寝室に降る雪
よし ひろし
寝室に降る雪
雪がしんしんと降る。
さして広くない僕の寝室に、白い雪がはらはらと舞い落ちる。
ベッドに横たわったまま、僕はその様子をしみじみと見上げる。
東京で生まれ育った僕にとって、こうして横たわって雪が降る様子を見るのはとても楽しい。
降り落ちた雪は、掛け布団など物に触れるとすうっと溶けて消え去る。だから床には積もらない。でも、室内は極寒の寒さだ。恐らく氷点下だろう。
「ねえ、寒くない、
僕のすぐ横で寝る彼女が心配そうに訊いてくる。
「平気だよ、
そう言って僕は上半身を起こし、彼女へとキスをする。
彼女――雪乃は雪女。この寝室に降る雪も、彼女の仕業だ。雪女とはいえ、常にこうして雪を降らしているわけではない。感情が昂ると、こうして雪を降らしてしまうのだ。
「本当に大丈夫なのね?」
雪乃が心配そうに見つめてくる。
「平気だよ」
彼女と結ばれて三日。共に過ごし、毎晩抱き合っている。人間とは順応性が高い生物らしい。最初の晩はあまりの寒さに体の芯まで凍えてしまい、気絶してしまったが、今はもうなんともない。むしろこの寒さが心地よいぐらいだ。
「心配しないで、雪乃さん。その証拠に、ほら、もう下の方は元気になっている」
僕はそういって股間のモノを雪乃の下腹部に押し付けた。
「もう……」
雪乃の白い頬が朱色に染まる。その顔を見ていたら、更に股間のモノが固く大きくなった。
「もう一回、いい?」
「……ええ」
僕の言葉に恥ずかし気に目を伏せながら、彼女は小さく頷く。
僕はさっそく彼女の小ぶりな桜色の唇にもう一度キスをした。今度は長く、彼女の冷たい吐息を貪るように長く口づけをする。
彼女の口内をたっぷり堪能してから、唇を首筋へと移し、抜けるような白い肌に舌を這わせていった。
* * * * * * * * * *
「はあぁ~……」
彼の唇が離れると、思わず吐息が漏れた。
続いて首筋に舌を這わせながら、彼の右手がわたしの小ぶりな乳房をまさぐり始める。そして、彼の顔がその乳房へと下がった時、わたしはその顔へと視線を落とした。
(稔さん……)
心の中で彼の名を呼ぶ。わたしの乳房を優しく愛撫するその様子は、初めて抱かれた時と変わらない。でも――
(ごめんなさい……)
思わず心中で謝罪の言葉が漏れ出る。
わたしに触れるその手には、初めの時のような暖かな温もりは、もうない。わたしの体と同じように、ひんやりとして冷たい。
彼はその事に気づいていないのだろうか?
わからない。でも、いずれは気づくだろう。彼が一度死んでしまったことを――
(稔さん……)
初めて愛し合った時、わたしは力を制御しきれなかった。そして、その力に彼の肉体は耐えられなかった……
腕の中で冷たく固まる彼の肉体に、わたしは嘆き、悲しみ、そして、思い出した、母の言葉を――
『いいかい、雪乃。一度だ。生涯で一度だけ、愛する者を生き返らせることができる。雪女に伝わる秘術で。ただし、全て元のままとはいかない。生き返らせた人間から体温は失われ、私たちと同じようになる。いいね、一度だよ。一度きりだからね』
わたしは迷うことなく、その秘術を稔さんに使った。そして、こうして彼は蘇ったのだが――
「あっ、ああっ……」
彼のモノが、わたしの中へと入ってくる。初めての時のように、熱い、体を溶かしてしまうような感覚はない。
「……」
思わず涙が滲んだ。
真実を知った時、彼はわたしを許してくれるだろうか?
変わらず愛し続けてくれるだろうか…?
「雪乃? 痛かった?」
わたしの涙を見て、彼が心配そうに訊いてくる。
「ううん、違うの。……嬉し涙よ」
そう言うと、わたしは彼の首筋に手を回し、その体を引き寄せた。
「ねぇ、ずうっと一緒よ。ずうっと、このまま……」
そう、一緒にいなければ、彼は再び死んでしまう。わたしが彼を愛し、彼がわたしを愛している間だけの秘術……
「当たり前だろ。もう離さないよ。死ぬまで、雪乃……」
彼の優しい声に、わたしの瞳に涙が溢れる。
室内に舞う雪の勢いが増した。
ああ、この白く舞い散るものが桜の花びらだったらどんなに素敵だったのだろう……
わたしが暖かな春をもたらす存在だったら、優しく、激しく、感情の趣くまま彼を抱きしめてあげられたの――
わたしは冷ややかな彼の体を強く抱きしめ、耳元で囁いた。
「ええ、離さないで、永遠に……」
fin
寝室に降る雪 よし ひろし @dai_dai_kichi
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