第6話

 ハカセと『たいようのいえ』の庭で遊ぶのは楽しかった。ハカセは博士なんて呼ばれるだけあって、何でも知ってて、色んなものの名前を教えてくれるから、楽しい。庭先に咲いた花を指差して聞く。


「このお花はなんて名前?」


「これはアカシアっていう花だね。ミモザって名前もある。春になると一番に咲くから、外国では春をお知らせする花って言われてるんだ」


「そうなんだ」


 アカシア。ミモザ。日に当たるとキラキラと黄色く光るこの花の色が、私は好きだった。腰まで伸ばした私の髪の色と似ている気がして、親近感が湧く。


「じゃあママも春になったら、このお花、見るかな」


 私はママの顔を知らない。

 きっと私と同じような、金色で綺麗な髪をしているんだと思う。私のことを育てるお金がなくて、私を『たいようのいえ』に預けて、国に帰ったらしい。詳しくは聞いてないし、たぶん、聞くつもりもない。


「うん。きっと見てると思うよ」


 大樹タイキの声が優しくて、次の質問を探した。前に読んだ「かがくずかん」に書いてあった気がするんだけど、難しくて、よくわからなかったから、ハカセに聞こうと思っていたことを、思い出した。


「ねえ。お花って、お水だけで元気になるの、なんで?」


「すごいね。そんなところに気がつくなんて、ヒカリこそ、いつかホンモノの博士になれるよ」


 急に褒められて、なんだか恥ずかしくなって、他所よそを向いた。ハカセに認めてもらえた気がして、ドキドキした。


ヒカリはハカセなんてならなくてもいいもん。ハカセが全部教えてくれるから」


「そっか。じゃあヒカリが博士にならなくてもいいように、僕は頑張って博士になるね」


「ハカセはハカセじゃないの?」


 不思議なことを言うな、と私は思った。ハカセはハカセなのに。


「うーん、僕はまだ、ホントは博士じゃないんだ。でも博士にはなりたいから、一生懸命勉強するつもり」


 そうなんだ。そうしたら、ちゃんとハカセになってから、質問に答えてもらう方がいいのかな、と思った。


「ふーん。お花がお水だけで元気になるの、なんでなのか、大樹タイキは知らないのね。ちゃんとお勉強して、ハカセになったら、また教えて」


 そう話すと、ハカセはちょっとびっくりしていた。私はハカセをびっくりさせたのが何だか嬉しくなって、そのまま走ってハカセから離れた。


 あれから、随分と時間が経った。私は中学校に入って、理科の授業を受けていた。ハカセが大好きだった理科は、私も結構、得意な科目だった。その日の授業で先生はこんなことを言った。


「どんな大きな木も、小さな花も、みんな、水だけでは生きていけません。光を浴びることで、栄養を作ることができるから、生きていけるんです。よくある植物の多くは、光が無くては生きていけないんですよ」


 眠かった目がパチっと覚めた。


 光合成。


 浴びた光のエネルギーを使って、二酸化炭素からグルコースのような炭水化物を合成する、天然界の光触媒活動。アカシアも、ミモザも、大きな木も、全て光がないと生きていけない。何のことかみんながよくわからない、私の名前。


 そんな光にしかできないことがあるんだ。


 そう思ったら、何だかすごく、気持ちが楽になった。今日の帰り道はアカシアを探しながら、少し遠回りして帰ろうと思った。授業はちゃんと聞いたけど、少し分からないところがあった。


 でもいいんだ。


 大樹タイキはいつか博士になって、光合成のことだって誰よりも詳しくなって、私に説明してくれるはずだから。

 私は、その時にちゃんと好きって言えるように。


 その時にオードリー・ヘップバーンに負けないくらいかわいくなっていられるように。


 今日も頑張るのだ。

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小出清亮 @koide_rurigoma

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