第2話 姉貴の親友



 ……バスケットは もう いいかな。

 


 それが 大学入学式での啓吾けいごの正直な感想だった。

 小学校3年生でミニバスを始めて以来 小学校4年間 中学高校は3年ずつ 計10年間バスケットに打ち込んできた。

 スポーツ強豪校で甲子園を目指した兄や春高バレー出場を果たした姉とは違い 啓吾の卒業した県立桜橋南高は 全国を目指すようなレベルの学校では無かった。

 だが 啓吾の高校生活がバスケットを中心に回っていたのは 確かな事実だった。


 でも だからこそ「……バスケットは もう いいかな」と思うのだった。

 

 高校3年間で完全燃焼した兄。

 バレー打ち込みながらも 故障で挫折を味わった姉。

 啓吾には 兄姉ほどのスポーツへのストイックな情熱は 無い。


 高校入学時も その頃 付き合っていた彼女がバスケット部を選んだから 入部したのであって 条件が違えば 別の部活を選んでいたのかもしれなかった。

 末っ子らしい 甘え上手とムラ気。

 そして 新しいことへのチャレンジ精神。

 それが 紺野こんの 啓吾という人間の生き方なのだ。


 とはいえ 身体を動かすことは嫌いでは無い。

 文化系のサークルなど 性に合いそうも無い。

 かといって 今さら 野球やバレーといった 経験者の多そうな競技を初心者として始めるのも 癪に障る。

 

 182㎝の恵まれた体格。

 兄姉ほどでは無いかもしれないが 標準よりは 明らかに上の運動神経。

 必死で練習すれば それなりの水準に達するだろう。

 だが そこまでして部活やサークル活動にエネルギーを使いたくは無い。

 

 授業はともかく バイトや恋愛など 部活メインの高校生活では 経験できなかったことを大学時代は楽しんでみたい。

 その上で 大学生活の一部としてサークル活動も楽しみたい。

 その程度の位置づけなのだ。

 

 そうは言っても 鮮やかにスタートダッシュを決めてカッコつけてみたい。

 そんな 若者らしい野心も胸の内にある。

 誰もが 大学から始める競技。

 そんな競技は無いものか?


 入学式のために親に買ってもらった真新しいスーツに身を包み 新入生達は入学式の行われた体育館の階段を下りる。

 光南学院大学 経済学部 入学式会場と書かれた立て看板の横を通り過ぎようとした時 啓吾はスマホが鳴動していることに気づいた。


 090-XXXX-XXXX


 見知らぬ番号。

 一度 着信を拒否するものの もう一度 同じ番号からの着信。

 相手は こちらの番号を知っているらしい。

 番号を変えた 高校時代の友人だろうか?

 訝しく思いながら 電話を取る。



『もしもし 紺野 啓吾くんのケータイで お間違いないでしょうか?』


「あっ ハイ」


『よかった~。アタシ 穴戸あなど 日菜乃ひなのっていーます。啓吾くんのお姉ちゃんの親友です。ケータイの番号は お姉ちゃんの瞳さんから聞きました』



 姉貴の親友?

 日菜乃さん……聞いたことあるどころか 何度も何度も聞いた名前。

 啓吾の記憶が繋がる。

 2つ歳上の姉 瞳の高校時代の部活仲間。



『あのぉ 啓吾くん 光南大受かったんだよね? 実は アタシも 光南大の3年生なんだけど 今 サークルの勧誘やってるの。それでさ よかったら1回 ハナシ聞いてくんないかなぁと思って…さ』


「えっ? ……あの 何のサークルなんすか? バレーすか?」



 少し警戒しながら 啓吾が尋ねる。

 大学のサークル活動と称して カルト宗教やブラックバイトに勧誘されることもあると聞く。

 姉の紹介とは言え 怪しそうなサークルなら 電話の時点で断ってしまいたい。

 まあ 姉の部活仲間なら 十中八九 バレーボールだろうが……。


 バレーと言われたら どうやって断ろうかと考えを巡らせながら 日菜乃の返答を待つ。



『カポエイラって知ってるかな?』


「カポエイラ?」


『そう。カポエイラ。ブラジルの格闘技なんだけど……』



 それが啓吾とカポエイラ そして日菜乃との出会いだった……。

 ………。

 ……。

 …。

 

 

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