欠けた美しさ

シオン

欠けた美しさ

 まだ太陽が沈むには早い時間帯、午後4時頃の図書室は人が閑散としていた。大抵の生徒は部活に精を出したり教室で友人と話して時間を潰しているだろう。そうでないなら早々に帰宅して自分の時間を満喫している。

 つまり好き好んで図書室で本を読む物好きは自然と限られてくる。

 とある高校の図書室には二人の男女が図書カウンターの席に座っていた。男子生徒は少年漫画を読んで時間を潰していて、女子生徒は長い前髪のすき間から猫背で少女漫画を読んでいた。つまりこの二人の男女も暇なのだ。


(このキャラクター嫌な奴だなぁ。主人公のこといじめて大笑いしている。主人公は地味でパッとしないけど本当は美しい心を持っている。その点このいじめっ子は顔は美しいけど中身が未熟で自分より下の人間をよくいじめている。主人公はその標的にされている)


 女子生徒の心のモノローグが誰にも聞かれることなく頭の中から過ぎ去っていく。女子生徒の漫画を読むページをめくる手は進む。


(そんな主人公が格好良い男性に求婚されている。このいじめっ子はそれが気に食わなくていじめはより過激になる。いじめられている主人公のもとに男性がやってきて主人公を守ってくれる)


 ページの端に「4巻に続く」と書かれ3巻を読み終えた女子生徒。思わずため息が出る。そして彼女はこう思った。


(今回もつまらなかったな)


 彼女、須川 美知流(すがわ みちる)は今読んだ少女漫画を酷評した。


(こういう本当は心は美しい主人公がヒーローに見初められる展開には飽き飽き。私は外見が美しいキャラクターが好きで読んでいるんだから、こんなブスを主人公にするんじゃないわよ)


 この漫画では主人公をいじめる女子生徒が好きなくらい彼女は美しい顔立ちをしたキャラクターが好きだ。だからいつもそのいじめっ子を応援して読んでいるが、それが叶う日はない。世の中は心の美しさという幻想が好きだな。

 彼女はそんなことを思いながら本をテーブルに置く。それに気付いた隣の男子生徒は彼女の方を向いた。


「須川は読み終えたのか。ホント女子は少女漫画好きだな」


「いちいち気にしないでよ。あなたに話しかけられる間柄じゃないでしょ」


「一応同じ図書委員なんだが。須川は見た目地味なのに性格はキツいよなぁ」


 須川美知流は見た目は前髪で顔を隠していて後ろ髪も一本に結んでいる一見地味な女子生徒だ。ギャルゲーだと「わ、私に何か用?」とおどおどと対応するキャラクターを連想するに違いない。

 しかし中身は物怖じしない性格で、押しに弱そうだと思って近寄ってきた男子生徒諸君をその研いだナイフのような言葉で切り裂いてきた。切り裂かれた男子生徒は保健室に運ばれ、淫行行為をしていると有名な保険の先生に慰められて保険の先生の経験人数を増やしていく。その結果一部の男子生徒は同世代の女子に近寄らなくなったそうだ。


「そのキツい性格を直せば須川もモテるのになぁ」


「私、そういう余計なお世話する人大っ嫌いなの。二度と言わないでくれないかしら?」


「そりゃ無理だ。俺須川のこと嫌いじゃないし」


 隣の男子生徒、多田 延彦(ただ のぶひこ)は気にすることなく恥ずかしいことを言ってのける。美知流はゾワッと鳥肌が立ったことを感じた。この男は何を言っているんだろうと思ったくらいだ。


「大体前髪が長すぎるんだよ。もっと短くしたらいいのに」


 延彦は軽口のように言うが、それが難しいことは美知流自身が実感していた。彼女の額には中学時代にできた古傷があり、それを隠すための長い前髪なのだ。


(それができたら苦労しないわよ。私の美しい顔をさらけ出せたら皆を私に魅了できるし、あんな不細工たちがクラスを支配されることもない。むしろ私が生きやすいようにしてやりたいくらい。昔みたいにね。)


 事実美知流の顔は整っている。昔彼女を嫌っていた人は「美知流は老け顔よねぇ」と揶揄していたが、それほどに成熟した顔立ちで高い身長も相まって中学の頃から子供離れしたスタイルと顔を有していた。

 中学時代にそんな女子がいたら大抵の男子は目を追ってしまうだろう。実際ファンクラブもいたくらいだ。しかし、とある事故で額に傷ができてから彼女は高い身長を台無しにするような猫背で生活するようになり、整った顔を傷を隠すためだけに前髪で隠した。

 この高校ではそれを知るものはいない。彼女自身中学の同級生がいない遠くの高校を選んだし、在校生も調べた。


(私の評判を知らない訳じゃないし、この男は何を思って私に近寄るのかしら。やっぱり地味な女の子は手込めにできると思うから近寄ってくるのか?)


 世の中綺麗で派手な女性より地味で暗い女子を好む男性も少なくない。男性の中には派手な女性が怖いと感じる者も多く、その女性にイニシアチブを取られるより自分より格下で支配しやすい女性と付き合いたいと思うようだ。

 美知流自身も昔はモテていたが、近寄ってくる数で言えば現在のほうが多いくらいだった。元が整っている分一部の男子を今でも魅了するらしい。しかし、彼女を知る者は彼女を畏怖と敬愛の目で見るので、今近寄ってくる男子は無知かバカのどちらかだった。


「あなたが私を嫌いじゃないのは、下に見ているからでしょう?」


 それがムカついたから彼女はつい悪態を吐く。延彦は少しの間真顔になり、笑顔を作った。それは失望からではなく、彼女の卑屈さが面白く感じたからだ。


「いいや、お前を下に見たことはないよ。そもそも、須川を知る人で下に見れる奴はいないよ」


「なら、なんでそんなこと言うのよ」


「お前の心が格好良いと思ったからだ」


 お決まりのセリフを聞いて美知流はがっかりする。結局皆心の綺麗さばかり見るんだって。彼女は心が綺麗という考えが嫌いだ。見た目が変わっただけで皆見る目が変わる。それは心なんて誰にも見えないからだ。見えないくせに心を重視するその趣向に美知流はうんざりしていた。


(素直に顔が良いから好きだと言われた方がまだ救いがある。思ってもないのに心を理解した気にならないでほしい。そんな嘘が私は嫌いだ)


 それが美知流の本音だった。しかし、延彦は朗らかに言った。


「須川は前髪で顔を隠していつも猫背だ。それだけ見れば自身がなさそうで俺ならこいつと付き合える・・・・・・なんて思うかもしれない。実際そんな輩はいただろ?でも須川はそんな舐めた態度取った奴にも臆さないではねのけてしまえる。人って見た目や地位に依存しているから、それがない人間は自然と弱気になっちまうんだよ。でも、須川はそんなもの関係なく言いたいこと言えるから、それが格好良いなって思ったんだ」


 そう言われ、長い前髪のすき間から延彦を見た。彼の言葉には嘘や欺瞞を感じなかった。延彦はただ思ったことを言っただけに過ぎない。それが美知流には予想外で、虚をつかれてしまった。

 顔の美しさが至高と思っていた美知流にとって自分の顔以外の部分を褒められたのは初めてだった。だから、上手く声が出なかった。

 すると下校のチャイムがなった。延彦はカバンを持った。


「そろそろ下校時間だ。帰るか」


「え、えぇ」


 その後二人の男女は玄関口で別れた。美知流は自宅に帰っても今日のことが忘れられなかった。

 そして、ひとつの決心をした。



 一週間後の月曜日、延彦は朝教室へ向かうと廊下が騒がしかった。何かあったのか見てみることにした。


「マジかよ、あの須川が・・・・・・」


「あぁ、まさかこんな娘が3次元にいたなんて」


 集団の会話から須川のことを話されていた。延彦は気になって集団の中心部に近寄った。すると延彦は唖然とした。

 一人の女子生徒は周囲に人除けの魔術をしかけているのかと思うくらい空間が空いていて、遠目から男子生徒が彼女を眺めていた。そして、その女子生徒は額に古傷があったが、驚くくらいの美少女だった。こんな娘がいたなんて今まで知らなかったと延彦は驚嘆した。


「地味っ娘が実は美少女とか使い古された手だと思うけど、このレベルの美少女は俺的にあり!!」


 そんな声が聞こえた。それくらい周囲の男子は目の前の女子に驚きと魅了の視線を送っていた。彼女は延彦に気付くと微笑んで近寄ってきた。


「おはよう、多田」


「おはよう・・・・・・俺たちどこかで知り合ったか?」


 すると彼女は延彦の足を踏みつけた。延彦は痛みに悶絶したが、彼女はやめなかった。


「須川よ。毎日図書室で顔を会わせているでしょ?」


「はぁ!お前あの須川かよ!」


 長い前髪を切った須川はその整った顔をさらけ出していた。額に古傷はあるが、本人は気にもとめていない。以前までと違う、堂々とした姿だった。


「前髪切ったんだな。似合っているぞ」


「当然でしょ。この私なんだから。今までどこを見て話していたのよこの間抜け」


 彼女は本当にあの須川なのか、今でも延彦は疑問を抱いていた。しかし、彼女の毒舌は美知流そのものだった。


「これから覚悟していてよね。私をこうしたのは、あなたなんだから」


 そう言われて周囲の視線は延彦に集まっていた。悪寒を感じた延彦は釈明を美知流に求めたが、すでに彼女の姿はなく教室へ向かっていた。


「おい延彦、これはどういうことなんだ!」


「我らの美知流ちゃんに何をした!!」


「あの地味で毒舌な美知流ちゃんが好きだったのに、なんでお前なんかに!!」


 周囲の男子に詰め寄られて逃げ場を失っていく。延彦は思わず叫んだ。


「知るかよ!!!!!」


 その後、彼の無残な姿が廊下に捨てられていた。美知流はそれを見て楽しそうに笑っていた。

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