【カクヨムコンテスト10短編】青い荊
有明 榮
青いという劣等感捨てて痛いほど本能で踊って(Aoi/サカナクション)
今日という日を言い訳にして何か一つ何でも好きなことができるとしたら、お前を殺したい。
俺はお前が本当に憎い。この三年間は同じクラスだったし、むしろその前からずっと見ていたからわかるけれども、お前という存在は俺にとって害悪そのものでしかない。俺の今後の人生のためを思うと生かしちゃおけないとさえ思う。今からお前の悪いところを洗いざらいすべて吐き出してやるから覚悟して聞け、お前が泣くまで、いや泣いて許しを乞うたところで続けてやる、その涙と鼻水でグズグズに醜くなった面を俺の記憶の中に永遠に刻んでやる、お前の顔を見るたびにその話をして恥をかかせてやる。涸れ果てて声も出なくなって胎児みたいに丸まって膝を抱えたら、俺は満足してお前のだらしない姿をスマホのフォルダに収めてこの教室を後にするのだ。
第一にお前はクラスの、いや学年の、それどころか学校中の人気者だった。そしてみんなの注目と憧れを搔っ攫っていきやがった。お前は中学時代は体育館でひたすらジャンプサーブを練習していて、でも一向に球にパワーが乗らないとウジウジしているだけだったじゃあないか。それが高校に入ってみたらどうだ、一年の時はレギュラー入りもできず相変わらずウジウジしていやがったな、それが二年に上がった途端にサーブの精度も威力も上がってレギュラーにも入って、インハイは行けなかったが全国まであと一歩のところまでのし上がったそうじゃないか。対して俺はどうだ、一年からレギュラーには入れたさ、お前より上に立っていたいがために努力してさ、だがな、二年の夏に足首を痛めて戦線離脱を余儀なくされたんだよ。で、その後の俺はというと、バドはできないし、かといって勉強漬けに耐えられるような人間でもなかったから、お前の勧めで文芸部に入ったはいいものの、スポーツだけやってた脳筋野郎がいい小説や詩やエッセイや評論を書けるわけがないのだ。あの頃バドに全力で打ち込んでいた時ほどの燃えるものを失ってしまったのだ。だから俺は今日にいたるまで、過去にすごい成績を持っていたが今は何もない、凡庸で何の取り柄もない男に成り下がってしまった。だがお前はずっと体育館の中ではヒーローで居続けた、それが、その差が、俺には気に食わんのだ。お前はいつからそんな高嶺の花になってしまったんだ。
まだあるぞ、人間性もお前は俺よりまるで上を行っていたな、お前は俺よりも随分と大人だ、俺は幼稚で、自分の結果だけを追い求めて、バドでもそうだし、文芸部にはいってもそうだ、上手くなるためなら何だってやって、他の人を蹴落としたとしても俺がのし上がっていくためにやっていた。部活の時間外も、休みの時も、夏休みも冬休みも春休みも、雨が降ろうが槍が降ろうが朝一番に体育館の鍵を開けていたし、図書室の鍵を開けていた、俺は俺の為にやっていたんだ。でもお前はお前の為だけじゃなかった、チームを導きたいから、そのために時間を使っていたな。いろんなメンバーに声をかけたり、部室で終わった後もミーティングを開いたり、とかくお前はチームワークを重視する奴だというのは、俺自身がよく知っているぞ、なぜなら俺はその真逆を敢えて進んでいたからな。だからバドでは他の学年の奴らが矢鱈滅多に俺を倒そうと試合を持ち掛けてきたり、文芸部では合評会で俺の作品を取り上げてあれこれと論おうとしていたのは当然の帰結さ。うるさい、何が慕われている証拠だ、お前に俺の孤独が分かるものか、強くなりたい一心でやっているだけの人間を慕うやつがあるか、お前のそういう優しさが俺は気に食わないのだ。優しさが人を傷つけることくらいお前もわかっているだろう、あまりに優れた人間は欲にまみれた醜い人間の心など分からんのだ。
そうだ、優しさといえば思い出したぞ、俺がバドを辞めた後に文芸部を紹介してきやがった時のことを。放課後の図書室に俺を引っ張っていったとき、お前は文芸部の奴らからすら歓迎を受けていたな、文芸部なぞはお前のようなスポーツのシンボルとは対極の立ち位置にいやがるというのにだ、それだけでも俺は不思議でならなかったというのに、次のお前のセリフがさらに俺を困惑させたのだ。部活がない時や昼休みは図書室で本を読んでるからいつの間にか仲良くなってたんだってな、ハッ! 本を読んでる! 本を読んでるだとよ! お前は身体だけじゃなくておつむまで優秀になっちまった! 一体全体お前はこの三年間でどうなってしまったというのだ! 昼休みは教室の隅っこでバレーの動画を見てるくらいで友人なんぞクラスにほぼほぼいなかった、だからそれを哀れに思った俺が外に引っ張り出して交流を作ってやってさ、それでようやっと友人と呼べる存在ができはじめた、それが一年の夏前のことさ、そこからお前は一人で友人を作れるくらいになった。それで、逆に今度は俺がお前にお友達作りを助けられることになったって訳か、え? 大したザマじゃないか。感謝の言葉など聞きたくもない、あれは俺がお前に対して憐憫の情を下賜して差し上げたのだ、感謝されるいわれなどない、黙って受け取っていれば良いのだ。
ほかにもまだまだあるがね、何から聞きたいか? 何、逆に俺のことを? そうだろうな、俺がお前を憎んでいるように、お前も俺のことを憎んでいるに違いない、何しろ今日という日に至るまで俺はお前に善意を常に押し付け続けてきたんだからな。憎んでいないだと、嘘をつくな! お前はまたそうやって、優しさをアピールしてくるんだ、それが目障りなんだよ! お前にこの気持ちがわかるか、置いて行かれた者の気持ちが! 分からないだろう、分かってたまるかよ! ああそうさ、こいつは俺のエゴだ、そうじゃなけりゃあわざわざこんな日にこんな時間まで教室に残っていたりなどしない、俺が最後にすべてぶちまけたいからそうしているのだ。丁度よかった? 何が? 今後の話だって? 馬鹿なことを言う、俺とお前に今後があるわけないだろう。お前はスポーツ推薦の大学に――蹴った? 同じ大学? それは初耳だ、が、馬鹿なことをしたもんだな、なんでわざわざリスクを冒してまで一般にしたんだよ、え? 落ちたらどうするつもりだったんだ。一緒に――だと? ふざけるな、害悪だとずっと言ってきたのが聞こえなかったのか、それとも忘れちまうくらいのド低能なのか? って、なんだよ、急にデカい声出しやがって。言いたいこと? いいだろう、まあ最後だし聞いてやる。
尊敬してる、だ? 何を? 一心に打ち込んでるところ? どの口が言ってんだか。俺はバド辞めてから――ああはいはい分かったよ、続きをどうぞ。
……格好いい? 俺が? 誰かの間違いじゃねえの? ……文芸も? ……まあ、言われてみれば、総文祭にも出たし、コンクールでもそこそこの結果は出たが……でもあれは、俺じゃなくて部員の奴らがやったことだろう、俺には関係のない話で……。はァ、俺のおかげ? お前、俺の何を見てんだよ。何もしてねえし俺には関係ないし。つーか変に持ち上げてんじゃねーよ気持ち悪い。
だ・か・ら! そうやって持ち上げんじゃねえっての! なんだってお前、そうやっていちいち俺の癪に障ること言いやがんだ、そういうところが目障りなんだって! 高嶺の花は高嶺の花らしくつんとすましていろよ、俺のところまで降りてくんなよ、うるっせえな、ホントに嫌いにさせる気かよ!
……だァーもう、揚げ足取んなって、これは口が滑っただけで、本心からじゃ……。いや、そりゃ、昔から家は近いしさ、誕生日も近いし、親同士も仲いいし、昔はそりゃ友達くらいには考えてたけどよ、今……今? 今のお前じゃ俺に釣り合わねーことくらい分かるだろ、お前にはお前に相応しい人間がいんだよ、だから俺は――馬鹿? 俺のことを馬鹿と言ったか? 馬鹿はお前だ、俺のそばに来て評価下げてんじゃねえよ……。
何、そういうことじゃない? じゃあ何だよ?
え、恋愛対象?
そりゃ……なし、だろ?
いや、別に……ただそう見てないって話で、今までそうだったじゃないか。急に言われてもそんなんイメージ湧かねえって。っつーかお前、男バレの相川と付き合ってたんじゃなかったのかよ? 別れた? じゃあの噂は本当だったんだな、いや、噂話が耳に入ってくるのはそりゃ当たり前だろ、え、どう思ったって言われても、別に、なんとも……。いや、ホントに……まあ、そりゃ、お似合いだなーとは思ったけどさ……。なんでそんなこと聞くんだよ、だってもう終わった話だろ?
おい何泣いてんだよ、泣いてんじゃねーよ、気まずいな。え、何だって?
……お前、それは、それはずるいだろ。このターンでそれは卑怯だぞ。
なんだってお前、俺にそんなこと……。え、今後? さっきそんなこと言ってたっけか、今後ってなんだよ、俺たちまだ十八だぞ、今からそんなこと考えたところで……。
……は? お前、マジで言ってんの?
……そんな、でも、いや、え? そりゃ、ずっと引っかかってるって……そりゃあ、毎日顔合わせるしさ、家だって近いし……違う? 何? 俺が? お前の心に、だって?
詩的な奴だな……いや、怒るなって、悪い悪い、茶化すつもりはなくて、ただそう思ったんだって。荊に譬えることなんてないだろ、普通。ま、別に、それはそれで良いとして……何だよ、そんなに見つめられてもすぐには答え出せねえって、だって俺もお前も今日が卒業式だったっていう、ただそれだけじゃねえか、この後なんざ……。まあ、確かに同じ大学には行くけどさ、でもお前はお前に相応しい人間がいるっつーかさ、さっき言ったじゃねーかよ、だから……。
え、俺の気持ち? 気持ちって、その……。まあ、言われっぱなしっても、そりゃそうだけど、まあな……。
…………。
俺だって、俺だって好きだ。でも、俺には自信がねえんだよ。お前には釣り合わないって思ってるから、わざと距離取ってんじゃねーか。俺は知っての通りさ、怪我とはいえバドも辞めたし、文芸だって、そこそこの結果は出したけど、満足してるわけじゃねーし、大学だって……。本当は行きたいとこはあったけど、学力が足りてなかったんだよ。俺は中途半端なんだよ、何もかも。お前が思うほど俺はカッコよくねえよ。ダセエんだって。そんな男の隣に立つなんて、さ……お前は人気者だし交流も広いし、そのうちに相川みたいな、カッコよくてお前に相応しい奴が現れるだろうなって思ってたのさ、だから……。
………………。
……。
……それでも良いんなら、だけど。
泣いてんじゃねーよ。マジで泣き顔の写真撮るぞ?
嬉し泣きだって? ハハ……あ、俺も……。
うるせー。
帰るぞ、馬鹿。
【カクヨムコンテスト10短編】青い荊 有明 榮 @hiroki980911
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