として」


「そうじゃ。これはただの始まりかもしれん」老ドラゴンは遠くを見つめた。「音の道は、まだまだ広がっていく」


工房の外では、街道を行き交う旅人たちの姿が見える。風鈴の音に導かれるように、彼らは足を止め、空を見上げる。


「ねえ、ソラ」ヒノメが不意に声をかけた。「私たち、面白いものを見つけましたね」


「そうだな」ソラは素直に認めた。「おまえの無謀な行動が、たまには良い方向に」


「失礼ですね。私の行動に無謀という言葉は似合いません」


「先週の街道をめちゃくちゃにした暴走は?」


「あれは計画的な暴走です」


夕陽が山の端に沈もうとしている。工房の軒先では、新旧の風鈴が寄り添うように音を奏でていた。


「さて」ヒノメが立ち上がる。「次は新しい任務があるんです」


「また封筒も開けずに?」


「細かいことは気にしません」ヒノメは当然のように告げる。「私が選んだ道は、必ず面白いところに」


「迷子になるって?」


「新しい発見をするんです」


老ドラゴンは二人のやり取りを、穏やかな笑みで見守っていた。工房に差し込む夕陽が、水晶を通して虹色の光を床に描く。


「街道はまだまだ広いからな」ソラが諦めたように言う。「どんな音が聞こえるか、楽しみではある」


「私の耳は確かですからね」


「方向音痴なだけじゃ」


風鈴の音が、夏の夕暮れに溶けていく。それは終わりであると同時に、新しい始まりを告げる音色でもあった。

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魔術街道綺譚 ―気ままな竜と几帳面魔術師― 風見 悠馬 @kazami_yuuma

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