捨てられ聖女を拾った乙女ゲームの脇役、実は世界最強の魔術師です。~ハッピーエンドに辿り着けなかったヒロインをダンジョンで保護ろうと思います~

ナガワ ヒイロ

第1話 脇役、ヒロインを拾う




 その日は雨だった。


 俺が仕事終わり王都の大通りを歩いていると、不意に道の端に膝を抱えて座り込んでいる長い黒髪の少女を見つけた。

 身にまとう制服はアンダレンシア王国の貴族たちが通う王立学院のものだったが、やたらとボロボロで汚い。


 最初は知らないフリをして一度通りすぎた。

 しかし、無性にその少女のことが気になってしまい、少し引き返す。



「おい、そんなところで何をしてるんだ?」


「……放っておいてください」



 俺の声に少し顔を上げたかと思えば、すぐに俯いて黙り込む。

 人が親切に声をかけてやったというのに、なんて失礼な奴だろうか。


 しかし、俺はちらっと見えた少女の黄金の瞳を見て確信してしまった。



「お前の名前、アリエルか?」


「っ」



 その名前を口にした瞬間、ビクッと大きく肩を震わせる少女。

 確信した。この少女の名前はアリエル。

 乙女ゲーム『輝く星空の下で』にてヒロインを務めているキャラクターだ。



「どうして、それを……」


「光魔法の覚醒者だ。知らない魔術師はいない。まあ、俺の場合は違う経緯で知ったんだが」



 唐突だが、俺には前世の記憶がある。


 まあ、前世の記憶と言っても明確に全てを覚えているわけではない。

 前世の自分の名前や両親の顔は思い出せないしね。

 精々覚えているのは自分がゲーム好きな大学生だったことくらいだ。


 その俺が幼馴染みにお勧めされて、他に遊びたいゲームもなかったからプレイしていたのが『輝く星空の下で』だった。


 舞台は中世ヨーロッパ風の世界で、魔法やら魔物やらが存在するファンタジー。

 内容はありがちなもので、ヒロインが十五歳の誕生日に稀有な光魔法の力に目覚め、攻略対象たちのいるアンダレンシア王国の王都にある王立学院へ入学する、というもの。


 最初は平民として見下されているヒロインがひた向きに努力し、攻略対象やライバルから認められていくのだ。

 最終的には恋仲となって光魔法が覚醒、聖魔法の使い手として国中から祝福され、聖女となる。


 そのヒロイン改めアリエルが、何故か怯えた目で俺を見つめてくる。



「ま、魔術師……!?」


「……そう怖がられるのは心外だな」



 もうお察しいただけるだろうが、俺はその『輝く星空の下で』の世界に転生してしまった。

 そう気づいたのは俺が五歳くらいの頃。

 この世界の地形や地名、生まれた国の王様や王子の名前がゲームに出てきたキャラクターと同じだと分かった時だった。


 もっとも、俺は本編には欠片も登場しないモブ、いわば脇役だ。

 転生してからの二十年間、やりたいことをやって好き放題に生きてきた。


 その結果、俺は魔術師になったのだ。


 魔術は魔法を扱えない者がその力を真似て振るう力。

 魔法は貴族の特権だ。

 自分たちが魔法使いであることを誇りに思っている王侯貴族には、目の上のたんこぶそのものである。


 だからこそ魔術師は、一般的に犯罪に手を染める悪党であり、根絶せねばならない敵として迫害されている。

 まあ、魔術師は気狂いが多いのであながち間違いではないけどな。


 アリエルも俺を警戒して逃げようとするが、不意にハッとしてまた俯いた。



「貴方は、魔術師なんですよね?」


「そうだが?」


「なら、お願いがあります。……私を、殺してください」



 おっと、何やら激重なお願いをされてしまったんだが。



「私の死体は好きに使っていいので、お願いします。殺してください」


「待て待て。たしかに魔術師にとって人間の死体は実験材料として優秀だし、欲しがる奴もいるがな。俺はそういう実験はしない。基本的に自分の身体を使う主義だしな」


「……頭、大丈夫ですか?」


「今しがた殺してくれと言ってきた奴には言われたくないぞ!?」


「殺してくれないなら、私のことは放っておいてください。もう、何もかもどうでもいいんです」



 生気を失った顔で呟くアリエル。


 きっとおそらく、推測でしかないが、アリエルは『輝く星空の下で』のハッピーエンドに辿り着けなかったのだろう。

 攻略対象との好感度が一定に達していれば、必ず誰かと恋仲になるはず。


 唯一、攻略対象の誰とも好感度が一定に達していない場合にのみバッドエンドに突入するのだ。

 バッドエンドに突入したアリエルは、王立学院を追い出されてすぐ行方不明になる。


 数日後に王都のスラムで少女の亡骸が発見され、そのままエンドロールに入るって感じだ。


 スラムで亡くなったのがアリエルとは明言されていないが、描写からして死んでしまったのは確実に彼女だろう。


 別にこのまま放っておいても問題はない。


 『輝く星空の下で』は攻略対象と結ばれなかったからと言って世界が終わるわけではない。

 まあ、もしアリエルが聖魔法に覚醒してしまったら魔王が復活するが、それは攻略対象との結婚を盛り上げる前座。


 勝ち確定イベントだからな。

 だからこそ俺はこの乙女ゲームの世界を魔術師として楽しみながら今まで生きてきたのだ。


 これからアリエルが死のうとも、俺には何ら不利益はない。

 ないのだが、普通に考えて精神的に弱ってる女の子を見捨てられるほど、俺は人道を捨てるつもりはない。



「立て」


「……私を、殺してくれるんですか?」


「違う」


「じゃあ、もう放っておいて――きゃっ!?」



 俺はアリエルを小脇に抱えて歩き出す。

 ちょっぴりアリエルの大きなおっぱいが『もにゅ』と手に触れてしまったが、不可抗力だ。



「な、何を!?」


「黙ってろ。舌を噛むぞ」



 ゲーム知識がある俺は攻略対象の好感度を上げられなかったアリエルが、学院でどう扱われていたのか知っている。


 物を隠されるのは当たり前、魔法の授業では痛めつけられ、努力していい成績を勝ち取っても嫉妬した者たちに不正を疑われ、謂れのない罪で罰を受けることもあったはずだ。


 それが何度も何度も、毎日続く。


 画面越しでアリエルを操るプレイヤーならば、逆境など歯牙にもかけず、ひたむきに努力する選択肢を取り続けることができただろう。


 しかし、アリエルはこの世界で普通に生きている女の子だ。

 たまたま光魔法に目覚めてしまっただけの少女に耐えられるわけがない。


 このままだと自害してしまいそうだし、放っておくのも寝覚めが悪い。



「ど、どこへ……」


「俺の隠れ家だ。お前は俺の弟子にする。まずは飯――いや、その前に風呂だな。雨に濡れたままじゃ風邪を引く」


「……意味が、分かりません。どうして会ったばかりの私にそこまでするんですか? 騙して奴隷商にでも売るつもりですか?」


「騙して悪いが、ってのは一度言ってみたい台詞だがな。単純に光魔法に興味がある。精々、死ぬまで俺の魔術研究に協力してもらおう。そのためには長く健康でいてもらわなくちゃ困る」



 俺がそう言うと、アリエルは脇に抱えられたまま静かに嗚咽を漏らし始めた。

 雨のせいで涙は分からないが、泣いているのだろう。


 普通、初対面の怪しい男に連れ去られそうになったらもう少し抵抗するものかと思ったが、やはり精神的に参っていたに違いない。


 アリエルをしばらく泣かせておこうと思った、その時だった。


 アリエルを抱えて歩く俺の前にフードを深く被った全身黒装束の三人組が立ちはだかった。

 ちらっと背後をみると、俺の退路を断つように二人の黒装束がいる。



「なんだ、お前ら」


「その小娘を置いていけ。従わないなら貴様も殺す」



 いきなり物騒なことを言ってきた五人組のリーダー格と思わしき男。


 ああ、もしかしたらこいつらがゲームのアリエルを殺していたのかもしれない。

 ゲームではそこら辺の描写は明確じゃなかったから分からないけど。


 俺は臨戦態勢を取る。

 すると、こちらの戦意を感じ取ったリーダー格が深く溜め息を漏らした。



「やめておけ。何者かは知らんが、我々は人を殺すための訓練を受けている。万に一つも貴様に勝ち目はない」


「っ、あ、あのっ、わ、私を下ろしてください。貴方だけでも助かるなら――」


「馬鹿正直に相手の言葉を信じるな。見るからに目撃者も殺す気満々だぞ、あいつら」


「……ぷっ、くっくっくっ」



 俺の言葉にリーダー格が笑いを堪えられなかったらしい。



「ああ、その通りだ。貴様、我々が何者か知っているのか?」


「さてね。でもどうせ国の暗部だろ。アリエル、奴らはどのみち俺もお前も殺す気みたいだ」


「っ、な、なら、私の魔法で時間を稼ぎます!!」



 俺はふとアリエルの言葉に疑問を抱く。

 アリエルは光魔法に目覚めた以外は至って平凡な少女だ。

 いやまあ、容姿はヒロインらしく超絶美少女な上に結構おっぱいも大きいが……。


 自分がプロの殺し屋集団を相手にまともな時間稼ぎができないことくらい分かっているはず。

 にも関わらず、アリエルは俺を逃がすために戦うと言った。



「俺をそこまで必死に逃がそうとする理由が分からんな」


「だ、だって……貴方も……」


「ん?」


「貴方も、見ず知らずの私に声をかけてくれました。心配してくれました。私が同じことをしたら、おかしいですか?」


「いや、俺はお前の魔法に興味があるだけで、別に心配していたわけではないが……」



 しかし、なるほど。

 言われてみれば俺も初対面の相手にお節介をしているわけだし、同じことか。



「私のことは大丈夫です。五人くらい、何とかしてみせます」


「……そうか」



 最初の生気のなかった表情が嘘のように、気力に満ちた顔で言うアリエル。


 俺はアリエルを地面に下ろし、座らせた。


 リーダー格の男は俺がアリエルを引き渡すと思ったのだろう。

 布で顔を隠しているので表情は分からないが、ニヤニヤしているように感じる。



「そうだ、大人しくするなら楽に殺し――」


「お前が死ね」



 バンッ!!!!

 耳をつんざく炸裂音が王都に木霊する。


 刹那、リーダー格の男は脳天に風穴が空き、そのまま白目を剥いて倒れ込んだ。

 何が起こったのか分からないらしい黒装束の集団は、目を瞬かせている。



「た、隊長!?」


「き、貴様、何をした!?」


「いや、それよりもなんだそれは!? 武器なのか!? どこから取り出した!?」



 質問攻めしてくる黒装束たち。

 まあ、当然ながら答えるつもりは欠片もないので三人ほど同時に始末する。


 バンバンバンッ!!!!


 炸裂音が三回、目の前の光景を理解する間もなく三人の黒装束たちが絶命してしまった。

 残った一人は腰を抜かし、完全に怯え切っている。


 疑問に思ったのはアリエルも同様のようだ。



「その武器は、一体……? それに、今のは異空間魔法……?」


「銃っていう武器だ。まあ、火薬は精錬に時間がかかるから、火の魔術を代用している。なんちゃって魔法銃だな。あと異空間魔法なんて便利なものは使えん。土の魔術を応用して瞬時に生成、分解してるからそう見えるだけだ」



 この世界は割とハードだ。

 魔物は無論、山賊に襲われることもあるし、近隣の村とはバチバチの関係、国家間での戦争も普通に起こる。

 実際、俺の生まれた故郷は戦争の火で焼かれ、山賊に捕まり、両親は殺された。


 この乙女ゲームには似つかわしくないリアルな世界を生き延びるためには力が必要だった。

 そこで俺は自分の持つアドバンテージ、ゲーム知識と現代知識をフル活用し、あらゆる道具を作り出してきた。


 この銃もその一つだ。

 パッと見はリボルバー式の大型拳銃で、構造はそこまで複雑じゃない。

 幼馴染みがミリオタで、その知識をひけらかしていたのをうろ覚えながら再現したのだ。


 一人になってしまった黒装束が声を震わせて問いかけてくる。



「な、なんなんだ、お前は……」


「お前に答えてやる必要、あるか?」



 弾丸を一発、刺客の脳天にぶち込む。

 襲撃者は全滅し、五つの亡骸はそのまま放置しておく。

 今は雨のせいで人はいないが、俺たちがいる通りは元々人の多い場所だ。


 明日になったら誰かが気付いて通報するだろう。


 俺が臨戦態勢を解いてアリエルの方を見ると、目を瞬かせていた。

 いきなり虐殺したから怖がらせたかと思ったが、そうではなさそうだ。



「貴方は、何者なんですか?」


「……そう言えば、名前を名乗っていなかったな」



 俺はハッとして自己紹介する。



「今はエンドーって名乗ってる。魔術師の間では『鉄撃ち』って異名で呼ばれてるな」


「鉄、撃ち……?」


「安直だよな。俺ももう少しカッコいい異名がよかったんだが」


「……いえ」



 アリエルが首を振ったその時、雨が上がって太陽の光が彼女を照らす。

 雨に濡れているアリエルは幾らか柔らかくなった表情で、俺を見つめてきた。


 その色気とも愛らしさとも異なる表情があまりにも美しくて、俺は思わず見惚れてしまった。



「とても素敵だと思います、エンドーさん」


「あ、ああ。それよりさっさとこの場を離れるぞ」


「……はい」



 俺はアリエルを連れて、その場を離れるのであった。





―――――――――――――――――――――

あとがき

どうでもいい小話


作者「主人公の名前思いつかんかったから同級生の名字を採用した」


エ「えぇ……」



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