第十話: 財産ではない存在
ロイゼンが去り、村は再び緊張に包まれていた。エリスを引き渡すべきだという意見と、最後まで守るべきだという意見が対立し、集会所には激しい議論が響いていた。
「もし引き渡さなければ、侯爵家が攻めてくるぞ!」
「だからって、彼女を渡すなんてできない!」
エディとミラが激しく言い争う中、ガードンが重い声を上げた。「落ち着け。こうしている間にも時間は過ぎていく。答えを出さなければならない。」
その時、直人が冷静な声で口を開いた。「皆さん、少し聞いてください。私たちはまず、侯爵家が本当に武力を行使することができるのか、できるとしたらどんな場合なのかを明らかにする必要があります。」
「条件?」エディが訝しげに問い返す。「そんなものがあるのか?」
「この村には古い記録や書物が保管されていると聞きました。それらを調べれば、何か手がかりが見つかるかもしれません。」
ガードンが頷く。「よし、調べよう。残された時間は少ない。」
直人とエリスは、村の倉庫に保管されている古い記録を調べ始めた。埃をかぶった巻物や羊皮紙の束を一つずつ広げ、内容を確認していく。
直人は巻物を手に取った。「ここに興味深い記述があります。過去に侯爵家が村への武力行使を正当化した事例についてです。」
エリスが覗き込む。「それはどういうものですか?」
直人は巻物を読み進めながら答えた。「この記録によれば、侯爵家が武力行使を行ったのは3度、いずれも『侯爵家の財産を村が引き渡し要求に応じなかったこと』、具体的には税の納入を拒んだり、侯爵家の財産を奪ったり破壊したりしたことが理由とされています。」
エリスは言った。「でも、それ以外の場合に武力行使をしないとは…」
直人はうなずいた。「はい、それはそのとおりです。しかしエリスさん、この侯爵家の領土内に村はどのくらいありますか?」
「私も正確な数はわかりませんが、100や200は下らないと思います。」
直人は頷く。「そう、それだけの数の村が侯爵家に従っているのは、もちろん侯爵家の武力が怖いというのもあるでしょうが、それ以上に、ちゃんと命令に従っていれば攻め滅ぼされることはない、そういう信頼があるからです。裏を返せば、侯爵家としても、村を攻め滅ぼしても、その村を攻めるだけの理由がなかったと思われてしまえば、一斉に他の村が蜂起したり、領民が逃げ出したりしかねない。だからこそ、もし過去に一度も使われていない理由で攻めるというのはそう簡単にできることではありません。」
エリスは悲しそうな顔をして言った。「直人さん、お気持ちは嬉しいのですが、直人さんは誤解をなさっています。」
直人は眉をひそめた。「誤解?」
エリスは一つの巻物を指さした。「これを見てください。侯爵家が過去に領民に対して発した命令です。」
直人はその内容を読み上げた。「『領民は侯爵家の財産であるから、侯爵家およびその使用人に従うこと』…。なるほど。」
エリスは言った。「財産というのは、食糧や物資だけではないんです。領民もまた、ここでは侯爵家の財産として扱われ、この先例の『財産』には、領民の引き渡し要求も含まれると先方は考えるでしょう。」
直人は首を振った。「いいえ、それは違います。むしろ逆です。」
直人は巻物を再び指差し、声を強めた。「ここでは明らかに『領民』と『使用人』は区別されています。使用人はむしろ命令を下す立場です。つまり、侯爵家の使用人であるエリスさんは領民とは異なる存在であり、財産ではない。」
「つまり、エリスさんは財産ではない。この件で武力行使が正当化される可能性は低い。」直人の瞳に光が宿った。
ガードンが頷く。「それなら、この記録を使ってロイゼンに対抗する準備を整えよう。」
エリスも覚悟を決めた表情で言った。「私も協力します。この村を守るために。」
3日後、ロイゼンが護衛を伴って村を再訪した。広場には村人たちが整然と集まり、ガードンが前に立つ。
「結論は出たのか?」ロイゼンが鋭い声で問いかける。
彼は冷たい視線を村人たちに向けながら、続けた。「侯爵家の財産を引き渡さないというなら、それ自体が反逆行為に当たる。エリスは侯爵家の使用人であり、同時に侯爵家の財産だ。それを認識した上で、この村がどう判断するか聞かせてもらおう。」
村人たちの間に緊張が走る中、直人が一歩前に出て、冷静な声で切り出した。「エリスさんが現在も侯爵家の使用人であるという点について、確認させていただけますか?」
ロイゼンは眉をひそめ、わずかに口角を上げた。「当然だ。彼女は侯爵家の侍女であり、侯爵家の意志に従うべき存在だ。それすなわち、侯爵家の財産であることを意味する。」
「その言葉をお忘れなく。」直人は鋭い目を向け、続けた。「侯爵家の使用人であるということは、彼女は財産ではない。侯爵家自ら出された過去のご命令において、使用人とは、侯爵家の命令を実行する立場であり、領民とは異なる存在とされています。」
ロイゼンは失笑するとともに、直人に剣を突きつけていった。「村人風情が何を詭弁を弄すか。そのような理屈は聞きとうない。命令に従うのかこの場で切り捨てられるか、どちらか好きな方を選ぶが良い。
直人はロイゼンの言葉に一瞬も怯むことなく、冷静に語り続けた。「そのような暴力的な手段を取れば、侯爵家がこの村を襲う正当性がないことが他の村にも知れ渡るでしょう。他の領民が従順に従い続ける保証はなくなります。侯爵家の権威を守るためにも、慎重に考えるべきです。」
ロイゼンは剣を収め、村人たちを睨みつける。「愚か者どもが…。」そして直人に向かって冷笑を浮かべた。「面白い、ではその主張がどれほど通用するか試してみるとしよう。」
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転生者、異世界に法と秩序をもたらす~現代日本の法知識を武器に築く法と帝国の物語 やすたか @yasu2629
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