〜ねぇお母さん、私、雪女より綺麗な人間を見つけたよ〜

 小雪ちゃんと2人きりのお泊まり会。


 こんなにも幸せと思える時間を過ごすのはお母さんが亡くなって以来の事だ。


 小雪ちゃんと出会ってからはお母さんの夢を見る事もなくなった。


 もう大丈夫だねって安心してくれたのかな?


 もう、大丈夫だよ。


 本当に素敵なお友達に出会えて、私はとても幸せだから。


 私が幸せになる事が夢だなんて思ってくれる人がお母さん以外に現れるなんて思いもしなかった。


 雪女みたいに綺麗な女の子は雪女よりも心の綺麗な私の自慢の親友なんだよ。


 『ねぇ、小雪ちゃん』


 『うん?どうしたの⁇セツ』


 『小雪ちゃんのおかげで私はとても幸せだよ』


 『そうかい。それは良かったよ』


 あぁ、この人と一緒にいると私はまるで背中に翼が生えた様に、自由にどこまでも高く飛んでいける気がする。


 このまま時間が止まってしまえばいいのにと思う心や、小雪ちゃんと新しい明日を見てみたいという心、今まで物分かりの良かったはずの私の心はいつの間にかとても欲張りになってしまった様だ。


 『あっ、小雪ちゃん、外見て‼︎』


 『うん?どうした⁇』


 『ほらっ、雪』


 ちらりちらりと降り始めた雪を見る為に私と小雪ちゃんは手を繋いで横穴の外へ飛び出した。


 私は空から舞い落ちる雪のひとひらを手に取る。


 『見て、小雪ちゃん。雪の結晶だよ』


 『本当だ、めっちゃ綺麗じゃん。私、雪の結晶なんて見るの初めてかもしれない』


 目をキラキラと輝かせる小雪ちゃんの顔は雪の結晶よりも数倍綺麗だったけれどそんな事を口にしたらキモいと思われるかもしれないから言葉にするのはやめておいた。


 『ここは空気が綺麗だから、雪の結晶がみえるんだよ、人間が空気を汚してしまうと雪の結晶は見えないんだって、人間は汚いからなんでも汚してしまうんだって』


 『まぁ〜、確かに人間は汚い生き物だよね。あぁ〜、私の親友はとっても綺麗な生き物でよかった』


 『小雪ちゃんもとっても綺麗だよ』


 スゥゥゥ〜ッ‼︎


 『どうしたの⁇』


 『いやぁ、綺麗な空気を吸ってみようかと思ってさぁ、美味いね、綺麗な空気』


 ペロリと唇を撫でて指を立てる小雪ちゃん本当に可愛すぎる。


 なんだか少し声が震えていたみたいだけれど、元気そうで良かった。


 『フフフフフッ』


 『何だよ?笑うなよっ‼︎』


 『いやぁ〜、幸せだなぁと思ってさぁ、つい笑っちゃったの。ごめんなさい』


 私の方を見て大きく目を見開いた後で


 『ふぅ〜ん。まぁ確かに、幸せだね』


 と言って人差し指で鼻を擦る小雪ちゃんの言葉はとびっきり優しくて暖かくて私の心はやっぱり幸せで包まれるのであった。


 それからは小雪ちゃんと沢山のお話をした。


 今日は怒ってばっかりだったけれど、おばあちゃんは本当は優しい事。


 小雪ちゃんにはお父さんがいなくて、お母さんはいつも世界に文句ばっかり言っていて毎日お酒を飲み、小雪ちゃんのことは全然かまってくれない事。


 私のお母さんはいないけれど、私は今でもお母さんが大好きで、お母さんは空からいつも私の事を見守ってくれてる事。


 『ねぇ、そういえばさぁ、セツは何で雪女を探してたの?』


 『昔ね、お母さんに聞いた事があるの。人間が汚い生き物なら綺麗な生き物はなんなの?って、そしたら雪女だよって教えてくれたんだ。その時のお母さんの表情が未だに私の知っている言葉では表せないんだけど、とにかく今まで見た事のないとても不思議な表情で、その表情の意味とかその時のお母さんの気持ちとかが知りたいなぁと思ったから、だから雪女にあってみたいと思ったんだよ』


 『そっかぁ…私はてっきり…』


 『てっきり?』


 大袈裟に首を振る小雪ちゃん。


 『ううん。なんでもない、忘れて。セツのお母さんはさぁ綺麗な人だったんだろうね』


 『うんっ‼︎とっても綺麗だったよ。お母さんは人間なのに、この世界で私の知っているものの中で一番綺麗だったから、だから本当はいまだに、人間が汚いなんて信じられないんだ。小雪ちゃんだってとっても綺麗だし』


 『まぁ、私とセツのお母さんは特別として、人間はとっても汚いから関わらない方がいいと思うよ。そういえばセツ、あんた自分の顔とか見た事あるの?』


 『ううん、ないよ。自分の顔ってどうやって見るの⁇』


 『あぁ、なるほど、どうりで…』


 腹落ちしたという様に手を叩いたあとで、小雪ちゃんはフフフフフと笑い出す。


 『えっ、何?私の顔変なの⁇』


 『内緒』


 『えぇ〜教えてよぉ〜。気になるぅ‼︎』


 『えっ?だって今まで自分の顔見た事ないんでしょう⁇』


 『でも、そんな風に笑われたら気になるじゃない』


 懇願する私を弄ぶ事が面白いという様に小さなこどもの様に笑う小雪ちゃんの顔を1秒でも長く見ていたいから、本当は自分の顔の事などはどうでもいいのだけれど駄々を捏ねているというのは小雪ちゃんには秘密にしておこう。


 『フフフフフッ。あぁ〜笑ってたら疲れちゃったぁ。セツ、そろそろ寝ようか?』


 『えぇ〜もう寝るのぉ〜?これからが本番じゃん‼︎』


 小さい女の子みたいに口を膨らませて抗議する私の頭を小雪ちゃんが優しく撫でる。


 『今日はもう寝て、明日また遊ぼうよ。せっかくのお泊まり会なんだから一緒に寝ないと意味ないじゃん?』


 『わかったよ』


 小雪ちゃんとの会話を切り上げるのはとても名残惜しかったけれど、確かに明日も遊べるし小雪ちゃんと一緒に寝るのは幸せだし、大人しく言う事を聞く事にした。


 異変に気づいたのは2人で眠りについてしばらくしてからの事だった。


 小雪ちゃんの気配がどんどん小さくなっていくのを感じる。


 この気配は、昔、森のお友達のクマさんが死んでしまった時にとてもにている。


 『小雪ちゃんっ‼︎小雪ちゃんっ‼︎』


 返事がない。


 『小雪ちゃんっ‼︎小雪ちゃんっ‼︎小雪ちゃんっ‼︎』


 やはり返事がない。


 『小雪ちゃんっ‼︎小雪ちゃんっ‼︎小雪ちゃんっ‼︎』


 『何だよもぉ〜…うるさいなぁ…』


 小雪ちゃんの声は掠れていて今にも消えてしまいそうなくらいに弱々しい。


 『小雪ちゃん?大丈夫⁇町のお医者さんに診てもらいに行こう?』


 『大丈夫だから…寝かせてよ』


 ふたたび瞳を閉じる小雪ちゃん。


 『でも、このままじゃ死んじゃうよ』


 『それでいいんだよ…。』


 瞳を閉じたままで応える小雪ちゃんの声は相変わらず弱々しい。


 『えっ⁇』


 今、何て言ったの?????


 『聞こえなかった?だから…もう、死んじゃっていいんだよ、私は…。』


 『よくないよっ‼︎死んじゃダメだよっ‼︎小雪ちゃんのバカッ!!!!!』


 気が付いた時には私は小雪ちゃんを抱えて横穴を飛び出し町へ向かって全力疾走していた。


 『ハハッ…とんでもないスピード…私の事抱えてるのに…まるで、スーパーカーじゃん…』


 小雪ちゃんの生命力はどんどん小さくなっていく。


 『死ぬなんて言わないでよ。生きてよ‼︎何で死ぬなんていうの⁇』


 『セツ…あなたのお母さんが言う様に、人間はとても汚い生き物なんだよ。自分の事ばかり考えて、いつも人の目を気にして嘘をつき、お互いに苦しめあって、自分達の作った沢山の嘘に潰されてみんなで苦しんで、なのに笑顔の仮面を付けてさ、幸せだなんて言葉を吐くの…気持ちが悪いよ、汚くて、とてもあんな生き物の中では生きていられないんだよ…私は』


 小雪ちゃんが寂しげな微笑を浮かべる。


 『私がいるじゃない。私と小雪ちゃんと2人でさ、あの横穴の中で暮らしたらさ…ずっと…ずっと幸せで…いられるもん』


 私の瞳からこぼれ落ちる涙を小雪ちゃんが震える手で拭う。


 『だからさぁ…試してみたけど、やっぱり無理だった…セツのおばあさんが言う様に、雪女と人間は一緒には暮らせないんだよ…』


 『雪女⁇何言ってるの?小雪ちゃんは雪女じゃなくて綺麗な人間の女の子でしょ⁇』


 小雪ちゃんは目を大きく見開いてフフフフフと弱々しく笑う。


 『セツ、あなた本当に気付いてないんだね?』


 『えっ⁇何の事?』


 『普通の女の子はね、人間を抱えてこんなスピードで走って息一つ切らさずに普通に会話する事なんて出来ないんだよ…』


 『私、山で育ったから体力があるんだよ』


 『普通の女の子はね、そんなに綺麗な瞳を持っていないし、そんなに綺麗な肌も、そんなに綺麗な髪も持っていないんだよ』


 『そんなの小雪ちゃんだって持ってるじゃん』


 『ハハハッまぁね』


 小雪ちゃんが弱々しく笑う。


 『でもさぁ…体力や見た目はただのおまけみたいなもので、セツはとっても凄いものをもってるんだよ?』


 『私、普通の女の子だよ?凄いものなんて持ってないもん。』


 またもや私の瞳からこぼれ落ちる涙を震える手で拭った後で小雪ちゃんが小さいけれどとても力強い言葉で言う。


 『心だよ。あなたはとても綺麗な心を持っているんだよ…その心に、私は救われたんだよ…最初はあなたのあまりの美しさに心を奪われてしまっただけだったけれど、あなたと会う度に話を重ねる度に、本当のあなたの美しさを知った、いつの間にかあなたは私の全てになっていた…』


 小雪ちゃんはそう言うと瞳を閉じて弱々しい寝息を立て始めた。


 絶対に死なせない‼︎


 私は、全力疾走の更に全力の全力で真夜中の山道を駆け抜ける、ようやく町の灯りが見えてきた。


 前に小雪ちゃんと覗きに来た事のある町。


 もう真夜中なのに、チラチラと光が散見される。


 前に来た時には昼間だったから気が付かなかったけれど、町には沢山の光る玉や光る窓がある様だ。


 やはり真夜中という事もあって、前に覗きに来た時の様に人は出歩いていない様だ。


 『すいませぇ〜ん‼︎誰かぁ〜‼︎すいませぇ〜ん‼︎』


 みんなに気付いてもらえる様に灯りの沢山灯っている広場にやってきた。


 『すいませぇ〜ん‼︎誰かぁ〜‼︎助けてくださぁ〜い!!!!』


 何だ?どうした?と手に光る棒を持った人達がワラワラと集まってくる。


 『助けてください‼︎この子が死にそうなんです』


 『なんだって⁉︎それは大変だ‼︎』

 私と小雪ちゃんの方へ歩み寄ろうとしてくれた男の人を袖を強く引いて制した女性が大声で叫び出す。


 『アレは雪女だよ⁉︎あの子の抱えている女の子を見てみな‼︎背中が凍り始めてるじゃないか、それに普通の人間はこんな雪の日にあんな格好ではいられないよ』


 女性の言葉に、広場に集まった人達が騒つくのを見て私はとても不安になる。


 小雪ちゃんはどんどん弱っていく、本当にもう死んでしまいそうだ。


 『助けて…ください』

 何とか声を絞り出す私に


 『その子を解放しろ』

 筒状の黒い棒の様なものの付いた大きなものを手に持った男の人が私に向かって威嚇する様に叫ぶ。


 私は早く小雪ちゃんをお医者さんに診て欲しいので男の人の言う通りにする。


 『セツ…ダメだよ、私を抱えたままでいないと…』

 深い眠りについていた小雪ちゃんが瞼を開き、私は気が緩んで笑顔になる。


 『良かった、小雪ちゃん。もうすぐお医者に診てもらえるからね』


 パァン


 突如鳴り響いた大きくて乾いた音。


 何だろうと思った次の瞬間には胸がとても熱くなって口の中は鉄の味でいっぱいになった。


 『セツッ…あぁ…セツ…』


 小雪ちゃんがこちらへ伸ばしてくる手を取ろうとしたら足に力が入らずにその場に崩れ落ちてしまった。


 あれっ私…どうしたんだろう?


 上手く歩けない。


 小雪ちゃんはどうして泣いているの?


 もう、今にも死んでしまいそうだから早く助けなくちゃ…でも、どうすれば。


 …セツ…


 えっ


 …セツ、頑張って、あの子の側まで行きなさい…


 お母さん?お母さんの声が聞こえてくる。


 私は思い通りに動かない体で何とか小雪ちゃんの側まで這い寄る。


 …あなたの血をその子に飲ませてあげなさい、そうすればその子は助かるから…


 『うん、わかったよ、ありがとう…。小雪ちゃん、口を開けて、私の血を飲んで』


 『嫌だよ…私も、セツと一緒に死ぬよ』


 『ダメだよ、私が笑っている事が小雪ちゃんの夢なんだったら、生きて』


 『セツ、あなたが笑って生きる事が私の夢だから…死んじゃったら意味ないよ』


 『死なないよ、私は小雪ちゃんの中でずっと笑顔で生き続けるよ、だって、私は…普通の女の子じゃなくて雪女なんだから』


 薄れゆく意識の中で、どうにか小雪ちゃんに私の血を飲ませる。


 『泣かないで、笑ってよ、最後には小雪ちゃんの笑顔が見ていたいから』


 涙で顔を濡らしながらも、小雪ちゃんが笑顔を作る。


 『ありがとう』


 私の手に舞い落ちたひとひらの雪に目をやると、とても綺麗な雪の結晶が見えた。


 あぁ…なんて…


 …お母さん、聞こえていますか?私、雪女よりも綺麗な、とっても綺麗な人間を見つけたよ…


 この雪降る夜を境に、その町では雪の結晶が見える様になったと云ふ。






 


 

 

 

 

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雪女を見つけた私は思い切ってお友達になってもらう事にした〜お母さん、雪女は想像以上に綺麗です〜 GK506 @GK506

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