第3話 カポエイラ
「キミが啓吾くん? 眉の感じとか お姉ちゃんにそっくりだし 直ぐに分かった~っ! 背も高くて目立つしね!」
6号館1階のカフェで落ち合った日菜乃は 開口一番 啓吾の肩をバシバシと叩きながら そう言った。
日菜乃は 姉とほぼ同身長175㎝といったところだろうか。
カフェにいる他の女子学生に比べれば 抜群の高身長だったが 姉と日頃から接している上に 自らも182㎝の啓吾には あまり気にならない。
ロングスラックスと白の長袖Tシャツに薄手のジャケットを羽織ったアクティブなファッションで その長身を包んでいる。
「お姉ちゃんも男前だけど 啓吾くんも男前だね~。ガタイもいいし。モテるでしょ?」
キリッとした太い眉に切れ長の一重瞼。
日菜乃の言う通り啓吾は なかなかに精悍な面構え。
高校時代 女子生徒達の評判は悪くはなかったが 中学時代に付き合い始め 一緒の高校に進学した恋人との破局が微妙に後を引き 啓吾は結局 新しい恋愛に踏み出せないまま 大学の入学式を迎えていた。
まあ その元カノとも進学先は別となり 啓吾自身も 吹っ切れた自覚はあるのだったが。
「……いやぁ ぜんぜんっすよ。高1の時にフラれたっきり カノジョいないっす」
「へー。そーなの? モテそうなのに。まぁ 男前だし直ぐにカノジョできるって。ウチのサークル 女子も それなりにいるし 出会いあるかもよ~っ? コンパとかも 時々やってるし」
屈託なく笑う日菜乃は サラサラストレートのベリーショートにパチッとした大きな瞳が印象的な
だが 高校を卒業したばかりの新入生男子の眼には うっすらとした化粧や少し染めた
高校の頃の同級生達より ほんの少し近い日菜乃の距離感も 大人の女性の余裕なのかな?などと まだ大学慣れしない18歳は 平静を装いながらも 少しドギマギしてしまうのだった。
「そーいや カポエラサークルって どんな感じなんすか?」
「おおっと。ゴメン ゴメン。そのハナシ聞きに来てくれたんだよね。ここのお茶代出すから しばらく付き合ってね。コーヒーで いいかな?」
「あっ ハイ」
「オッケ~」
カウンターでコーヒーを2つ注文して テーブル席まで運び 椅子を薦めながら日菜乃が言う。
「ウチのサークルの名前は〈光南学院大学カポエイラ同好会
「あれ? カポエラってブラジルじゃなかったんっすか?」
「そーだよ~。ブラジルってポルトガル語 使ってるの。知らなかったでしょ?」
ニッカリと笑う日菜乃。
「アタシも 新歓の時に 先輩に教えてもらったんだけどね~」
そう言ってウインク。
姉と同じように くるくると変幻自在に変わる日菜乃の表情に えもいわれぬ親しみを感じる啓吾。
気の合う親友同士というだけあって 日菜乃という人は 姉と似たタイプらしい。
……いや 姉なら もっと不機嫌な顔や 露骨に馬鹿にしたような表情を浮かべるし 態度も もっと横柄で 時には暴力も辞さない。
それに引き換え日菜乃は 終始 にこやかな笑みを浮かべ フレンドリーに話し掛けてくれる。
もちろん サークルの勧誘活動だからという部分もあるのだろうけれど。
啓吾は 自身が日菜乃の笑顔に魅力を感じているのを認めないワケにはいかなかった。
「火曜日と金曜日の5限後に サークル棟の第三多目的スタジオで練習やってるの。あと 月1回は 外部のスタジオ借りて師範に来てもらって講習会。サークル費は ほとんど講習会代だし そんなに高くない方だと思うよ~」
カポエイラサークルについて楽しげに話す笑顔の魅力の他に あともうひとつ 日菜乃に魅力を感じる啓吾。
それは 日菜乃が笑ったり 大きく身振り手振りをする度に 揺れるTシャツの下の膨らみ。
その たわわな振動に若い男として 啓吾は ついつい蠱惑を感じてしまっているのだった。
もちろん 会ったばかりの女性で どんな人間なのか知りもしない。
それに 年上の美人なのだから きっと恋人もいるだろう。
それも分かった上での 夢想じみた淡い憧憬だった。
「まぁ 1度 練習見に来てよ~。絶対 楽しいしカッコいいからっ!キレイに技決まったら メッチャ気持ちいいよっ!? 絶対 ハマるって!」
「カポエラって 逆立ちして蹴り入れたりするんすよね?」
「そーそー〈アウー〉とか側転しながら蹴るのっ。そーゆー技もあるよ~っ。ただ たまに勘違いしてる人いるけど ずっと逆立ちしっぱなしで闘うワケじゃないんだよ? 基本的には立った姿勢で〈ジンガ〉ってゆーサンバみたいなステップ踏みながら やる感じ。練習も音楽かけながらだから みんなで踊ってるみたいで楽しいの。ホント楽しいから 見に来てくれたら嬉しいな。見に来たからって絶対入らないといけないワケじゃないしさ」
「穴戸先輩 カポエラって オレやったことないんすけど 経験者って多いんすか?」
啓吾は気になっていたことを確かめる。
「あっ ウチのサークル 上下関係 うるさくないし。先輩って付けなくていいよ~? 日菜乃か 日菜乃さんくらいで だいじょぶよ?」
啓吾の所属していた高校のバスケ部も そんなに上下関係に厳しい部活ではなかったが それでも2つ上の先輩を名前呼びというのは 考えられなかった。
これがサークルのノリなのかと 啓吾がカルチャーショックを受ける間に 日菜乃が 話を続ける。
「で 経験者のハナシだっけ? それも だいじょぶ。みんなカポエイラ初心者からだよ。アタシもそーだったし。まぁ ダンスやってたって子は ちょっといるかな? あと 確か小学生の時に空手やってたって人が 1人いた気がする。でも ホント ほとんど みんな格闘技も初めてだから ぜ~んぜん 心配ないよ」
「あっ そうなんすね。なら 少し安心かも。じゃあ 1度 見学に行かしてもらってもいいっすか?」
「えっ!? ホント!? 来てくれるの? ありがと~っ!」
日菜乃は 向かいの席から 勢いよく立ち上がり啓吾に抱きつかんばかり。
目の前に迫るぶるんッと揺れる豊かな胸に視線を奪われそうになって 慌てて眼を逸らす啓吾。
「次の練習 明後日の金曜だからさ 5限終わったら連絡してよ。迎えに行くし……連絡先 さっきの電話番号で分かるよね?」
「あっ ハイ」
「啓吾くん 金曜5限って ナニ入れてんの? あっ! ってゆーか 履修登録まだだよね? アタシ おんなじ経済学部だし シラバスの見方 教えてあげよっか?」
履修登録の仕方については入学式後のオリエンテーションで一通り説明はあったものの しっかり理解できたかというと 少し覚束無い啓吾にとって 日菜乃の提案は渡りに船だった。
「ありがとうございます。さっき説明してもらったんすけど 正直 よくわかんなくて……」
「だよね~っ。アタシも1年の時 ぜんぜん わかんなくて 困ったよ~。とりあえず 光南大アプリは入れてある?」
「それは さっき入れたっす」
「オッケ~。じゃあさ アプリ立ち上げて シラバスってとこタップしてくれる? 啓吾くん1年だし 必修多いと思うけど それでもヌルい先生とか 教えてあげれるハズだし……」
………。
……。
…。
「けっこう 巧く授業組めたじゃん。必修と般教は ちゃんと押さえたし 資格系も ちょっと取れてるし しかも水曜と木曜の1限は空けれたし。我ながら上出来~っ」
「すみません 日菜乃さん。全部 やってもらって……」
「ううん。ぜ~んぜん。教科書とかもさ アタシのお古とか回してあげれるかもだし 遠慮なく言ってね?」
「ありがとうございます。色々 お世話になっちゃって……」
「気にしないで いいよ~。高校ん時 お姉ちゃんには ホントに い~っぱいお世話になったし……その恩返しだからさ。あと コレやってあげたからって Vento Forteに入んなきゃとかも 思わなくていいよ? 入っては欲しいけど やっぱ カポエイラに興味持って 入って欲しいし」
「あっ ハイ。ホントに すみません」
「だから 謝らなくていいって~っ。アタシ 3人兄妹の末っ子だしさ ずっと弟 欲しかったんだよね~っ。こんな男前で 可愛くて素直な弟くんできて 超ハッピーっ。ホント お姉ちゃん代わりだと 思って頼ってくれて ぜんぜんオッケーだし。何でも相談してよ~っ」
日菜乃は 啓吾の肩をバシバシと叩きながら立ち上がり テーブルの上の飲み終えたカップをカウンターへと 持っていく。
「じゃあね 啓吾くん。金曜日 連絡 待ってるね~っ」
大きく手を振り にこやかに そう言い残すと 長身の美女は 踊るようなステップで 校舎の出口へと消えていった。
「……弟…か。まあ そりゃ 2つも年下だもんな……」
日菜乃に応えて 少し手を挙げた姿勢のまま 啓吾は小さく呟くのだった……。
………。
……。
…。
次の更新予定
姉貴の親友 金星タヌキ @VenusRacoon
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