第2話 脇役、ヒロインにドン引きされる





「あの、どこへ行くんですか?」


「さっきも言ったが、俺の隠れ家だ。誰にも言うんじゃないぞ。……着いた、ここだ」


「え?」



 虐殺現場から少し歩いたところで足を止めると、アリエルはその建物を見て目を瞬かせていた。

 まあ、当然っちゃ当然だ。

 俺が入ろうとしているのは今にも崩れてしまいそうなボロ小屋だからな。



「ここが、隠れ家なんですか?」


「正確には少し違う」



 俺は懐から一つの鍵を取り出した。



「てれてれってれ~!! ど~こ~で~も~カ~ギ~!!」


「急になんですか?」


「……ドラ◯もんネタが通じないのはこの世界の嫌いなところの一つだな、うむ」



 言葉では言い表せない悲しみに暮れながら、俺は取り出した鍵を崩れかけのボロ小屋の扉の鍵穴に差し込む。

 それを軽く捻ると、ボロ小屋の扉が目映く輝いた。


 それは大きな長方形を形成し、別の空間へと移動するゲートを作り出す。



「これは……」


「何でもいいから鍵穴にこの鍵を突っ込むと、どこからでも隠れ家に行けるってわけだ。知り合いの魔術師と協力して作った」


「す、凄まじいですね、魔術というのは」


「そうだろう? まあ、だからワクワクが止められなくてヤバイことに走る奴も多いわけだが」



 俺はその点、本当にマシな部類だろう。


 あくまでも俺が魔術を習得したのは自衛手段の獲得のため。

 銃とか兵器とか作るのが楽しくてワクワクすることもしばしばあるが、戦闘以外で積極的に使うことはない。


 俺が褒められて有頂天になっていると、アリエルは少し表情を曇らせた。



「魔法よりも、ずっと凄まじいです」


「……魔法は魔法でメリットもあるがな。所詮、魔術は魔法の真似事だ。魔術でできることは魔法でもできる」


「そう、なんですか? でも私、エンドーさんの魔術みたいに凄い魔法なんて見たことないです」


「だろうな。そこら辺は使い方次第ってわけだ」


「使い方次第?」



 簡単に例えるなら、『死ね』と言ったら相手が死ぬのが魔法だ。

 逆に『死ね』と言って『相手の首を絞める』のが魔術だ。


 魔法の方が遥かに簡単で優れているが、きっと感覚で使われているのだろう。


 権力者が自らの特権を手放したくないが故に大っぴらに研究できず、結果『魔法とはそういうもの』という凝り固まった概念でしかものを見られない奴らばかりになってしまった。


 魔法が発展しない理由だな。



「へくちっ。す、すみません」



 アリエルがくしゃみをする。


 流石はヒロインと言うべきか、くしゃみする姿も様になっている。

 その後の恥じらう表情も中々どうして可愛らしかった。



「……話しすぎたな。早く入れ」


「お、お邪魔します」



 ゲートを潜ると、そこは澄んだ空気と緑が香る森だった。

 木々が生い茂るその森の中に、ぽっかりと穴が空いたように丈の短い草しか生えていない広場がある。


 その中心に大きな家があった。


 アリエルは目を瞬かせながら周囲をキョロキョロと見回し、本当に別の場所へ転移したことに驚いているようだ。



「エンドーさん、ここはどこなんですか?」


「アンダレンシアの王都付近に大きなダンジョンがあるのは知っているか?」


「あ、はい。アンダレンシアの初代国王が精霊と契約して作ったというダンジョン、ですよね? ……どうして急にダンジョンの話を?」


「そこ」


「……え?」


「ここ、そのダンジョンの最下層」


「まじですか」


「まじまじ」



 アリエルが驚くのも無理はない。


 何故なら我が家のあるダンジョンはかなり難易度が高く、出現する魔物に至っては現人類ではどうにもならない強さを誇っている。

 そのダンジョンの最下層に家を作ったというのは、到底信じられないだろう。


 しかし、俺にはできてしまうのだ。


 何故ならあのダンジョンは、RPG要素のある『輝く星空の下で』において重要な場所だったからな。

 アリエルのレベルが一定に達することで解放できるルートとかあったし。


 それはもう何度も挑みまくったことで、安全な道順な魔物の配置は完璧に記憶しているのだ。



「でも待ってください。あのダンジョンは立ち入るのに特別な許可が必要なはずでは?」


「所詮この世は弱肉強食ばい。魔術師は特にそれが顕著だっぺ」


「つまり、無許可で侵入したと。……というかどこの方言ですか、それ。――へくちっ」



 アリエルがまたくしゃみする。


 おっと。

 このままだと本格的にアリエルが風邪を引いてしまいそうだ。



「……さっさと家に入れ。風呂の湯は自動で沸いているはずだから、早く身体を温めてこい」


「お風呂があるんですか?」


「あるぞ。火の魔術と水の魔術、土の魔術を使って作った」


「本当に、魔術は凄いですね。私、お風呂は初めてです」



 アリエルがまた驚いている。


 無理もない。

 この世界では温かい風呂に入れるのは貴族くらいだしな。


 しかし、王立学院にも寮生が使うための大きなお浴場があったはず。

 


「王立学院にも風呂はあっただろう?」


「いえ、その。平民が入ると湯が汚れると言われて、そもそも浴場への立ち入りを禁止されていたので。普段は井戸水で身体を清めていました」


「……ゆっくり入ってこい。のぼせないようにな」



 俺はアリエルの背中を押し、彼女を浴室へ放り込む。

 ゲームだと何事もなく風呂に入ることはできたはずだが、俺のゲーム知識よりもいじめが酷い。


 ガチであの学院の民度はどうなっているのか。


 いやまあ、魔法を貴族の特権だと思っている連中にとって、平民ながら光魔法という稀少な属性に目覚めたアリエルが鬱陶しいのは分かる。


 分かるが、やはり分からん。

 人を貶めたり、苦しめることで愉悦を覚える奴らの精神は俺には一生理解できないだろう。

 それは俺の前世が日本人だったからとか、そういう理由ではない。


 敵はサーチ&デストロイするもの。


 悪意や害意を持っている相手は早めに始末することで俺は今まで生きてきた。

 気に入らないなら殺せばいいのだ。

 そういう野蛮な思考をしている俺には、貴族のいじめを理解できない。



「……あの、エンドーさん」


「ん? 上がったのか?」



 一人で色々考えているうちにしばらく時間が経ったのだろう。

 アリエルがお風呂から上がったらしい。

 しかし、リビングから浴室へと繋がるドアに隠れるようにこちらを覗いている。



「どうした?」


「……あの、服はないでしょうか? その、制服は濡れてしまっているので……」


「……すまん。俺の気が利かなかったな」



 あの浴室のドアに隠れているアリエルは、一糸まとわぬ姿なのだろう。


 着替えを要求してきた。しかし、困ったぞ。



「本当に申し訳ないが、俺は基本的に自宅だとすっぽんぽんで過ごす主義なんだ」


「……え」


「引くな。頼むから引くな。男の一人暮らしだと自然とこうなるんだよ」



 いっそうドアに身体を隠してドン引きしているアリエル。

 美少女にドン引きされるのはこう、精神的にダメージがあるものだな。



「だから着替えは持っていない。予備のローブならあるから、それで我慢してくれ」


「……お借りします」



 俺がアリエルにローブを渡すと、彼女はそれを着て今度こそ浴室から出てきた。


 雨と泥で薄汚れていた長い黒髪が色艶を取り戻し、肌も血色を帯びている。

 サイズの合っていないだぼだぼのローブを羽織っているせいか、ちょっとエロい。


 これ、彼シャツのローブバージョン、彼ローブになるのではなかろうか。

 俺のローブをメロンみたいな大きいおっぱいの美少女が着ていると思うと何故かドキドキしてしまう。


 それに制服を着ていた時に見て思ったが、アリエルは太ももがムチムチだ。

 腰もキュッと細く締まっているし、男好きのする体型だと思う。


 嫌でも意識してしまうのだ。


 俺がそんなことを考えながらアリエルの身体を見ていると……。



「エンドーさん、見すぎです」


「え? あ、いや!? 見てないが!?」


「誤魔化してもそういうのは分かりますよ」


「……すまん」



 下手に言い訳するのは逆効果だと判断し、俺はすぐ謝罪した。


 仕方ないじゃん。男はおっぱいの大きい娘が好きなんだって。

 いやまあ、小さい方が好きな人もいるだろうけどさ。


 俺は大きいのが好きなの!!



「……エンドーさんが私を助けてくれた理由って、私の胸が大きいからですか?」


「い、いや、それは違う!! 本当に!!」



 俺がアリエルを助けようと思ったのは、彼女がヒロインだからで、いわば純然たる同情だ。

 下心は全くない。

 ……いや、光魔法への興味という意味では下心はあるのか?



「と、とにかく!! 俺は断じてアリエルをエロい目で見ているわけではない!!」


「じゃあ、私が胸を自由に触っていいと言ったら触りますか?」


「それは触る。当たり前だろう」



 サッと自分の身体を守るように両腕で覆い、俺から少し距離を取るアリエル。


 俺は慌てて弁明した。



「いや、それはほら、あれだろう!! 触っていいと言われたら誰だって触るだろう!!」


「じー」


「いや、えっと、だから……すまん。俺はリビングのソファーで寝るから、アリエルは寝室のベッドを使え。不安なら鍵もつける」


「……冗談ですよ。エンドーさんのことは信用しています」



 そう言って口元を緩めるアリエル。


 あらやだ可愛い。

 ゲームのアリエルよりも表情に乏しいが、微笑むと改めて彼女がヒロインなのだと思い知らされるな……。

 これは何か、汚しちゃいけない感じの尊いアレだ。


 いや、そもそもいくらゲームのヒロインと言えど、前世基準なら相手は未成年。

 おっぱいがメロンくらい大きい美少女でもエロいとか思っちゃいけないのだ。


 耐えろ、耐えろ俺の理性。


 俺は自分の性欲を理性で抑えながら、今後のことについて話し合う。



「さて、アリエル。お前は俺の弟子になるわけだが」


「……はい」


「……弟子って、何を教えればいいか分からん」


「……え」



 俺の一言に、アリエルがポカンと口を開ける。



「だからなんかこう、やりたいことはあるか? 知りたいこととか」


「……なら、あの武器を作り出す魔術を教えてください」


「それはダメ。あれは俺の強さの秘訣だし、仕組みが分かれば誰でもできちゃうからダメ。俺が死ぬ寸前に教える」


「……じゃあ、特にないです」


「特にないか」


「ないです」



 俺とアリエルの間に沈黙が流れるのであった。





―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「一人暮らししてる人は裸族になる可能性が高い説を提唱したい」


エ「同意する」



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2024年12月29日 12:06
2024年12月30日 12:06

捨てられ聖女を拾った乙女ゲームの脇役、実は世界最強の魔術師です。~ハッピーエンドに辿り着けなかったヒロインをダンジョンで保護ろうと思います~ ナガワ ヒイロ @igana0510

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