愛人28号

@JULIA_JULIA

第1話

「とうとう完成したぞ! これで、世界は変わる!」


 博士は声を張った。念願だったロボットを作り上げ、大いに喜んでいるのだ。


「おめでとうございます、博士」


 大喜びの博士とは対称的に、なんとも冷静な声を発したのは、博士の助手である女性技師。助手は博士の作業を手伝ってきたので、ロボット完成の手柄の半分は彼女にあるといっても過言ではない。しかしながら、その顔は浮かない。


「早速、試運転を始めよう!」


「え・・・? もう始めるんですか?」


 意欲満々の博士と、呆れ気味の助手。二人の温度差のワケは、完成したロボットにある。此度こたび生まれ落ちたのは、いうなれば『愛人ロボット』である。






 二十一世紀も終わりに近づきつつある昨今、世の中の規範意識は益々ますます高まりを見せ、公人や著名人に限らず、社会は不倫というモノに対して相当な悪感情をいだくに至った。そのため、一般人の不倫であっても広く世間に知れ渡る事態に陥っている。流石にテレビ局や週刊誌が一般人の不倫を取り上げることはない。しかしながら、インターネットは違う。


 今や世界人口の九割以上───先進国に至っては、ほぼ十割───が毎日のようにインターネットを使用する中、その仮想空間において、自警団の如き振る舞いを見せる輩たちにより、不倫をした一般人の氏名、顔、住所、連絡先、勤め先、その他諸々の情報はインターネット上に載せられ、直ちに拡散されるようになってしまったのだ。


 そんなことであるから、不倫をした人間には社会的な死が訪れるようになってしまった。道を歩けば、石を投げられる───ということはないのだが、家族とは離散、仕事はクビになり、再就職は叶わないなど、もはや生きていくすべを奪われるような状況になってしまっているのだ。


 そんな状況に対して、各国の政府は『流石にやりすぎだろう』という考えから、不倫をした一般人の保護に乗り出すと共に、不倫をした人間の情報をインターネット上に載せること、拡散することを法律によって禁止しようとした。


 いや、正確にいうならば、それらの行為は個人情報保護法の類いによって、元来から守られるべきモノである。しかし、科学技術の発展の弊害───つまりは、情報を載せたり、拡散したりした人間の特定が困難になったことにより、個人情報保護法の類いは機能しなくなっていたため、その機能を取り戻すべく、各国政府は動き出そうとしていたのだ。


 しかし、それは無理であった。不倫をした一般人を保護しようとした各国の政府は、軒並み支持率が急降下。その職を追われることになったため、上手くはいかなかった。もはや民意は、如何いかなる不倫も絶対に許さず、不倫の擁護も絶対に許さない構えであった。そういう経緯から、博士は『愛人ロボット』なるモノを完成させたのだ。


 ロボットが相手ならば、不倫ではない。なぜなら、ロボットは道具なのだから。つまり、高精度の大人のオモチャで自慰行為をしているに過ぎないのだ。というのが、博士の考えである。






「では、ポチッとな!」


 博士の浮かれた言葉により、愛人ロボットの電源がオンになった。すると愛人ロボットは横たわっていた上体を起こし、ゆっくりと顔を左右に振った。


「あら。イイ、お・と・こ・・・」


 博士の顔を視認した愛人ロボットが声を発した。その声はなんともなまめかしく、男を惑わせる要素を多分に含んでいた。また、その体つきもなまめかしい。一見しただけでは、生身の女性と見分けがつかないほどだ。眼球、爪、毛髪の生え際、生殖器に至るまで、生身の女性と大差はない。


「イヤだわ。アタシったら、こんな格好で・・・」


 愛人ロボットは己が裸であることを認識し、右前腕でたわわな両の乳房を、左手で生殖器を隠した。その行動は愛人ロボットが外見のみならず、思考に至るまで生身の女性と大差がないことを示している。しかしながら、彼女はれっきとした愛人ロボットである。よって、その思考は性行為に対して寛容である。


「ねぇ。どうせだから服を着る前に、しない?」


 なまめかしい声と視線で博士を誘った愛人ロボット。すると博士の『ヤる気』は瞬時にみなぎり、その刹那、羽織っていた白衣が宙に舞う。


「ちょっ!? は、博士!? ワタシの目の前でするつもりですか!?」


 助手は慌てて己の顔を両手で覆った。


「ハッ! す、すまない! つい我を忘れて・・・」


 博士はズボンのファスナーを下ろし掛けていた右手を止め、助手の方を見た。博士が無我夢中になったことには、きちんとした理由がある。それは、愛人ロボットの声だ。彼女の声は特殊な波長を含んでおり、それは男の性欲をたぎらせる効果を有している。


「・・・と、ところで、博士。それは、愛人ロボットなんですよね?」


 未だ両手で顔を覆っている助手が口を開いた。その言葉により、博士は怪訝な面持ちとなる。


「そうだ。今更なにを言っている?」


「しかし・・・、は、博士は独身ですので・・・、そのロボットは、愛人には、あ、当てまらないのでは・・・」


「っ!?」


 博士は愕然とした。愛人ロボットの試運転は、愛人としての機能、性能を確めるためにすべきこと。となれば、愛人ロボットの相手は既婚者でなくてはならないからだ。とはいえ試運転の主目的は、性行為における愛人ロボットの機能、性能を確めることにあるので、博士が未婚であったとしても特に問題はない。


 しかしながら、博士は科学者である。それも大変に優秀な科学者である。科学者は実際の状況を鑑みて研究、開発、実験をしなければならない。そうでなければ、実用性を立証することはできない。そのような矜恃きょうじを博士は持っている。よって今、自分が愛人ロボットの相手をしたところで、実用性を立証することにはならないのだと気付いた。まさに、痛恨の極み。


「ど、どうすればイイんだ・・・」


 博士は文字どおり頭を抱え、膝から崩れ落ちた。彼はよわい三十三にして、未婚。更にいえば、女性との交際経験は皆無である。幼少の頃より科学者に憧れ、科学者を目指し、そのための勉学に励んできた。そうして科学者になると、研究、開発、実験にいそしんできた。よって、女性と交際をしている暇などはなく、また、女性と知り合うような機会も極めて少なかった。


 つまり、博士は童貞である。そのことは試運転にあたって、最大の問題ともいえる。童貞である博士が愛人ロボットの相手をしたところで、彼女の機能、性能が一般の既婚男性の欲求を満たせるかどうかなど分かる筈がない。なぜなら、すぐにイってしまうだろうからだ。それは、童貞だからだ。程よいぬくもりと強烈な刺激に慣れていないからだ。


 そんな大前提のことを、根本的なことを、博士は迂闊にも失念していた。彼は世の中を変えるため、道義的に許容される不倫を───いや、不倫もどきを世に送り出すため、愛人ロボットの開発に一心不乱に没頭していたため、失念していたのだ。


 頭を抱えて膝から崩れ落ちていた博士。しまいには、額を床に付けるような格好になっている。せっかく日夜研究と開発に身を捧げてきたのに、その苦労が水の泡になってしまうからだ。しかし、博士は立ち上がる。そして助手に向き直り、声高に叫ぶ。


「試運転に協力してくれる有志を募ろう!! そして試運転を───」


「それは駄目です」


 意気揚々と宣言していた博士の言葉を遮った助手。その声と表情は、冷静沈着そのもの。


「博士、よく考えて下さい。愛人ロボットの試運転は、彼女のに男性のを突っ込むことになるのですよ? もしも不具合があったら、どうするのですか? 千切れたら、どうするのですか?」


「・・・・・・・」


 博士は自分の股間を両手で押さえ、苦悶の表情を浮かべた。そして暫くのを置き、おもむろに口を開く。


「・・・たしかに。そんな危険な試運転は、人には頼めない。やはり私自身がしなければ・・・。だが、しかし・・・」


 博士が愛人ロボットの試運転をするためには、まず結婚をしなければならない。しかしながら、そのような相手に巡り会えるのだろうか。仮に巡り会えたとしても、それは何時いつのことになるのだろうか。それらの疑問によって、博士の顔は曇り、口は閉ざされた。


「ご安心下さい、博士。こういう事態が訪れるだろうと思い、既に手は打ってあります」


 言い終わるや、助手は羽織っている白衣のポケットに右手を突っ込み、ゆっくりと出した。その手には、キレイに折り畳まれている一枚の紙が持たれていた。


「この状況を乗り越えるには、これしかありません」


「それは、なんだ・・・?」


 不適な笑みを浮かべた助手と、未だ概要を掴めない博士。すると助手は博士の傍へと歩み寄る。そして、持っている紙を広げる。


「こ、これは!?」


 大いに驚いた博士が目にしたのは、婚姻届だった。その一部分には、助手の名前が書かれている。


「博士・・・。結婚しましょう」


「イ、イイのか・・・? キミは、この愛人ロボットのために、そこまで・・・」


「イイのです。これは、博士の研究のため・・・、いえ、博士のためです!」


 そんなり取りを、愛人ロボットは黙って眺めていた。彼女は非常に扇情的ではあるが、それと同時にとても賢明でもある。状況を鑑み、空気を読むことができるのだ。だから黙って博士と助手のり取りを眺めていたのである。


 助手からのプロポーズの直後、博士は愛人ロボットの電源を落とした。そして二人は即座に市役所へと赴き、婚姻届を提出。めでたく結婚することとなった。その後、研究所へと戻り、博士は愛人ロボットの電源を再び入れようとする。しかし、助手がそれを止める。


「博士! まだ早いです!」


 そう、まだ早かった。めでたく博士は既婚者になったが、未だ童貞のままである。それでは愛人ロボットの機能、性能を充分に確めることはできない。なぜなら、すぐにイってしまうからだ。


「まずはワタシと、経験を積みましょう!」


「・・・分かった」


 決意を固め、呟いた博士。小さな声とは裏腹に、その眼差しは強い輝きを放っていた。






 結婚したその日から、博士と助手は性行為に励んだ。連日にわたって研究所に泊まり込み、昼夜を問わず性行為にいそしんだ。言わずもがな、リードしたのは助手の方である。童貞である博士が女性をリードすることなど、できよう筈がない。博士とは異なり、幸いにして助手はそこそこに経験を有していた。更には、用意周到に準備までしていた。婚姻届を仕込んでいたように、自分を仕込んでいたのだ。


 エロ動画、エロアニメ、エロ漫画の類いを事前に見まくっていて、その他の情報も色々と仕入れていた助手。更には時折、シャドウボクシングならぬ、シャドウセックスまでも彼女はおこなっていた。そうして幾何いくばくかの経験、豊富な情報、多彩なシミュレーションによって、助手は完全に仕上がっていた。まるで、歴戦の猛者もさの如く。


 その一方で、博士は助手との性行為で一杯一杯だった。一杯イった。疲労困憊だった。そのため、他のことをするような余裕など一切なかった。そのような体力も気力もなかった。よって、炊事、洗濯、掃除などの家事一切は助手が全てしていた。また、愛人ロボットの管理、点検なども助手に任せていた。


 そんなある日のこと、その日四度目の性行為を終えた二人はピロートークに興じていた。


「・・・博士、チュッ! 少し、チュッ! 訊きたいことが、チュッ! あるのですが・・・、チュッ!」


 博士に腕枕をされ、彼の肩口にキスをしつつ、助手が問うた。すると博士は助手の髪を撫でつつ、答える。


「なんだい?」


「あのロボット、チュッ! 一号機なのに、チュッ! どうして、チュッ! 二十八号なのですか? チュッ!」


「あぁ、それはだね。その昔───もう百年以上も前のことなんだが、巨大ロボットが出てくる漫画あってね。その巨大ロボットが二十八号という呼び名だったんだよ。・・・その作品へのオマージュ、といったところかな」


「百年以上も前の・・・。素敵、チュッ!」


 その後、程なくして、その日五回目の性行為が開始された。






 そうして三ヶ月が過ぎた頃、博士は強い自信を身につけていた。これで愛人ロボットの試運転に臨めるだろう、と。自信満々の博士は、愛人ロボットがいる研究室に入る。そうして彼女が横たわっている台へと近寄る。そこには大きな真っ白いシーツが掛けられている。ほこりを被らないよう、助手が掛けてくれたのだろう。そう思い、これまで色々と手助けをしてくれた助手に感謝をしつつ、博士はおもむろにシーツを剥ぎ取る。


「・・・へ?」


 博士は呆然とした。自身の目に映った光景に、思わず声を漏らしてしまった。愛人ロボットが横たわっていたであろう台の上に、人体模型が横たわっているためだ。


「に、二十八号!? どこだ、二十八号!?」


 慌てふためく博士はオロオロとしながら、辺りを見回す。しかし、愛人ロボットはどこにもいない。もしかしたら、なにかの拍子に電源が入り、どこかへと立ち去ったのだろうか。そんな危惧を持った博士は、大声で助手を呼ぶ。


「す、すまない!! ちょっと来てくれ!! お~い!!」


 少しの時を経て、現れた助手。その左手にはフライパンが持たれている。


「どうしました? 今、オムレツを作っているところなのですが・・・」


 そう言いつつ、余熱でオムレツを巻く助手。彼女は床上手な上に、料理上手でもある。


「へぇ、今日の昼食はオムレツか・・・。っじゃなくて!! 二十八号が、二十八号がいないんだ!!」


「あー・・・。アレなら、捨てましたけど・・・」


 キレイにオムレツを巻き終えた助手は、博士の顔をジッと見た。いや、ジットリと見た。


「・・・す、捨て・・・た? 捨てた!? ど、どど、どうしてなんだ!?」


「ワタシは不倫なんて認めません。たとえ、ロボットが相手であっても」


「なっ!? そ、そうなのか!? いや、しかしだな!! 研究はどうなる!? キミが私と結婚したのは、二十八号の試運転のため! あの研究のためだった筈で───」


「違います。ワタシは博士のことを愛しているので結婚したのです。あんなワケの分からないロボットのためではありません」


「ワケの分からない・・・って。それは、いくらなんでも───」


「いやいや、ワケが分かりませんよ。あんなに精巧に作ったら───生身の女性と大差がないようなモノを作ったら、それはもう、今までの不倫と大差がないでしょうに」


「いや、二十八号はロボットだぞ。つまり、道具だぞ。道具が不倫の相手になど───」


「なります。少なくともワタシは、そう考えます。だから処分しました」


「そ、そんな・・・」


 顔面蒼白で膝から崩れ落ちた博士。そんな博士を置き去りにし、助手はキッチンへと戻っていった。少し固くなってしまったオムレツと共に。



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