聖女様の眼球

「はあ…騎士様に可愛いって言われてすごく嬉しい…」



ここ最近、ソフィアはそればっかりだ。幸せそうなソフィアにココは朝の支度をする。ベットでゴロゴロして右へ左へ。

よっぽどルイに可愛いと言われたのが嬉しかったらしい。



「…ソフィアちゃん」


「なあに?ココちゃん」


「ずっと黙ってたけどね、その可愛いはね」


「うん」



ココはやけに真剣な表情でソフィアを見る。エプロンのリボンを結ぶと意を決して言った。



「ただのナンパの口説き文句だよ」


「な、ナンパ…!!!」



ずぎゃああん、とソフィアに稲妻が落ちる。

生まれてこの方ナンパなんてされたことのないソフィア。無知であった。

美人故、何度もナンパされたことのあるココ。説得力が違う。



「それよりソフィアちゃん、今日はお出かけするんでしょ?いいなあ、私も今日お休みだったらよかったのに。…ってソフィアちゃん?」



ショックすぎて立ち直れない。






「あ、ソフィア」


「!騎士様!おはようございます!」



朝早く、ソフィアは城の外に向かっているとルイと出会った。

「騎士様じゃなくて名前で呼んでよ」と言われるが緊張して呼べない。

ソフィアは嬉しそうにててて…とルイの側に近づく。まるで人懐こい犬のようだ。その様子が微笑ましいルイは「今日はメイド服じゃないんだね」と不思議そうに言う。


水色のワンピースを着ているソフィアをまじまじと見る。いつも三つ編みにしている髪も解いている。



「うん、一段と可愛いね」


「か、かわ…!あ、ありがとうございます…」


「あれ、嬉しくない?」


「そ、そんなことないです!今日は休日なので城下町を散策しようと思って」



前に先輩に言われた言葉を思い出してしおしおと落ち込むソフィア。素直に喜べない。


ナンパ。


今日のお仕事はお休みだ。せっかくなので城を出てお買い物したいとソフィアは思っていた。

それを聞いてルイはうーん、と目を右に動かした。どうしたのだろうか。



「大丈夫?一人は危ないよ」


「大丈夫ですよ!初めての城下町、楽しみです!」


「そう?なんだか心配だなあ、俺も着いていこうかな。そうだ、デートしちゃう?」


「で、!?」



デート!?男性とデートなんてしたことのないソフィアには刺激が強くて顔を真っ赤にさせる。


は!これもナンパでは!?


とココに言われた言葉を思い出す。で、でも優しく騎士様がそんなことするわけ…!と百面相する。

その様子を見ていた騎士様はにこりと微笑む。



「よし、俺も行こっと」


「で、でも、騎士様。これからお仕事では…?」


「いいよいいよ。仕事よりソフィアといた方が楽しいし」


「…」



それは大丈夫なのだろうか。騎士団長様はとても厳しい方だと聞く。騎士の仕事はパトロールだったり鍛錬場で鍛えたり…など。これはサボり、では?


するとどこからか強面の騎士団長が怒り心頭にやってきた。



「ルイ!またサボってるのか!道草食ってないで鍛錬場に戻れ!」


「騎士団長。やだなあ、そんな怖い顔してたらソフィアが怖がっちゃうよ」


「ソフィア?誰だ」



髭の生えた強面の騎士団長がソフィアを視界に入れると彼女は表情を固くしてルイの背中に隠れた。怖いらしい。


騎士団長にソフィアのことを聞かれて「ソフィアは、…うーん」とルイは悩む。

え!?悩むところ!?メイドですけど!?とソフィアが目を丸める。



「俺のカノジョ♡」


「え!?!?」


「は?」



ソフィアの肩に手を置いて、そんな冗談を言うルイにソフィアは目が飛び出るかと思った。

騎士団長はソフィアを見るとああ、と何か知っているようだった。



「お前が陛下が言っていた聖女様の末裔か」


「…」


「え!王様私のこと言ってたんですか?」


「勿論だ。何かあったら守るように言われている。困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。特にこいつに絡まれた時は」


「そ、それは困ってないです。でもありがとうございます」



ソフィアはにこりとお辞儀する。


「兎に角!お前は鍛錬場に戻れ!いつもいつもサボってばかりで手を焼く」と怒っている騎士団長にソフィアはああ…と納得する。私とデートしたかったんじゃなくてサボりたかったんだ、としょんぼりする。



「俺、今からソフィアとデートなんで」


「駄目に決まっているだろう。何を言ってるんだ」


「メイドを守るのも騎士の務めでしょう?まさか、東の国を統率する城の騎士がメイド一人しかも聖女様の末裔も守れないようじゃねえ〜?」


「…分かったからもう行け」


「はーい」



さ、行こと背中を押されソフィアは心配そうに騎士団長を見る。「良いんですか?お仕事サボっても…」と不安そうに聞くソフィアにルイは平気そうに答える。



「いいよいいよ。今日はソフィアを守るのが俺の仕事ってこと」







「騎士様!このネックレスとても可愛いです!」



目の前に並んでいるアクセサリーを眺めて目を輝かせているソフィア。今日は大通りに色んな店が出店している。スイーツ、アクセサリー、花、人形。


大勢の人で賑わう大通り。ソフィアは楽しそうに出店している店を周っていた。

ピンクの花のモチーフがついたネックレスを見てソフィアはニコニコしている。



「そうだね。ソフィアの髪色みたいで可愛いね」


「!そ、ソウデスカ…?」


「うん」



そう言われると逆に買うのを躊躇ってしまう。照れてしまったソフィアは「ほ、他のお店も見てみましょうか!」と声が上擦ってしまう。



「買わないの?」


「ほ、ほかのもみてから…」


「そっか」



ぷすぷすと湯気が出るソフィアにルイははい、と掌を差し出す。ん?とソフィアの目が点になるとルイは当たり前のように言う。



「手、繋ぎたくない?」


「え!?どうして手繋ぐンデスカ…?」


「ソフィア小さいから逸れないように。腕組む方が良かった?」


「え、えと…、あの、」


「ごめんごめん、からかいすぎたね」



掌を下げるルイにソフィアは「い、行きましょうか!」と話を繋げる。


人混みを歩きながら考える。


からかっているのだろうか、とソフィアは落ち込む。その気があるからそういうことを言っているのではなく?



「(そうだよね、騎士様は不良?だから気を持たせることも言うよね…)」



昔、姉が言っていた。変に気を持たせる男もいるのだと。騎士様がそうとは思いたくないけどエリーの話からもそう思ってしまう。


益々、しょぼんと落ち込むソフィア。


憧れの騎士様に対してそんなことを思うなんて。

そう考えてはっとした。騎士様のことだ、察しられてないだろうか、と無理やり笑顔を作って隣にいるルイに話しかけようとしたら、とある店の店主に声をかけられた。



「おお!その騎士のにーちゃんと可愛らしいお嬢ちゃん!うちの店珍しいあるから見てってよ」



珍しいもの…?と店に近寄って売り物見ると宝石や高価そうなアクセサリー…の他にミイラの人の手や茶色くなった抜けた歯など、グロいものまで置いてあった。

ソフィアは思わず青ざめて後ずさる。こんなもの初めて見た。なるべく宝石の方見とこ…と視線を逸らす。



「大丈夫?ソフィア」


「はい…」



ソフィアの様子を心配してルイは話しかけた。大丈夫ではなさそうだ。早く立ち去ろう。

青ざめているソフィアを見て店主はおお、と声を漏らした。



「お嬢ちゃん、綺麗な瞳をしてるねえ!言い伝えられている聖女様の瞳のようだ!」


「…あの、」


「特別にいいものを見せてやろう。どどーん、これ、何だと思う?」


「ひっ、!」



店主が箱から出してきたのは液体に浮く二つの眼球。その眼球はとても美しく空を切り取って埋めんだような綺麗な瞳だった。


それがソフィアを見た。その瞬間ソフィアがさらに青ざめて後退り口元に手を覆った。…と同時にルイが見せないように右手で彼女の目を塞いだ。


怖いと思った。眼球なんて普段見ることは絶対ないものだ。美しいと思ったのほんの一瞬だけ。



「おや、お嬢ちゃんには怖かったかな?」


「…一応聞くけど、それは?」


「聖女様の眼球さ。手に入れるの苦労したんだぜ。どうだい?今なら少しばかり値引いてやっても…」



聖女様の眼球。それはソフィアの瞳と瓜二つだ。なんでどうして、とソフィアは混乱していた。

怖い、早くここから立ち去りたい。

ルイはその眼球を冷たく見据えると言い放った。



「それは偽物だろう」


「な!?出鱈目を言うな!何を根拠に」


「聖女の眼球はとっくの昔に燃えてなくなった」



さあ、行こうソフィア、とルイは彼女の肩を押して見せないようにその場を立ち去った。


しばらく歩いてベンチに座るとソフィアは震えていた。あの目が本物ではないことはわかっている。しかし偽物といえどそっくりの聖女様の瞳。

学校で教えてもらったことがある。


聖女様は絶世の美女でそれはもとんでもなく美しかったのだとか。多くの者を惹きつけた。そしてそれはいい人間から悪い人間まで、透き通る空色の瞳を欲しがる者が現れた。宝石より美しい瞳を。


教えてもらったことはその瞳は死ぬまで一生守られていた、ということ。



「せ、聖女様の瞳は盗られていたんですか…?」


「盗られてないよ。ずっと厳重に保管されていた」


「ほ、保管?」


「聖女様が亡くなった後、火葬したんだけど何故だか眼球だけ残った。何度やっても眼球だけ燃えない。聖女様の最後の力なのかなんなのかはわからないけど、結局生きていた夫がそれを大事に守っていたって話しだよ」



土葬が一般的なこと世界、火葬も増えてきたとはいえ珍しい。


「さ、さっき、聖女様の眼球は燃えたって…」「あれは嘘。ああ言わないとあの店主食い下がってきそうだったからね」と言われなるほど…と思うと同時に脱力した。



「その保管された眼球は今どこにあるんですか?」


「知りたい?」


「…はい」



聖女様に会ってみたい、ご先祖様のことを知りたい。そんな気持ちで言ったが、突然ルイに頭を撫でられた。



「お城のどこかにあるよ」


「へ!?」


「詳しい場所は俺もわからない」



そうなんだ…としょんぼりするソフィア。王様に頼んだら見せてもらえるかな、なんて考えてしまう。



「それに大丈夫なの?グロかったでしょ?」


「う…」



グロいもの怖いものが苦手なソフィア、果たして本物の聖女様の眼球を見ることができるのだろうか。

と、まで考えてソフィアは少し疑問に思った



「騎士様はなんでそんなことを知ってるんですか?」



何故聖女様の眼球のありかを知っているのか。

内容からして極秘事項のような気もするけど、騎士が知っていていいことだったんのだろうか。


ルイはソフィアの綺麗な瞳を見ると指先で彼女の目尻を撫でた。



「なんでだと思う?…俺は君に出会えて嬉しいよ。こうやってまた聖女様の瞳を守らせてもらえるんだから」


「?また…?」



ルイは立ち上がるとすぐにベンチに座っているソフィアの足元に跪いた。

「き、騎士様!?」と慌てるソフィアを予想にルイは右手の手袋を外して彼女の左手を取った。



「誓います。俺は命をかけて貴方を守ります。貴方の髪も肌も爪も唇も…瞳も誰にも奪わせない。どうか、守らせてください。聖女様」



そしてソフィアの手の甲に一つ口付けた。

突然そんなことし出したルイにソフィアは顔真っ赤にしてどう返事したらいいのか分からず、



「え、えと、よろしくお願いします…?」


「あはは、困ってるね。可愛い、そういうところ好きだよ」


「す、…!?」



い、今なんて言った!?と湯気が出そうなくらい顔を赤くするソフィアにルイは微笑ましそうに笑う。


「さあ暗くなってきたし帰ろうか」とルイは手袋を戻してソフィアに手を差し伸べる。手を繋ごうと言うのだろうか。


ソフィアはちらりとルイを見るとにこりと微笑まれた。

おずおずと手を重ねるとギュッと掴まれた。



(騎士様…私がああならないように守ってくれるってことなのかな?聖女様じゃないからそんなことないのに)



優しいなあ、と幸せな気持ちになる。

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聖女様の末裔な見習いメイドは元不良騎士様に溺愛される ゆずぽんず @panchi0127

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