音の地図

朝露の残る工房で、ソラは古い地図を広げていた。祖父が取り出してきた羊皮紙には、街道沿いの風鈴の位置が丁寧に記されている。


「これは」ソラは思わず声を上げた。「街道の結界の配置と、ほとんど同じですね」


「そうなのじゃ」老ドラゴンは嬉しそうに頷く。「昔から、この地には音の道があってな」


作業台の上で、ヒノメが新しい風鈴の組み立てに没頭していた。彼女の指先は迷いなく動き、まるで長年の経験があるかのように水晶を削っていく。


「血の記憶が目覚めてきたようじゃ」


老ドラゴンの言葉に、ヒノメは一瞬手を止めた。「はい。手が、覚えているんです」


「思い出すというより」ソラが地図から目を上げる。「元から知っていたことを、今、確認している感じですか?」


「そうですね」ヒノメは水晶を掲げて光に透かした。「でも、新しい発見もあるんです」


彼女の手による風鈴は、これまでとは少し違う形をしていた。水晶の配置が独特で、光を受けると虹色の模様が浮かび上がる。


「街道の結界」ソラが思索するように呟く。「あれは旅人を守るためのものですが、同時に魔力の流れを整える役目もある。その流れと風鈴の音が共鳴すれば」


「そう」老ドラゴンが言葉を継いだ。「より深い癒やしが生まれるはずじゃ。昔は、そんな技があったという」


「でも、どうして途絶えてしまったんですか?」


「時代の流れじゃな」老ドラゴンは遠くを見つめた。「人間の魔術が発展し、ドラゴンの里が山奥に移っていく中で、少しずつ忘れられていった」


「忘れられた、というより」ヒノメが作業の手を止めて言った。「眠っていただけなんですよ。私たちの血の中で」


風が吹くたびに、軒先の風鈴が鳴る。その音は工房の中で、不思議な共鳴を起こしていた。


「ソラ」突然、ヒノメが声を上げる。「この地図の模様、水晶の中にも見えるんです」


「本当だ」ソラは水晶を覗き込んだ。「街道の結界が作る魔力の流れと、まったく同じ模様が」


「血は覚えているんじゃ」老ドラゴンが静かに告げた。「音と魔力の道を、水晶の中に刻む方法を」


ヒノメの手による風鈴が、初めての音を奏でた。それは懐かしさと新しさが溶け合ったような、不思議な響きだった。工房の中に置かれた水晶がわずかに震え、かすかな光を放つ。


「これは」ソラが目を見開く。「結界が反応している」


街道に張り巡らされた魔術の糸が、風鈴の音に呼応するように揺れ始めた。それは遠く離れた場所でも感じ取れるほど、確かな変化だった。


「面白くなってきました」ヒノメが満足げに言う。「私の記憶は完璧ですからね」


「今朝の朝食は?」


「それは今、休憩中の記憶です」


老ドラゴンが楽しそうに笑う。工房に差し込む陽光が、水晶を通して虹色の模様を床に描いていた。その模様は、どこか地図の上に記された風鈴の配置と重なって見えた。


「さあ」ヒノメが新しい水晶に手を伸ばす。「次は、もっと面白い音が出せそうです」


夏の日差しが強まる中、工房では新しい風鈴が次々と形を成していった。

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