共鳴する道

夏の日差しが照りつける街道で、ソラは慎重に結界を確認していた。三日前に訪れた宿場町の風鈴が、今では違う音色を奏でている。


「完璧な出来ですよ」


ヒノメが誇らしげに告げる。工房で作った新しい風鈴は、古いものと形は似ているが、水晶の配置が微妙に異なっていた。


「本当に覚えていたんだな」ソラが感心したように言う。「風鈴を作る技を」


「私の記憶は完璧です」


「昨日の夕食は?」


「今は休憩中の記憶です」


宿の主人が、二人の様子を興味深そうに眺めていた。「以前より、もっと良い音がしますね」


確かに風鈴の音色は変わっていた。より深く、より遠くまで響くような。そして何より、街道の結界と不思議な共鳴を起こしている。


「これで最後の確認です」ソラは指先から青い魔術の糸を紡ぎ出した。「結界の流れに沿って、風鈴の位置を少し」


糸が結界に触れた瞬間、予想外の反応が起きた。風鈴が一斉に鳴り響き、その音が街道を伝わっていく。まるで遠く離れた風鈴たちが、次々と応答するように。


「これは」ソラが目を見開く。「音の道」


「祖父様の地図にあった通りです」ヒノメは満足げに頷いた。「街道には昔から、音の道が通っていたんです」


結界に編み込まれた魔術の糸が、風鈴の音に導かれるように光を放つ。それは街道を守る力であると同時に、古い記憶を呼び覚ます鍵でもあった。


「面白いですね」通りがかりの旅商人が足を止めた。「この音を聞いていると、疲れが癒やされるような」


「ドラゴンの血の記憶と」ソラが静かに言う。「人間の魔術が、響き合っているんです」


次の宿場町でも、その次の町でも、同じ現象が起きた。街道に沿って設置された風鈴が、次々と新しい音色を奏で始める。結界の魔力が整い、旅人たちの表情が柔らかくなっていく。


「ソラ」ヒノメが不意に声をかけた。「私たちの寄り道、やっぱり正解でしたね」


「ああ」ソラは素直に認めた。「たまには、おまえの勘も当たるんだな」


「失礼ですね。私の勘は完璧なんです」


「今朝の天気は?」


「それは今、瞑想中の記憶です」


夕暮れが近づく頃、二人は最後の風鈴を設置し終えた。街道は穏やかな音色に包まれ、結界は優しく光を放っている。


「祖父様に報告しないと」ヒノメが陽が傾きかけた空を見上げる。「きっと、喜んでくれるはずです」


「ああ、でもその前に」


「なんですか?」


「ちゃんと確認するんだぞ。どっちの道を行けば工房に着くのか」


「私の方向感は完璧です」


「先週、畑の中に迷い込んだよな」


「あれは、畑の様子を確認していただけです」


街道には、新しい風鈴の音が響いていた。

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