第9話: 誤解の代償



ある日、村の入口に立派な装飾が施された馬車が現れた。馬車の紋章を見てエリスの顔色が変わる。


「これは…サーリオン侯爵家の紋章です。」エリスは緊張した面持ちで直人に告げた。


「侯爵家?エリスさんが仕えていた家ですね。」直人は警戒しつつも、すぐに馬車に向かった。


馬車から降りてきたのは、豪奢な衣装に身を包んだ中年の男性と、数人の護衛だった。男性は険しい顔つきで村を見回した後、冷たい声で告げた。


「この村の代表者は誰だ?」


ガードンが前に進み出て、渋い声で答えた。男性は名乗った。「私はサーリオン侯爵家の執事、ロイゼンだ。お前たちが盗賊団を支援しているとの報告を受け、真偽を確かめに来た。」


その言葉に、直人もエリスも驚いた。しかし、エリスは緊張のため一歩後ろに下がり、ロイゼンの視線を避けていた。



村の広場で話し合いが始まった。ロイゼンは厳しい口調で盗賊団との協定について問い詰めていた。


「この村が盗賊団と協力しているというのは本当か?彼らに物資を供給していると聞いた。」


「それは誤解です。」ガードンは答えた。「村を守るために協定を結びましたが、盗賊団を支援しているわけではありません。」


その時、ロイゼンの視線が人混みの中で動きを止めた。そして突然、驚愕の表情を浮かべた。


「エリス…?」


人々の後ろに隠れるようにしていたエリスが、ついにロイゼンに発見されたのだ。


「どうしてエリスがこんな場所にいる!?」ロイゼンは彼女に向かって歩み寄り、信じられないという表情を浮かべた。


エリスは怯えた様子で後ずさりしながら、説明を始めようとした。「ロイゼン様、私は…」


しかし、ロイゼンは彼女の話を遮った。「まさか、盗賊団と結託したこの村が、お前を囚えていたのか?」


「違います!」エリスはすぐに反論した。「この村は私を救ってくれたのです。盗賊団に襲われた私を助けてくれました。」


「では、なぜ侯爵家に戻らなかった?それが何よりの問題だ。」ロイゼンの声はさらに厳しさを増した。「侯爵家の侍女でありながら、その義務を放棄して村にとどまるとは何事だ。」


エリスは言葉を詰まらせた。盗賊団に襲われたショックや不安から、村に留まるという選択をしてしまったことを責められるのは予想していなかった。


「それは…。」



ロイゼンはさらに村人たちに向き直り、鋭い目で睨みつけた。「侯爵家の侍女を隠し、引き渡しもしないとは、お前たちの善意など到底信じられない。」


直人がすぐに間に入り、冷静に反論した。「それは誤解です。この村はエリスさんを保護していただけです。彼女がここにいるのは自らの意志です。」


「保護だと?信じられると思うか!」ロイゼンは激昂し、「侯爵家への忠誠を忘れた者を救うことで、お前たちが何を得ようとしているのか、すべて疑わしい。」と続けた。


エリスは意を決して声を上げた。「ロイゼン様、私がここにいるのは、この村が私を助けてくれたからです。盗賊団に襲われ、行き場を失った私を救ってくださったのです。」


「それでも、侯爵家に戻るべきだった。」ロイゼンの冷たい声が響く。「今すぐエリスを引き渡せ。それが侯爵家に対する最低限の償いだ。」


ロイゼンの言葉が響いた瞬間、村人たちはざわめき始めた。「引き渡すべきじゃないか?」「でも、侯爵家を敵に回すのはまずい…。」


ガードンは厳しい表情でロイゼンを睨みつけながら言った。「エリスさんはこの村の一員として尊重されています。彼女が自らの意志でここにいる以上、私たちは彼女を守ります。」


「守るだと?侯爵家に敵対するつもりか?」ロイゼンは怒りを露わにし、護衛に目配せした。「力ずくでも連れ帰る必要があるかもしれんな。」


村人たちの間で意見が割れ始めた。「侯爵家の要求に従うべきだ。さもないと村が危険にさらされる!」「いや、エリスさんを見捨てるなんてできない!」


ガードンは動揺する村人たちを静めようとしたが、その目には明らかな葛藤が浮かんでいた。一方、直人は静かに状況を見つめていた。


「どうするべきなんだ…。」ガードンは直人に向き直った。「お前なら、この状況をどう収める?」


直人は深く息をつき、言葉を選びながら答えた。「エリスさんを引き渡すことは解決にはならない。もし引き渡せば、村が彼女を裏切ったという印象を与えるだけでなく、侯爵家の信頼もさらに失うでしょう。」


「だが、それを拒めば村全体が危険に晒される!」


「だからこそ、冷静に行動する必要があります。」直人は村人たちに向き直った。「エリスさんを守るだけでなく、侯爵家に誠意を示し、村が平和を望んでいることを証明しましょう。そのためには、村全体が団結する必要があります。」


エリスは沈黙を破るように声を上げた。「私が侯爵家に戻ることで、この問題を収められるなら…。」


「それは駄目です!」直人とガードンが同時に反論した。


ガードンは続けた。「お前が戻れば、村が負けを認めたことになる。それでは何も解決しない。」


村の空気は緊張に包まれながらも、直人とガードンの決意が次第に人々の心を動かし始めた。そして、村全体で対策を練る方向へと進み始めた。



「では、その誤解を解くために、村として具体的な行動を提示します。」ガードンが毅然と答えた。「協定の内容を侯爵家に公開し、盗賊団と村の関係が防衛目的であることを証明します。」


「証明だと?」ロイゼンは嘲笑を浮かべた。「盗賊団と直接関わりを持った時点で、お前たちには何の信頼もない。」


「では、侯爵家の監視を受け入れます。」


「監視を?その程度で信頼を得られると思うな。侯爵家の名誉を傷つけた責任は重いぞ。」


エリスが再び口を開いた。「どうか、私にこの村の無実を証明する機会をください。」


「お前が言うことを信じる理由がどこにある?」ロイゼンは冷ややかに言い放った。そして、村人たちを睨みつけながら続けた。「3日後に再び来る。その時までにエリスを引き渡す用意を整えろ。それができなければ、侯爵家としての措置を取らせてもらう。」


ロイゼンは護衛に指示を出し、馬車へと戻っていった。去り際に、振り返ることなく冷たい声で告げた。「忠告はした。後はお前たちの選択次第だ。」


彼らが去った後、村には重苦しい沈黙が広がった。



ロイゼンたちが去った後、村には深い沈黙が漂った。


「これからどうする?」ガードンが直人に尋ねた。


「侯爵家が村を敵視している限り、どれだけ努力しても信頼を得るのは難しいでしょう。」直人は苦い顔を浮かべた。「それでも、やれることをやるしかない。」


エリスが小さな声で言った。「私が侯爵家に戻り、直接説明すれば…。」


「それは駄目です。」直人は即座に否定した。「あなたがいなくなれば、村の信頼を回復する方法がますます難しくなる。」


村全体で対策を練る必要がある――直人とエリスは決意を新たにした。


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